王子は影から凡人を見る。
「リッケ、やる。」
バルログは俺に賛辞の言葉を送った。
「あっしもびっくりでさぁ。まさかここまで強い人間がいるとは思いもしやせんでした。」
「でもイゴール、魔法、使ってない。」
「なんだと!?お前手加減したのか?」
手加減されて勝っても意味ねぇじゃねぇか!多分魔法を使われていたなら負けていただろう。
「いえいえ、あっしが使い損ねたんでさぁ。最初っから使っておくべきでしたぜ。」
「イゴールはどんな魔法が使えるんだ?」
下界でも魔法はあったが、才能のある一部の奴しか使えなかった。その才能のあるやつでも一つの属性しか使えないのが魔法だ。属性は火、水、土、風、闇、光の6種類でそれぞれの性格が反映されることが多い。ちなみにクロードは火だった。負けず嫌いだし妥当だ。
「あっしは風でさぁ。といっても相手を攻撃するような風魔法は持ち合わせておりやせん。」
風魔法とは中々に珍しい。ちなみに一番多いのは火で、一番少ないのは闇だ。
「あっしの風魔法は相手の攻撃の軌道を変えたり、速度を上げたりとまぁサポート向けの能力なんでさぁ。」
あぁ、それじゃあ負けてたなぁ。ちくしょう。勝ったっていうのに気分がよくねぇ。だが心強い仲間だ。速さに長け、風魔法が使える。最高じゃねぇか。
「バルログも魔法が使えるのか?」
俺がそう聞くとバルログは背中にあるバルログの身長ほどある馬鹿でかい大剣を取り出していった。
「俺、剣だけ。」
その場でバルログは剣をふるった。するとゴォッ!!っと空気を切り裂く音が聞こえたと同時に当たりの木々が震えた。
「だけど、俺、強い。リッケ、やるか?」
「リッケさん。どうせです。バルログさんともやってみたらどうですかい?」
イゴールも模擬戦を勧めてくる。よし、やってやろうじゃねぇか!!
「あぁ、やろうぜ!!」
俺がそういうとバルログは少し離れた場所で剣を構えた。そして俺も剣を構える。
「では、いきますぜ!」
イゴールが右手を上に挙げた。
「始め!!」
イゴールが右手を下げた瞬間俺とバルログはお互いに相手に突っ込んだ。
バルログの一撃はとてもじゃねぇが受けきれるものじゃねぇ。ここは速攻で決めさせてもらう!!
しかしバルログは見かけによらず俊敏な動きでリッケの動きについていく。
嘘だろ!?こいつ、こんなに早く動けるのかよ!!
受けられないと思っていた一撃がリッケに襲いかかった。
両足の重心を膝を内側にすることでバルログの攻撃に備える。
ドシィ!!という音とともにバルログの剣がリッケの剣に放たれた。
受け流すなんて器用なまねはできねぇ!!避けられないなら仕方がない!!真正面から止めるだけだ!!
バルログの剣をリッケの剣が受けとめた。
すると、バルログはニヤリと笑っていった。
「リッケ、やる。」
バルログはさらに剣を振り上げる。しかし、これだけ馬鹿でかい大剣なのだ。そうそう簡単に振りかぶれるようなものではない。俺はその隙を見逃さず、すかさず振りかぶったところに斬りかかる。
「だけど、フェイント、見切れない、駄目。」
振りかぶると見せかけてバルログは剣を横に滑らせた。刀身を右肩の上の方にやり、持ち手の部分の位置は変えない事で短い横切りを可能にしたのだ。
図体の割に器用な剣を使うじゃねぇか!!
俺は間一髪のところで横切りを受け止める。がその一撃は相変わらず凶悪なもので俺は受け止めきれずに吹っ飛んだ。
「うおっ。」
吹っ飛びながらも、俺は剣を離さず、すぐさま立ち上がった。短くコンパクトな一撃だったため、凶悪とはいっても、最初の一振りほどではない。
「へぇ、バルログの一撃を食らって立ちますか。」
イゴールは驚いたようにこちらを見る。
「イゴール、リッケ、強い。」
お褒めの言葉をどうも。
「手を抜いたら、負ける、俺。」
あぁ、全力でやらないと意味がねぇ。
「いくぞ!!!!!!!!」
俺は吹っ飛ばされた場所からバルログの下へ全速力で駆け抜ける。
今から使う技には勢いが必要となるからだ。この技は相手の力を借りる技。いわゆるカウンター技だ。相手より劣っていたことの多かった俺が自分より強い相手に勝つために苦肉の策で身に着けたこの技!お前に受けられるか!?
バルログは全速力で向かってくる俺に対し、剣を構えて言う。
「こい!!!。」
バルログは俺が来ると同時に剣を真上から叩き潰すかのように振るう。
もっと!!もっと早くだ!!俺は絞り出す。幾度の死から立ち上がり、得た能力をこの一瞬に。あぁ、いい気持ちだ。
バルログは剣に重心を乗せてしまっている。フェイントということはないだろう。だが、タイミングはばっちりだった。俺が限界を超えた速度を出すまでは。
バルログの剣は空を切り、俺の剣がバルログの頬に傷をつけた。
「俺、負け。」
バルログは神妙な面持ちでそう言って俺の方にきて握手を求めた。
「一緒、頑張る。」
「あぁ、よろしく頼むぜ。」
こうして俺は二人の天使に認められた。俺の努力は無駄じゃなかった。才能がなくとも振り続けた剣、死に続けた日々、全てが俺の力になっている。そして、今は心強い仲間もいる。あぁ、ドックル任せとけよ。俺が天界を救ってやるからな!!
☆
リッケ達が模擬戦をしているのを、ばれないよう森の中から見ているものがいた。年若く、金色の髪に端正な顔立ち。そう、ウルヴァだった。
「どうして人間のアイツがあそこまで…。」
しかも相手は剛腕のバルログに風纏いのイゴールだぞ。人間どころか、天使の間でも知らぬものはいない強者だ。それがどうしてただの人間に負ける!?しかも見ている限り、あいつは他の二人と違って何か特別なものを持っているようには見えなかった。イゴールのようにまるで目にもとまらぬ速さを持っているわけではない。事実あいつは身体に擦り傷をこれでもかと作りながらも戦っていた。そして、バルログとの一戦でもそうだ。バルログのフェイントに騙され、一発を食らっていた。あいつは俺と何も変わらない。特別ではないはずなんだ。それが…どうして…。
ウルヴァは目の前で繰り広げられた模擬戦を見て分からなくなっていた。才能のある兄弟達に追いつけるわけなんかないと勝手に決めつけていた自分は間違っていたのだろうか。俺も死ぬほど努力し続ければ、あいつのようになれるのだろうか。いや、俺は十分努力してきたはずじゃないか。ガブリエル兄様が寝ている間に必死に剣を振った。リドクル姉様が社交界に行っている間にひたすら魔法の練習をした。弟のバウエルがお母様に甘えているときには必死に剣と魔法の拙さを埋めるために戦略を学んだ。だが追いつけなかった。弟のバウエルにさえ剣と魔法ではもう勝てないのだ。なら、無理だろう。どうせ俺はもう戦場に送られたのだ。後は死ぬだけなのだ。いまさら頑張ったところでどうしようもない。
あぁ、だが、だが仮にもし生き残れたなら、あのリッケとかいう人間のようにもう一度足掻いてみたいものだ。
行き場のない気持ちを一人抱え、ウルヴァは自分の寝床に帰るのであった。