第26話「フィンランド・ロヴァニエミ(6)」
老人は、長々と声を立てて笑った。
笑いすぎたのか、一度激しくむせ込み、下を向いて息を吐いてから、ようやく落ちついた表情に戻った。
ベストフレンドには見えんな、俺たち二人を交互に見てから老人はそう言って、また、小さく声をもらして笑いだした。俺がカップにも手をつけずじっと自分を見据えていることに気づいて、片手を伸べてコーヒーを勧めてきた。俺は頷いて、目の前のカップをとり、濃い味のコーヒーをすすった。
悪い人間には見えない。こんな場所に独りで住んで明らかに変わり者だが、素性の知れないゼンと俺を追い返しもせず、無防備に大笑いをしてみせ、こうして飲み物を勧めてくれる。
だがナガミネによれば、この老人が、ケンジとアイリの誘拐に関係しているという。
俺には目の前の男とアイリたち、そしてあの暴力的なマフィアどもを結びつけるものが何なのか、まったく想像できない。この老人との出会いは、行きづまったケンジたちの捜索に、どんな進展をもたらすのだろう。
「お前さんは、血のにおいがする」
まじめな顔つきに戻った老人は、唐突にそんな言葉を口にした。もちろんゼンに向かってだ。ゼンははぐらかすように、微笑みを浮かべてコーヒーを口元に運ぶ。
老人は今度は俺に視線を向けた。にらむように目を細めて俺を見る。ゼンから血と破壊のにおいを嗅ぎとった彼の感覚は、俺をどう捉えるのだろうか。
お前は、この男以上に、危険なにおいがするよ。
最初、老人が何を言っているのかわからなかった。俺の反応を見て、彼はもう一度、同じことを言った。危険、という意味の英語を俺に向けて発した後、ゼンのほうに顔を向けて、彼以上に、とゆっくりした口調でそうくり返したので俺はようやく理解した。
俺が危険? ゼンよりも?
老人の言葉は理解したが、それが何を意味しているのかまではわからなかった。だが、冗談とも思えなかった。老人はとっくに笑うのをやめ、まじめな顔つきでそう口にしたのだし、何より老人に俺をからかう理由などなかった。
彼の発言の意図がわからず、俺は急に居心地が悪くなった。緊張、とは少し違う気がした。もちろん緊張はしていた。だがそれよりも、俺自身も知らない自分の奥底にある何かを、この老人に見透かされている気がした。ケンジたちに関する情報は欲しい。同時に、早くここから出たいという強烈な衝動に駆られてもいた。
老人は俺から目を離さない。小屋の内部に異様な雰囲気が満ちていく気がした。ゼンはそんなことは気にもならないのか、コーヒーをすすり、狭い室内をあちこち眺めたりしている。
やがて老人が、何か思いついたように小さく息を飲み、ゼンと俺を見ながら、生き残りか、と呟いた。
「お前たちも、あの化け物に遭遇した、生き残りというわけだ」
サヴァイバー、という単語に、壁ぎわの小窓のほうを眺めていたゼンが反応した。その言葉を発した老人を見つめ、そのとおりだ、と肯定するように、不敵に笑う。老人も、引き込まれるようにゼンを見返し、小さく笑みを浮かべた。
俺だけが、笑顔とはほど遠いこわばった表情で、二人を見ていた。




