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星空が魅せる純恋歌

作者: 東雲西雲

恋愛小説が書きたい!と思ったので僕の好きな幼馴染恋愛を書いてみました。

いやこれが難しい。世の作家さんはやはりすごいですね。


技術も語彙力も不足している作家の作品ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです

――ほら、あなたにとって大事な人ほどすぐそばに居るよ。

 

 僕は春に対して何度こう思っただろうか。

 幼馴染で、家が小さい公園を挟んだ隣で、ずっと同じ学校で、会話が途絶えることを知らなくて……

 高校生になった今でも変わらず近くにいるのに、彼女は僕の存在を、1人の男としての僕を認識していない。

 

「何が彼氏と上手くいってないだ。早く別れちまえ!」

 

 誰もいない教室で愚痴をこぼす。

 生徒も、活気も、太陽も各々帰るべき場所にさっさと帰ってしまい、午後6時の教室に僕と静けさだけが取り残されているようだった。

 この静けさが僕の心を蝕む。

 ひとり呟く妬み嫉みは、ただひたすらに己を苦しめるだけだった。


「あー、僕はなんて嫌な奴なんだ」

 

 頭を抱えて、机に突っ伏す。

 思春期なんて厄介なものがやってきてからどのくらい経ったのだろうか。

 会う度に綺麗になっていく春をずっと見てきたのに、人気者で、無邪気な春のどんな姿だって見てきたのに、まるで一目惚れのように恋をしたのは高校生になってからのことだ。

 腰まである長い黒髪、澄み切った瞳、透き通る白い肌。

 小説のヒロインを彷彿とさせる彼女のどこを取っても美しかった。

 

「小宮?秋人の事ね!んー、手のかかる弟かな?」

 

 そんなある日、僕との関係を聴かれた彼女と来たら、僕を弟と言った。

 幼馴染と言ってくれた方がまだマシだ。家族に例えられている以上、恋愛対象になっていないことが明らかだ。

 

「やってらんねーなー」

 

 グダグダとしているうちに時は過ぎていく。

 伸びをしながら時計を確かめれば、既に時刻は6時15分となっていた。

 奴の彼氏は奴の家からいつも7時に帰る。

 彼には会いたくない。

 今帰れば丁度居なくなった頃に着くだろう。

 重い腰を上げたその時、春からLINEの着信があった。

 

『緊急。今どこ?公園で待ってるから来て。出来るだけ早く。』

 

 内容を見て思わず溜息をつく。

 

「また惚気話かなー」

 

 それでも迷わず歩き始めるのは弟根性か、好きな人に呼ばれたからか。

 靴を履き替え、エレベーターの下りボタンを押す。

 それと同時にまた着信があった。

 

『お願いします。早く来てください』

 

 敬語を使うなんて珍しい。

 でも、急かされるのはいつもの事だ。気にするような事じゃない。

 それでも、どうしてもこの文面が引っ掛かった。

 長年の付き合いで培った情報、今の彼女が置かれている状況を踏まえて、彼女の状態を推測する。

 

「あれ?今何時だったっけ――」

 

 そこで僕はある答えに行き着いた。

 胸騒ぎが荒波のように押し寄せてきて、いてもたってもいられなくなる。

 僕は飛び跳ねるように身を翻し、エレベーターを待たずに階段へ向かった。

 再び着信音が鳴る。

 もう見なくても内容が分かった。

 

『夏月君と別れた』

 

 春の彼氏の名前を確認し、思わず歯を食いしばった。

 

「世話が焼ける姉だよな本当に!」

 

 何だかんだ言っていつもそうだ。

 愚痴を聞くのも、相談に乗るのも、彼女が暗い顔を見せるのはいつも僕だ。

 でも、それが心地よく思えた。

 自分の想いがどうであれ、この状況で彼女の元にいられるのはきっと僕しかいない。

 僕は4段飛ばしで最後の階段を駆け下りた。

 誰もいない校舎は僕の着地と共に音を響かす。幾度も心臓まで響くそれが、僕の焦りを増幅させた。

 外に出てみれば、ありえないほどの寒さだった。乾燥しているのか、先程まで曇っていた空が沢山の星を煌めかせていた。

 しかし、そんなのに構っている余裕などない。

 僕は急いで自転車を取る。

 キュッと音を鳴らしながら無理矢理曲がって校門を通り抜ける。

 筋肉疲労のことなんて考えず無茶苦茶に自転車を漕いだ。

 

