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第41話「フィンランド・ユヴァスキュラ(12)」

 壁の小窓の先にいるゼンを想像した。もちろんここから姿は見えない。


 だが、この室内の出来事もあの老人の話も、ゼンにはお見通しなのではないかと俺は思った。そして、彼が老人の自己中心的な考え方に何と答えるかも、想像がついた。その予想はきっと間違いないだろうという気がした。


 俺の中では、まだ答えは出ていない。老人の語る、ディアーボたちの巣窟のような世界への強烈な恐怖と嫌悪、一方で奇妙に惹かれている自分にも気づいていた。


 憎むべき敵であるはずの老人を前に、こんなふうに戸惑う自分にだんだん腹が立ってきた。この場では、怒り狂って暴れ回ることが正解なのではないか、と思った。ケンジのように怒りのまま全身を膨張させ、この壁を突き破り、建物を瓦礫の山に変えて、どこか別の場所にいるあの老人にたどりつくまで衝動的な破壊を続けるべきではないか、そんなことが次々頭に浮かぶ。


 面倒な困惑を放棄して、いっそ本当にそうしてやろうか、と本気でそう思い始めたとき、意識が戻ったのか、うう、とケンジがかぼそい呻き声を漏らした。その声が、俺の危うい思考を遮る。


 小刻みにまぶたを震わすケンジの横顔が、俺にアイリを思い出させた。老人の映るモニターではなくケンジを向いたまま、俺は老人に、アイリはどこだ、とほとんど無意識にそう聞いた。


「そこにいる君の友達に、聞きたまえ」


 老人が言い終わると同時に、天井近くの通気口から、ガスがもう一度噴き出した。


「今度は止めない、いつまでも吸わずに避けることはできない、君も、一度ゆっくり休むといい」


 勢いがさっきよりも激しい。ガスはみるみる広がり、室内をあっという間に白く染める。


 目を強く閉じ鼻と口を手で押さえてから、俺はまだ覚醒しきっていないケンジの顔に上から覆いかぶさった。だがこのあとどうする? 老人はガスを止めない、いつまでこうしていればいい?


 ケンジのようにガスを吸い込み昏倒して連中に囚われる自分がイメージとして浮かぶ。目を閉じ視界が闇に覆われているために、恐れや不安、焦りが急激に膨らむ。


 それらの感情とともに、理不尽なこの状況、ディアーボとの遭遇からこれまでのすべてに対して、たぎるような怒りを覚えた。


 一気に湧き上がるその感情に、飲み込まれる、そう直感した。そのことを怖いとは思わなかった。


 あの老人を、この場所を、ぶち壊してやる、

 連中を、破壊し尽くしてやる、

 はっきりとそう思った。


 そのとき、ドン、と外から凄まじい音が轟いた。


 音に驚き思わず目を開け音のしたほうを振り向く。ガスが入り込んだのか眼球に痛みを感じてすぐに閉じた。そうする直前、廊下に面した壁のあの小窓が、ほとんど跡形もなく粉砕されているのが見えた。


 窓の代わりに空いたその穴から、姿の見えない、ゼンの声が響いた。


「怒りに支配されるな、

 君が、怒りをコントロールするんだ」


 ゼンの言葉が、よく冷えた清流の水のように俺の耳に流れ込む。頭が冴え渡り、熱を持った感情に飲まれかけた意識が自分の元に戻ってくるのがわかった。


 それでも、全身にとどまった怒りはまだ消えず俺の中に残っていた。その圧倒的な熱量を、俺は、誰に言われるでもなく集中し右腕へと込めた。どういうわけかその瞬間、俺の頭にはあの鎧の怪物が再び浮かんでいた。


 もう一度目を開ける。まだ視界は白い。


 眼球に走る痛みを無視して、俺は小窓の破壊された壁めがけて全力で跳び、そのまま、恐ろしいほどのエネルギーを宿した右腕を振り下ろした。

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