休息と約束と
カチャカチャ・・・カチャリ
「おはよーございまーす」
そーっと部屋の中に侵入する人物。校長先生に様子を見てきてくれと鍵を渡され、朝早くから部屋を訪れたのは牡丹であった。
「ふふっよく寝てる・・・。寝顔、初めて見たけど、かわいいものね・・・。」
ツンっと鼻の頭をつつくとくすぐったそうに寝返りをうった。
「ピィ?」
くぁぁと大きなあくびをしてサファイアが目を覚ました。
「おはよ、サファイア」
そういって笑いかけて撫でようとしたが、やはり威嚇されてしまった。
この間素直に撫でさせてくれたのは伊吹が心配すぎて撫でられていることに気が付いていなかっただけであろう。
「ごめんごめん。はぁ・・・なんで私にはこんなに懐いてくれないんだろう。
っと、あんまり時間を使ってる暇はないわ。行かなきゃ。」
そーっと部屋から出ていき、鍵をかけ毎朝の日課をしに行くのであった。
「んん~よく寝たなあ。」
大きくのびをして体を動かすとコキコキとあちこちから音が鳴った。
寝すぎたのではないかと思うレベルで時間がひどい。ミーティを開くと17時を指していた。
「おはよ、サファイア。」
「ピィ!」
元気に鳴くと服にしがみついてきた。苦笑しながら小さい頭をなでてやるとくすぐったそうに目を細めた。
「そういやご飯あげなきゃな。牡丹さんが作ってくれたサンドイッチがあるな・・・。」
冷蔵庫を開けると皿に盛りつけられたサンドイチを発見した。
お茶を入れてサファイアと一緒にそれをいただく。
ハムと野菜を使ったミックスサンドや卵サンドなどいろいろな種類があり、飽きることなく食べきることができた。
「ふー。ごちそうさまでした。」
「ピィ!」
両手を合わせて皿をキッチンに運んだ。
「汗結構かいちゃったな。風呂はいるか。」
そういって脱衣所に行き服を脱いでいるとサファイアが歩いてやってきた。
「ピィ!」
羽をばたつかせて風呂場のドアをつついている。
「なんだ、この間は嫌がってたのに今日ははいるのか?」
「ピィ!」
「仕方ないな。ほら、行くぞ。」
抱き上げて一緒に風呂場へ。体をお湯でゆすぎ、サファイアも目にお湯がかからないようにシャワーをかけてやってから浴槽につかる。
「ふぅ~気持ちいぃ~どうだ?サファイア」
「ピィ~」
水浴びをするドラゴンはいるとは思うが、風呂にはいるドラゴンなんて正直みたことがないが、
犬や猫のように気持ちよさそうな顔をしながらお湯に浸かっている。嫌がっている感じはなかった。
しばらく浸かってから体を洗うことにした。ドラゴンにシャンプーなどの類を使っていいのだろうか?
恐る恐るシャンプーを泡立ててサファイアの体を丁寧に洗う。
嫌がる様子もないのでそのまま羽、体、手足、顔付近も洗ってやり、顔は丁寧に洗った。
シャンプーハットなどが使えない分、目に泡が入って嫌われでもしたら大変である。
「んじゃあサファイアはちょっと待っててな。俺も洗っちゃうから。」
「ピィ!」
元気よく返事をして浴槽のふちのところにつかまって伊吹が体を洗い終わるのを待ち、洗い終わったら羽をばたつかせてはやく湯舟に入れろとせがんだ。
浮くことを覚えればプールみたいなところに連れていきたいな・・・などと考えながらバスタイムを楽しんだ。
風呂から上がった時、なぜかベットには牡丹が座っていた。
「え?なんで入れるんですか牡丹さん」
困惑気味に質問すると、ポケットから牡丹は一つのカギを取り出した。
「これよ、これ。校長先生が様子を見てくるようにって合鍵をくれたの。だから勝手に入らせてもらったわ。調子はどう?伊吹君。」
「この通り、元気になりました。今もサファイアと一緒に風呂に入ってたんですよ。な?サファイア。」
「ピィ~」
眠たそうにあくびをすると手の中から飛んでベットにもぐりこんでしまった。
「ははは、おねむか。寝て食って寝てじゃ太るぞ?・・・ドラゴンって、というか魔物って太るのかな。」
「どうなのかしら・・・。それより伊吹君、晩御飯作ってきたから一緒に食べましょう?」
お盆には水筒と小さなお釜、サラダ、おかずが盛りつけられていた。