「くそ!何で今日はこんなに星が綺麗なんだよ!」

 

 僕の好きな人が落ち込んでいる時に限って、燦々と輝く星ぼしが世界を彩っていた。

 きっと今の僕には邪念があるのだ。何はともあれ会いに行けるなんて思ってるんだ。

 最低だ。彼女は悲しんでいるのに、最低だ。

 そんな時、ある好青年のつぶやきがフラッシュバックした。

 

「俺にとって彼女はちょっと眩しいんだよ」

 

 あれは何か月前だろうか。春の彼氏と話した時にそう言われた。

 

「皆の大宮春が、誰かひとりの大宮春になるとしたら、きっとそれは俺じゃない」

 

 あれはまだ、蝉がミンミンと騒ぎ立てる暑い夏の日だった。

 僕はいつも本校舎の東階段の何処かに座って昼飯を食べる。

 いつも僕はひとりで食べていた。

 ぼっち気質の僕にとって、教室は蝉の鳴き声と同じくらい騒がしいのだ。

 だから基本、親しくつるまない。

 そんないつも通りの昼休みに、彼はやってきた。

 

「なあ!俺もここで食べさせてよ!」

 

 穏やかな昼食が遮られたことより、その声の主の方が衝撃的であった。

 

「伊沢!?お前なんでここに」

 

 伊沢夏月。

 正真正銘、誰もが認める春の彼氏その人だっだ。

 彼は春と同様、皆の伊沢夏月とちやほやされる人気者だった。

 容姿、学力、運動能力、人の良さ、全てが揃った2人だった。

 何でも卒なくこなす2人がくっつくのは自然だったのだろう。今まで2人に色恋沙汰がある度に周りの空気が悪くなっていたのに、今回ばかりは祝福ムードだ。

 つまり、僕からしたら嫉妬するしかないような男だった。

 そんな見たくもない春の彼氏との昼食は、本当に不味かった。

 

「何でって、君と話すためさ」

「春の話?なんかあった?」

 

 適当で少し苛立ちの篭った僕の返しに彼は苦笑いをする。

 僕の聞きたくないムードは伝わったはずだった。

 それでも彼は言った。

 

「正解……」

 

 やっぱりか、と溜息をつく。

 まさか春だけでなく彼からも惚気話を聞くことになるとは――

 

「俺、時折辛くなるんだ」

「ふーん……」

 

「え?」

 

 その一言で、思わず卵焼きを取り損ねた。

 辛い?春が?学校が?

 

「それって……何が?」

 

 すると、彼は俺の目をしっかり見据えてこう言った。

 

「春の……彼氏でいることが……」


 何を言ってるのか分からなかった。

 

「幼馴染なんだろう?だったら分かるんじゃないか?」

「い、いや……」

 

 同格、隣にいて当然、絵になる2人、誰もが憧れるカップル、問題なんてありやしない。

 すると今度はぽかんとしている僕を置いてけぼりに、どこか遠くを見ながら言った。

 

「彼女は名前の通り、皆に春を持ってくる。過ごしやすい感じで暖かい」

 

 彼女は人気者になるべくしてなったと言っても過言ではない。

 彼女の高い能力によるものではなく、誰もを和ませる性格が、オーラが人気者にさせているのだ。

 

「否定はしない」

 

 僕がそう言うと、彼は小さく頷いてまた口を開いた。

 

「でも俺は違う。ジメジメと暑苦しく皆を巻き込んでいく」

 

 僕には彼の言わんとすることが分かった気がした。

 彼は確かに良い奴だ。

 しかし彼を人気者にさせたのは、彼の能力による圧倒的なカリスマ性だろう。

 春みたいな和ませるオーラを放っているわけではなく、無理矢理空気を読ませる雰囲気があることが否めない。

 彼のポテンシャルと場の中心人物という肩書きが彼を「人気者」にしているのだ。

 

「俺は春みたいに自然体で皆の前に立てるわけじゃない」


 作られた「皆の伊沢夏月」と天然の「皆の大宮春」、そこには常人では想像出来ないほどの溝があるのだろう。

 

「だから辛くなる。人気者の烙印を押された俺と、元から人気者になるしかない彼女が一緒にいる状況がとても辛い」

 

――それでも、好きなんだろ?

