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第24話「フィンランド・ロヴァニエミ(4)」

 翌日の早朝、俺たちは食堂で簡単な朝食を済ませ、ホテルを出発した。フロントでタクシーを頼むとき、ゼンがスタッフから何か言われ、笑みを浮かべて頷いていた。


「昨晩はオーロラが出たらしい、ホテルの屋上に鑑賞用のテラスがあって、そこで気まぐれな天空のショーを楽しめるんだそうだ」


 ロビーでタクシーを待ちながらゼンはそう言った。車はすぐにやってきた。フロントのスタッフに教えられて席を立ち、ホテル前の車寄せに停まるタクシーへ向かう途中、オーロラを見たいかい? とゼンが聞いた。別にどっちでも、と俺が答えると、ボクは見たいな、とまっすぐに伸びた雪まじりの針葉樹の森の上に広がる、晴れ渡った空を見上げて呟いた。


 俺はそれどころではなかった。これから会うのは、病院を襲撃してケンジとアイリをさらい、俺たちにロケットランチャーを撃ってきた、あの連中と関わりがあると思われる人物だ。


 サヴァイバーとして覚醒したとはいえ、俺はまだその力を自覚的にコントロールできるわけじゃない。それに、一歩間違えればケンジたちに危害がおよぶ可能性もある。昨晩の奇妙にリラックスした雰囲気のまま臨むのは危険すぎる。神経を研ぎすませ、慎重に慎重を重ねて行動するべきだ。にもかかわらず、ゼンはどこか軽やかで清々しい印象で、その振る舞いは緊張を微塵も感じさせない。


 タクシーの運転手は昨晩の男性とは好対照で、よく喋る陽気な男だった。ゼンがレンタカーを借りないのは、足が残るからだろう。ホテルから坂道をくだり、鉄橋を渡って、昨日とは別の分岐を進む。橋の上から眺める河沿いの風景は美しかった。


 朝日が川面に反射してきらきらと光の帯を作り、川べりを住民が犬を連れて歩き、その背後には見るからに歴史のある古い教会がそびえている。絵はがきでしか見たことのないような景色に、一瞬、現実を忘れそうになる。ゼンもその光景をじっと見ていた。それに気づいて俺と目が合うと、大丈夫すべてはうまくいくよ、とでも言うふうに、穏やかに微笑みかけてきた。


 小一時間ほど走ったところで、俺たちはタクシーを降りた。小さなテーマパークだった。


 敷地前にサンタクロースの大きな人形が据えられ、背の高いアーチがかかっている。本物のサンタクロースに会える、という謳い文句で知られる場所だそうだ。


 そこで車を降り、アーチをくぐる。敷地内には店や建物が点在しているが、早朝のためまだどれもオープンしていない。ちょうど出勤してきたらしいスタッフ数名が50メートルほど離れた場所を、白い息を吐きながら歩いていた。彼らはオープン前だからと俺たちを追い出したり注意したり迷惑そうな顔をしたりせず、親しみやすい笑顔を向けてきてくれた。


 一人が英語で何か話しかけてきた。ゼンは何も答えず、代わりに、彼らと俺たちの中間の距離にある、灯篭を西洋風にアレンジしたような奇妙な石柱が等間隔に並ぶあたりを指差し、カメラを撮るしぐさをして見せた。相手は満面の笑みのまま大きく頷き、バイ、と言って仲間とともに施設の中へ消えていった。


 あれ何だよ? 俺が聞くと、いいから、とゼンはそのまま石柱のところまで歩いた。足元には英語や数字が書かれた白線が引かれている。


「ここが北極線だよ、この一歩向こうが北極圏というわけだね、この町ではオーロラに次ぐ人気スポットだそうだ」


 あのな、観光に来たわけじゃないだろ? 俺がそう指摘すると、まぁいいじゃないか少しくらい、とゼンは笑い、やや離れて立つ俺のすぐ隣にやってきた。


 そしていきなり腕を伸ばし、俺の肩を無理やり引き寄せ、頰が触れるほど顔と顔を近づけて、自分のスマートフォンで写真を撮った。俺は一瞬何が起こったかわからず、ただ無性に恥ずかしさがこみ上げてゼンから慌てて飛びのいた。ヤツはカメラの写真をチェックして、うん、と満足そうに微笑み、俺に見せもせずにスマートフォンをコートのポケットにしまい込んだ。わけがわからず呆気に取られたが、ゼンは気にした様子を見せず、よし行こうか、と北極線と石柱に背を向け歩き出す。俺も続く。二人は観光客のまったくいないサンタクロース村をあとにした。