お釜を開けると白い湯気とともにつやつやに光る白米と水筒の中には野菜スープ。
「今日もおいしそうですね、いただきます!」
「はい、いただきます。」
「わざわざ部屋まですみません牡丹さん。ここの寮って食堂はないんでしたっけ。もしくは食事をとるところ。」
「そうね、雑談とかするような多少な休憩場みたいなところはあるけれど食堂・・・学食は学園にいかなきゃないの。でも学食は朝からやっているから朝から利用する人もいるわ。」
「でも、女子寮から俺の部屋まで遠いでしょう?一回寮を出なきゃいけないじゃないですか」
伊吹の部屋は男子寮の2階の角部屋であり、階段の近くではあるがそれでも女子寮を出てここまで来るのはかったるいものがある。なによりも、一回寮を出てから男子寮に行く必要がある。
「あら?知らないのかしら。秘密のルートがあって、男子寮と女子寮をつなぐ渡り廊下が存在するのよ。」
「え、そんなのいいんですか。」
「不順異性交遊はNGってわけでもないから、互いの部屋を行き来するために作られた渡り廊下だそうよ?校長先生もその点についてはゆるいし、いまだに問題もないしね。なんせ大浴場みたいなものもないから覗きも出ないし。
それにこの間も言ったけど解錠の魔法を使えるのは私が知っている限り伊吹君と校長先生よ。問題の起こしようがないわ。」
「なるほど、よく考えられて作られてるわけですね・・・。俺、渡り廊下なんか見たことないですわ・・・。」
「食後の運動がてらちょっと歩きましょうか。一日中寝ていたなら多少体を動かしたほうがいいわよ?」
「そうですね、そうしましょう」
伊吹はそういうとガツガツとご飯を食べ始めたが、
「ごほっごほっ」
「ちょっと大丈夫!?はい、お茶。」
「んくっんくっぷはぁ!死ぬかと思った・・・」
胸をなでおろしながらまた夕食にありつく
「そんなに急いで食べなくてもいいのに。ちゃんと味わって食べてください。」
「だって、牡丹さんの料理がおいしいから」
ぽろっと言った本音が牡丹を動揺させた。顔が真っ赤に染まり、照れ隠しにお茶を音をたててすすった。
「ほめてもなにも出ないわよ・・・」
「ほんとにおいしいんですって。毎日でも食べたいくらいですよ。」
「じゃあ・・・作りにきてあげようか・・・?」
顔を真っ赤に染めて指先で髪の毛をいじりつつ小さい声でつぶやいた。
「え?なんて?」
「なんでもない!!ほら、食べちゃいましょ」
「はぁ~こんなところがあったなんて。」
食後に二人で寮内を歩く。行先は渡り廊下へ。1階のあまり人が通らないような道を進んだ先に、それはあった。
ドアを開けると夜風が髪をなでる。火照った体にあたり心地が良かった。
「すごいですね、ただの渡り廊下かと思ったのに。寮内にこんなのがあったなんて」
「綺麗よね・・・」
正面からは決して見れない光景。そこに広がっているのは池だった。
そこにはホタルのようなキラキラと光るものが飛んでいた。
「あれってなんですか?」
「光虫ね。この池にはなぜか棲んでいて夜になるとこうやって光を放って飛び始めるの。」
しばらくそのきれいな光景を静かに見ていると、不意に牡丹は口を開き、
「ねえ、約束して。もう無茶な真似はしないで。あなたの命は一つしかないの。あなたの代わりなんていない。だから、もう二度とあんなことをしようと思わないで」
月明りに涙が反射し、キラキラと輝きながら零れ落ちる。
「わかりました。これ以上牡丹さんを泣かせないように俺はもっと強くなります。
それに、もうあんなことはしません。約束します。」
そういって小指を突き出した。
「これは?」
「こっちではこういうことをしないんですね。指切りっていっておまじないみたいなものですね指と指を絡めて・・・」
言われた通りに牡丹は自分の小指を伊吹の小指に絡める
「ゆーびきーりげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーますゆーびきった!」
指を離して笑顔で牡丹に言った。
「これでおまじない完了です!」
「うん。・・・うんっ」
伊吹に抱きしめられながら涙が止まるのを待った。その時間はとても心地いい時間であった。