――憧れているんだろ?


 彼の欲張りな苦しさに、どうしても苛立ってしまう。

 分かるんだ。彼の言いたいことも、彼の本音も、クソ喰らえってくらいに分かるんだ。

 それでも、そんなの自分のせいじゃないか……

 

「結局伊沢も、こっちの世界の住人なんだな」

 

 心の声が漏れでる。

 幸い、伊沢がその言い方に気を悪くした様子はなかった。

 むしろ、待ってましたとでも言うような顔だ。

 僕はその態度が気に入らなかった。

 なぜ気に入らないのだろうか?

 

――伊沢が春の彼氏だから?

 

――皆の伊沢が仮面を被っていただけだから?


――今の彼が酷く醜いから?

 

 結局、辿り着きたくない答えに辿り着く。

 

――同等であると安心してしまったから

 

 そう思った時、抑えられない何かが僕を襲った。

 その後、僕が何を言ったのか覚えていない。

 もしかしたら僕が彼に吐き捨てた言葉は僕自身に向けたものだったのかもしれない。

 ただひとつ確かなことは、とにかく酷い事を言ったということだ。

 

「……ごめん」

 

 彼は、皆の伊沢夏月とは程遠い暗い顔でそう言った。

 あの時、彼は付けていた仮面を外していたと思う。

 腹を割って話してくれていたのかもしれない。僕はそれでも許せなかった。

 彼とはあれ以来一切話していない。

 

「分かれた理由ってあの事なのか?」

 

 そんな話があってたまるか。

 それでは春が余りにも可哀想だ。

 俺は急斜面を全速力で駆け抜け、坂が終わるとすぐに自転車が前のめりになるのを憚らず急ブレーキをかけた。

 俺と春の家、その間にある小さな公園。その真ん中の茶色いベンチに彼女は腰掛けていた。

 彼女は姿勢正しく、少しも動くことなく、足元一点を見つめ続けている。

 僕はそんな悲しげな姿を見ていられなかった。

 

「春!」

 

 心ここに在らず、そんな様子で呆然とする彼女に駆け寄った。

 僕を見ることも、なにか話すこともなく、ただずっと足元を見つめている。

 彼女は今何を思っているのだろうか。

 うまく声をかけられず、とりあえず春の隣に腰掛けた。

 

「……遅いじゃない」

 

 彼女の口からやっと出てきた声は本当にか細かった。

 

「ごめん」

「……許さない」

 

「いつもごめんね、上手いこと言えもしないで」

「……それも許さない」

 

「本当にごめん。ずっと見てきたのに何もしてやれなくて――」

 

 僕のその言葉に、彼女の肩がぴくりと動いた。

 何か気に障ったのだろうか。それも分からない。

 彼女の視線は落とされたままだ。

 何か言わなくてはいけない。そのためにいるんだ。そうなんだ。

 

「私といると辛いんだって……」

 

 僕が何かを言うより先に彼女がそう呟いた。

 ふと、あの時の伊沢の顔を思い出す。

 

「皆の大宮春って何?」

「何だろうね……」

 

「敗北感?自分が嫌になる?何よそれ……」

「本当だね」

 

 その言葉は、全てあの時の彼と僕の思いに繋がった。

 伊沢夏月が大宮春に言ったことを僕は2人に対して感じていた。

 だから、彼女の疑問の答えをたぶん知っている。

 それでも彼女の問いに答えないのはプライドのためか、彼女のためか、もう分からない。

 

「ねえ、私何かしたのかな?」

「……きっと、春は何もしてないよ」

 

 僕はそう言って彼女の前で跪き、白く細い手を取った。

 

「僕は大宮春のことを世界で一番よく知っている」

 

