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第1話「マナウス・血の日曜日事件」

 2020年7月――

 東京での56年ぶりのオリンピックは、いまだ開催されていない。


 日本という国が潰れたわけじゃない。

 他の国と戦争を始めたわけでもない。


 いや、後者は……半分正しい。

 だけど半分は、間違いだ。


 日本は、というか世界は――ある敵と戦っていた。

 4年前、何の前ぶれもなく世界各地で人類を襲い始めた――正体不明の怪物どもと。


◇ ◇ ◇ 


「最初の1体」は、2016年6月、南米ブラジル北東部のアマゾン川流域都市・マナウスで見つかった。

 ……見つかった、という言い方は、正確じゃないかもしれない。

 当時ネットニュースや新聞、テレビで見たかぎりだと、「そいつ」は、どうやら自分から人里に「現れた」みたいだった。


「二本足で立ってること以外は、人間とは似ても似つかなかった。『それ』は商店街に突然姿を現して、人びとを次々に殺し始めたんだ。まるで狩りだったよ」


 CNNのインタビューに答えた現地の生存者は、確かそういうことを語ってた。

 がっしりした体つきで、まあ向こうの男性はたいがいそう見えるのかもしれないけど、プロのサッカー選手みたいな青年だったと思う。

 その頃空手を少しかじっていて、精気あふれる10代だった俺でも、たとえナイフやバットを持たされたって絶対勝てる気がしないようなゴツい男。その彼が、アメリカ人の女性インタビュアーの質問に、泣きながら答えていた。


 ブラジルだから、きっとあれはポルトガル語だったはずだ。でも、俺には何かおかしな呪文か、悪い冗談にしか聞こえなかった。日本語の字幕がなかったら、きっといまだに、そう思っていただろう。それほど、その生存者の口ぶりは異常だった。そして口調よりもさらに異様だったのは、彼の見た目。


 頬の一部が、削り取られていた。途方もなく大きなクマか何かの爪に、絶望的な速度でえぐられたみたいに。

 腕は、片方が、肩口からばっくり裂けている。アマチュアらしい別のカメラが後ろに回って映した彼の後頭部の一部は、骨が割れて下から桃色っぽいものが覗けてた。俺は生まれてはじめて、本物の脳みそを見た。


 ショッキングなその映像は、テレビニュースが流れた日の夜に、ネットの海外サイトで見つけた。テレビでは、さすがにモザイクがかかってた。サイトで男のその顔や頭や腕を目にして、俺は胃の中のものを全部戻してしまった。

 少し落ちついてから、もう一度サイトで男の姿を見た。これほど肉体に損傷を受けても、人間は生きていられるのか、と驚いたのをよく覚えてる。


 その彼が、インタビューの最後に発した言葉も、頭にこびりついて離れない。

 もっともこの言葉は、その後あらゆるニュースで繰り返し使われ、今では世界で知らない人はたぶんいない。


「あれは『ディアーボ』だ。人間を滅ぼすために遣わされた、悪魔なんだ」


――死傷者527名、うち511名が即死。残る16人も、亡くなったか、重体、だったと思う。

 毎度のことだけど、当初、ニュースソースごとに犠牲者の人数はバラバラだった。300名という報道番組もあれば、1400という人数を発表したニュースサイトも見られた。だけど最終的には、「527名」で確定とされた。これは、対応に追われたブラジル政府が、かなり経ってから公表した数字だったはずだ。


 俺はあんまり数字や暗記に強くないけど、527と511は完璧に覚えてた。

 どうしてか?

 527は、俺の誕生日。2000年、5月27日。もちろん偶然だ。

 そして511は、高校の悪友・ケンジの誕生日。同じく2000年の、5月11日。


 世界を震撼させたあの事件――「マナウス血の日曜日」事件から、4年。

 俺とケンジは、20歳になっていた。


 あの日、人類がたぶん公式には初めて遭遇した「最初のディアーボ」は、マナウスの街に血の雨を降らせた後——逮捕も射殺もされることなく、こつぜんと姿を消した。


 そして、事件の衝撃からブラジルの人びとが立ち直ろうとしていた、2016年の8月。

 今度はブラジルとベネズエラ国境近くのジャングルに、「そいつ」が出没した。

 その日から始まる、たった数日の殺戮で、南米大陸北部の密林から18の集落が、消えてなくなった。

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