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第29話「フィンランド・ロヴァニエミ(9)」

 老人の小屋をあとにした俺たちは、北極圏の入り口にあたる広大な森を引き返して、道路沿いでタクシーを拾い宿へ戻った。


 車中、俺はケンジとアイリのことばかり考えていた。二人にいよいよ会えるかもしれないという期待と、ディアーボの脅威からの生存者としてさらわれた彼らがどんな扱いを受けたのかという不安が、頭のなかで交錯した。


 ゼンは何も言わなかった。長い沈黙に気を遣ったのか、長髪を後ろで縛ったヒゲ面で眉の太い若い運転手が声をかけてきた。大丈夫だ、ありがとう、とゼンが返し、車中にふたたび沈黙が流れた。運転手の言葉で一瞬思考をさえぎられ、急に車内の空気が気になりだした俺は、何か言わなければ、と思いついたことをゼンに向かって言った。


 あのさ、人智を超えた世界って、結局何なんだろうな。


 俺の発言が唐突だったためか、ゼンはすぐには反応せず、少し間を置いてから、さあね、と答えた。さして興味がないのか、視線は窓の外に向けられたままだ。


 彼らにだってわかっちゃいない、ゼンはそう続けた。


「何でも答えを知ろうとする必要はない、世界はそれほど単純じゃないからね、地球一の金持ちだって、世界の真実をこれっぽっちもわかってなんかいないのさ」


 優しい語り口で、不思議な説得力があった。俺が素直に頷くと、ゼンは満足そうに微笑んで、それきり会話はなかった。運転手はミラー越しに俺たちに何度か目を向けてきたが、悪い感じはしなかった。


 宿に着き、ゼンと俺はすぐに身支度をすませてホテルを出た。チェックアウトを受けつけた女性スタッフは、今夜は昨晩以上のとびきりのオーロラが見えるはずなのに、と俺たちの急な出発を心から名残惜しんでくれた。


 そして、次はきっと二人で天空ショーを見にきてほしい、そのときは屋上テラスの特等席をあなたたちのために確保しておいてあげるから、と低く落ちついた声で言って、小さな子どものように無邪気な顔で笑った。ゼンは無言のまま頷き、俺もそれにならった。ホテルを出て、ふたたびタクシーに乗り込む。


 これから俺たちは、老人のメモに書かれた場所へ向かう。


 同じフィンランド国内の、ユヴァスキュラ。


 つい先日ディアーボに襲われ、数百名の犠牲者が出た地方都市だ。


 ディアーボと因縁のあるこの街にアイリとケンジがいる。その奇妙な符合にかすかな違和感を覚えもした。


 だが俺はそんなことより、ケンジたちとの再会が目前に迫っている、そのことで頭がいっぱいだった。脳内をよぎる不安、期待、恐怖、それらの感情がごちゃまぜになり、二人に会えることを純粋に楽しむ余裕などまったくない。


 フロントガラスの遠く向こうに、青空とロヴァニエミ空港が見えてきた。抜けるような晴天にもかかわらず、針葉樹の森に囲まれたその空港は、重苦しく沈みきって俺の目に映った。

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