 僕は彼女の顔を覗き込んで、下手くそに笑ってみた。

 彼女に反応はない。

 僕はそれに構わず言葉を弄した。

 

「君は皆に優しい。それが自然体だから君を厄介に思う奴も、いけ好かないと思うやつもいない。何でも持っていて、何でも出来て……、君に嫉妬する方が馬鹿らしい」

 

 自分で何を言っているのか分かっていなかった。だが、だとしたらこの言葉は僕の本心で、嘘のない言葉なのだろう。

 春の手に少し熱が帯びた気がする。恥ずかしいのか、苛立っているのか分からないが、無反応よりはマシだ。

 もしかしたらこのまま後の言葉を僕の本心に任せるべきかもしれない。

 でも、僕は自分の言葉で伝えることにした。

 

「でも……きっとそれは違う」

 

 きっと伊沢夏月の想う大宮春は虚像に過ぎない。

 彼が憧れた女の子は本当に純粋無垢で、綺麗で、それだけなのだ。

 その綺麗さは凡人にとってあまりに眩しい。

 けれど、それは彼が見誤っているだけで、春はもっと普通だ。

 

「皆の前ではいいえと言わないだけで受け入れ難いものはちゃんとある。伊沢の前でするように、男子に自分を可愛く見せたがる。春は普通の女の子だ。伊沢が他の女子と話してると邪魔したくなることもあるだろ?」

 

 やはりあまり良いことは言えない。

 それでも僕は諦めずに囁きかけた。

 

「それが本来の春の姿だと分かるのは僕だからだよ」

 

 もう1度彼女の手を握り直す。

 冷たさが戻ってきた手の甲と、きゅっと握り返す彼女の指先が僕を身震いさせた。

 心臓が高鳴っても、それでも平常心を保つ。

 自分だけが一喜一憂なんて、今の彼女に失礼だ。

 優しく、優しく、それだけを意識して囁きかける。

 

「皆に優しくすること、分け隔てなく接すること、皆の偶像となること、これらはどれも凡人に出来ることじゃない。それを自然と出来てしまうのが君だ。大宮春だ」

 

 その時、彼女が初めて顔を上げた。俺を睨みつけるその顔は、きっと他の奴らには見せない顔だ。

 

「そんなことない!」

 

 それを言うと同時に、掴んでいた僕の手をより強く締め付けた。

 じわり、じわりと痛みが伝わってくる。

 

「痛いよ……」

「私の方が痛いもん!」

 

 誰もいない公園に、彼女の悲痛な声が響く。

 

「私は偶像なんかじゃない。皆の大宮春なんて、私にとって何の名誉も利益もない言葉よ。私は一度だって皆と本心で話せたことなんてない。嘘の自分の姿なのよ。あれは……」

 

 僕にはその言葉が信じられなかった。

 僕は春に憧れていて、眩しくて……

 

――あれ?……あれあれ?

 

 彼女はずっと仮面を被っていた。

 けれど僕の前だとそれを外していた。

 この公園で……ふたりぼっちの時だけ……。

 そうだ、僕は知っている。自分で言ってたじゃないか。春は普通の女の子だ。自然となんて決めつけていたのは僕だ。

 そう思ったとき、彼女の目から涙がぽたぽたと落ちてきた。

 それは僕の手の甲に大きく広がった。

 

「私は皆が怖い。私に寄せる期待、嫉妬、憧れ、全てが怖い。だから偽善者となって皆の機嫌をとるの。皆と普通に仲良くしていくために……」

 

 裏表のない人間などいない。

 彼女は少し器用なだけの普通の女の子、ようやく僕はそれに気が付いた。思い出したのだ。

 彼女とこれだけ長い時間一緒にいて、仮面を外してくれていたのに、何も理解していなかった。

 

――泣きたいのはどちらだろう

 

 もう今の僕には一番なんて言える自信はない。本当の本当に伊沢夏月と同じだ。大宮春を見誤った。

 でも、彼女のことを知ってなどいなかったけど、これだけは確かなものだと思ったから、声を絞り出した。

 

「その偽善は皆の助けになっている。君を中心に人が集まっていくのはその賜物だよ」

 