 敷地から出て、ついさっきタクシーを降りた道路まで戻った。片道3車線の道路、だが道幅は恐ろしく広い。その道路を、やってきた方向とは逆の、さらに北へと徒歩で進む。行き交う車はほとんど見当たらない。ときおり、進行方向から町へと向かうトラックや乗用車が過ぎるだけだ。市街から離れてわざわざ北極圏に向かおうとする者などいないのだろう。


 道はひたすらまっすぐに伸びている。広い道幅の両側は、変わりばえのしない針葉樹の森がどこまでも続いている。自分がどこに向かっているかもわからなくなる。


「そいつはな、ヨーロッパのある由緒正しい大金持ちの家系の出なんだそうだ、本物の金持ちの一族だよ、一般に名が知られてるような半端な成金家系なんかじゃない、

 誰も知らないが、実力を持った一部の権力者たちだけには知られている、そして恐れられている、表舞台にまったく出てこない本物の金持ちだ、

 そういう連中が世界を動かしているんだ……」


 ナガミネは出発前の電話でゼンにそう説明した。今から俺たちが会いにいく人物のことだ。とんでもない変人だぞ、とも言っていたらしい。


「変人だよ、変人、だってそいつはな、およそ望むものは何でも叶えられる恵まれた環境に生まれながら、10代早々に何も持たず家を出て、以来、人里離れた僻地で自然に囲まれて暮らしてるというんだ、

 現代的な欲望は何ひとつ持たず、家族も持たず、森の中の薄汚い小屋やテントで日々を過ごしているらしい、

 そうやって各地を転々として、もうだいぶ前から、フィンランドのそのなんとかって町にいるんだそうだ、

 そういうおかしなヤツは、お前ら嫌いじゃないだろう? それで、その変わり者のじいさんは、まあ眉ツバではあるんだが、世捨て人というのは仮の姿で、今でも現役として、一族の暗躍の連絡・調整役を請け負っているっていうんだよ、

 どうだ、この話、信じられるか?」


 ナガミネはそういうことを語った後、ゼンの回答を待たずに、俺は信じてみることにしたよ、と笑い、だからお前らこのじいさんに会ってきてくれ、そう言った。


 かなりの時間歩いたところで、道がゆるやかな登り坂に変わる地点までやってきた。その坂の起点で、俺たちは道路から逸れて脇の森林へ入り、雪の積もる森の中をどこまでもまっすぐに進んだ。森は木々の匂いが強烈なほど立ち込めていた。


 やがて視界がひらけ、幅が狭く流れの急な川に突き当たった。およそ人影の見当たらないその川沿いを、ふたたび北に向かって歩き始める。


 どうして車を使わないんだ、雪の積もる河原を歩きながら俺はそう聞いた。ゼンは一度足を止め、周囲に広がる森や、どこまでも続く川を眺め渡して、歩けばこんな自然を肌で感じられるのに、君は目的地まで一直線に車で向かうというのかい? と笑った。


 情緒的だと思った。昨夜の話が真実だとして、俺の想像も及ばない生い立ちと幼少期を過ごし、死や殺人を日常的なものとして生きてきたこの男に、そういう情緒が残っていることが、単純に不思議に思えた。


 どれほど歩いただろう、上流へ向かうにつれ川幅は徐々に細まり、河原も森に飲み込まれるように小さく狭くなってきた。やがて前方に、森と川の隙間で窮屈そうにたたずむ一軒の小屋が現れた。


 ゼンが笑みを浮かべて振り返り、その小屋を視線で示した。

 俺は足を止め、小さな建物を見据える。自然と体がこわばり、気づくとこぶしを握りしめていた。


 あの場所に、ケンジとアイリに繋がる人物がいる。

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