 言いながら苦しくなった。苦し紛れとはこのことだ。

 火に油を注いでしまった気分だ。

 僕がそう思った瞬間、彼女は勢いよく立ち上がり僕の手を振りほどいた。

 

「私は……!!」

 

 彼女の顔は、今まで見た中で最悪の泣き顔だった。

 こんなことになりたかったんじゃない。こうしたかったんじゃない。

 自転車で駆けながら見た星空はいつの間にか消え去って、厚い雲が僕らを見下ろしている。

 あの時の星空は、何のために僕を照らしたのだろうか。

 きっと彼女は去ってしまう。

 雲が星々を隠したように、見えなくなってしまう。

 ここで何か言わなくてはいけない。

 そうしないと僕の星が見えなくなってしまう――

 

 先に話し始めたのは彼女の方だった。

 

「ごめんなさい。取り乱したわ」

 

 ところが、僕の予想に反して彼女は優しい声色をしていた。

 皆を虜にし、伊沢夏月さえ惚れ込む、安心感のある声。

 それが彼女の口から漏れだした。

 

――あぁ、やってしまった

 

 僕は彼らと同一の存在になったのだ。なってしまったのだ。

 彼女とは10年以上の付き合いだった。

 世界で1番彼女を理解していた。

 世界で1番この少女のことが好きだった。伊沢夏月よりも、春の母親よりも、誰よりも……!

 そのはずだった……

 

「もう今日は遅いし、家に戻るわ」

 

 駄目だ!駄目なんだよ!

 歩き始めた彼女、唇を噛み締める僕……これでは駄目だ!

 

「春!」

 

 ここで黙ってたら何もかも終わりになる。

 今まで大切にしてきた暖色の記憶すら思い出したくなくなったら、僕の記憶の何割が残るんだろうか。

 

「待って!春!」

 

 彼女は強い。

 こんな日のこんな時でさえ、あの表情でいれるのだから……苦しみに耐えて、仮面を被れるのだから。

 でも、そんな強さなんて要らない。

 月とすっぽん、そんな関係なのは結構前から知ったことだ。

 人様の言う釣り合う釣り合わないなんて関係ないと割り切った。

 全身にぐっと力を込める。

 この開き直りが僕の足を踏み出させた。

 

「そんな顔しないでくれ!そんな声をしないでくれ!僕が好きなのは大宮春だ!君じゃない!僕だけが知ってる大宮春なんだよ!」

 

 あぁ、ついに言ってしまった。

 彼女が驚いたように振り返る。それは僕だけが知っている大宮春の表情だった。

 

「何も分かってなかった。君を知ったかぶりしていた!それでも、僕の知る春が好きだ!愚痴を言う春だって、惚気話をする春だって好きだ!」

 

 今の僕はどんな顔をしているのだろうか?それはそれは可笑しい顔だろう。きっとこれは、彼女にしか見せない顔だ。

 僕らは力強い眼差しで見つめ合った。

 夜の帳と協力して静寂を作る。

 

 静寂、静寂、静寂。

 

 静寂がゲシュタルト崩壊しそうなほど静かだった。

 

「ぷっ!ふふふ……」

 

 長い間僕らを包んだ静寂を壊したのは春だった。

 

「僕そんな可笑しい顔してた?」


 笑われたことに少しだけ不満があったから、どうしても不貞腐れたような言い方になる。

 すると、彼女はまた笑って言った。

 

「私は小宮秋人のことを一番よく知っている」

 

 その言葉はついさっき僕が言ったように放たれた。

 僕の瞳に眩い光が差し込む。

 みるみる流れていく厚い雲。いつの間にか天上には星の海が出来ていた。

 

「君は無愛想で、頑固で、無口で、人ひとり寄り付かないし、まるでその方が都合が良いように振る舞っている」

 

 何一つ良い点が無いじゃないかと思うが、事実に違いないのでぐうの音も出ない。

 

「……でも」

 

 彼女はそう言った後、僕の方にゆっくりと歩き始めた。

 低めのヒールがアスファルトをコツコツと叩く。

 その音に合わせて僕の心臓が跳ねて緊張を誘った。

 そして彼女は僕の目の前に止まり、顎を引き、ニコッと笑って手を後ろで結んで言った。

 

「本当は凄い優しくて、よく笑って、皆に耳を傾けられる。いつも何考えてるのか分からないけど、実はそれすら他人のために何かしようとしてる事ばかり……」

 

 こうも持ち上げられるといてもたってもいられない。なんだか体が痒くなってきたような気すらした。

 しかし、僕の体は催眠術をかけられたように動かない。否、動けない。


「僕は……そんなんじゃ」

 

 その時の彼女の顔ときたら、すべてお見通しとでも言うような顔だった。

 

「私はその優しさを知っている」

 

 彼女は揺るぎない澄み切った目をしていた。

 対して、僕はそんな彼女の目に全身を揺さぶられている気がした。

 自分のことを優しいだなんて思ったことは無い。

 ただ彼女に笑っていて欲しかっただけだ。落ち込んでいる姿を見たくなかっただけだ。

 しかし、それが彼女の目に写ったものならばそれが正しいのだろう。

 僕には見えないものが見えているだろうから。

 

「ははは!やっぱり凄いな」

 

 僕はなんだか笑えてきてしまった。

 彼女はそんな僕を見て当然不思議そうに首を傾げた。

 

「……何が?」

 

「いや、結局春はいつでも僕の憧れだよ。この調子ではいつになっても普通の女の子と思えないかもな」

 

「えー、何それー」

 

 もう2人の食い違いが起こる気なんてしなかった。きっとそれは彼女も同じだろう。

 だから「普通の女の子」の意味を間違えることもない。

 見つめ合う僕らには、今までとは違う本当の何かがあるような気がした。

 

 今、僕の心は輝いている。

 満天の星空がより美しく見えてしまうのは、心が星々の光を無意識にデコレーションしているからだ。

 それでも、こんな幻想的なシチュエーションであっても、何故こんなことを言ったのか分からなかった。

 だが、それは随分とすんなり声として響き渡った。

 

「……月が綺麗ですね」

 

 調子に乗っているのは承知済みだ。

 たった数時間前に誰かに振られた人に発する言葉ではない。

 そう分かっていても、僕はそれを訂正する気にならなかった。

 すると、彼女はほんのりと頬を赤く染めて言った。

 

「んー、まだ死ねないわ」

「知ってた」

 

 軽く振られてしまったが、これで簡単に承諾されても困ったものだ。

 きっと僕は今の僕らの関係を知りたかっただけなのだろう。僕の意図は話さずとも彼女に伝わったはずだ。

 

 春と僕は顔を見合わせてニコッと笑った。

 

――今はこれで良い

 

 何よりも綺麗な彼女の笑顔を見て、僕は心からそう思った。

 

 1度だけでなく何度も伝えた「好き」は僕ら2人を綺麗に結び止めた。

 どの星座よりも綺麗に結ばれている。それを確信した。

 もう僕らはいくら追いかけても隣合うことが出来ない太陽と月ではない。

 本当の本当に隣にいるのだ。

 今後交わることはないかもしれないけれど、日陰と日向のような隣合う関係。それさえあれば良い。

 それに、彼女曰く「まだ」なのだ。

 

「ありがとう」

 

 春から贈られたその言葉に僕の心が温められていくような気がした。

 

「うん」

 

 僕がそう返すと、彼女は少しだけ名残惜しそうに僕から一歩下がった。

 

「じゃあ、また明日」

「そうだね、また明日」

 

 その言葉を最後に、彼女が公園から確かな足取りで出ていった。

 それを見送った僕は、嬉しさと喜びから力が入って崩せない笑顔を指でつまみながら、空を仰いだ。

 

 雲ひとつない星空。

 今日何度も見たはずの綺麗な空に思わず感嘆の声をあげた。

 彼女の部屋に明かりが灯る。

 この調子なら、僕の好きな彼女に戻っただろう。

 

「きっと明日は快晴だ」

 

 公園から見る、僕達しか知らない星空が僕をそう確信させた。

どうでしょう?面白かったでしょうか。

自分の脳内妄想では面白かったのですが文字に起こしてみたらどうなのだろうか?


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