閑話 勇者の思い出
「短く整えられた金髪に碧眼、そしてこれでもかというほど整った顔立ちとたなびく純白のマント、彼を見る誰もが彼を称賛し、称える。勇者様、クロード様と。事実彼は強かった。誰よりも強かった。敵は例えドラゴンであろうと腰に下げている聖剣で切り裂いた。物理攻撃の効かない相手であろうと得意の炎魔法で焼きつくした。剣術も、魔法も一級品。そう、彼こそが勇者。彼こそがこの世界を救う者なのである!!」
「そのうるさいナレーションを止めてくれませんか。アイナさん。」
青髪に小さな背丈、そして誰もが見ただけで微笑んでしまうような可愛らしい顔をした見た目少女は注意をされてもやめない。
アイナがクロードと合流したのは二日ほど前だった。突如馬車で進んでいるところにアイナが現れたのだ。
「しかし彼には悲しい過去があった…。そう、勇者に選ばれたことによって大好きな女の子と別れなければいけなかったのだ…。」
「いや、僕はアイナさんの事別に好きじゃないですからね。」
そういって木にもたれかかっているクロードは煙草を吸う。今は次の町ダゴスへ向かう途中で野宿をしているところだった。勇者として村を出てからおよそ2か月。よくもまぁアイナさんが追いついてきたなと思ったが、よくよく考えればこれだけの人数で魔王の城へ向かっているわけだからアイナさんが速いのではなくて、俺たちが遅いのだろう。果たしてこんな速度でいいのだろうか。
周りには20人ほどの騎士や魔法使い、僧侶が各々テントを建てたり、料理を作ったりしている。
「やぁ~ん。恥ずかしがらなくてもいいのに~」
身をくねくねさせてアイナは言った。
「ところでアイナさん、村にいた彼氏はどうしたんですか?」
「あぁ、あの領主の息子?クロードの方が将来性有りそうだったから切り捨てたわよ。」
「はぁ、アイナさんを見てると恋愛をする気が失せますよ…。」
リッケ、お前がこいつの本性を知ったらどういう反応するんだろうな。ついリッケの慌てふためく姿を想像して思わず笑いが出てしまう。
「くくっ。」
「あっまたリッケの事考えてるでしょ。ホモホモクロード。」
そのネタは現金だぞ。
「人を勝手にホモにするのはやめてください。でもあいつ、どうしてるかなぁ。」
気にならないと言ったら嘘になる。あいつにも旅についてきてほしかったのだが、まさか連れていけないとは。あいつがついてきてくれたら絶対この厳しい旅も面白くなったと思うんだがなぁ。
「あいつ、クロードが旅立った後半日寝込んでたらしいわよ。」
「へぇ。」
可愛いところもあるじゃないか。
「それで半日寝込んだ後すぐ素振りを始めたらしいわ。村では有名な話よ。」
ちょっと友情を感じたのを後悔した。
「あいつは通常運行か。」
まぁ、リッケだしな。
「まぁ、そんなことよりリッケ大好きホモホモクロードに重大なお知らせよ。本当は二日前に伝えるべきだったんでしょうけど、伝えるべきかどうか迷っちゃっててね。」
「いや、ホモではないです。リッケになんかあったんですか?」
「羽の生やしたでかい大男にさらわれたらしいわ。」
アイナは真顔でそういった。
「冗談よしてくださいよ。リッケは剣もそこそこできますし、そんな簡単にさらわれるような弱い男じゃないですよ。それにあいつがさらわれたまま帰ってこないだなんてありえませんよ。」
「そう思うのも分からないでもないんだけどね。話を聞くと、その場に突然現れて、後ろからリッケに触ったと思ったらその場で二人とも消えたらしいわ。」
「は?」
そんなことありえるわけがない。
「私も聞いてて、は?って感じだったけど本当らしいわよ。」
リッケ…。お前またなんか厄介なことに巻き込まれてるのか…。
「そうですか…。情報感謝します。でも多分リッケなら大丈夫ですよ。」
「あんまり心配してないわね。」
「いえいえ、信頼してるだけですよ。」
そういってクロードは煙草を吸い、煙を吐き出した。
☆
「なぁ、クロード無茶はやめろって。お前が強いのは分かるけどよ、バウルベアはまだはえぇよ。」
リッケは森の中を突っ切る俺についてきて言った。
「うるさい!俺は今すぐ自分の強さを証明しなきゃならないんだ!お前は帰れよ!」
リッケは俺に一度も勝ったことがない。正直足手まといだ。毎日剣をふるってるくせにまったく強くならない。無駄だらけの剣術だ。
「友達が自殺しようとしてるのに放っておけるかよ。」
「自殺じゃない、証明だ。」
村の自警団に俺も入れてもらうのだ。自警団に入団申請をしに行き、男連中に馬鹿にされた事を思い出し顔を横に振る。そうだ!俺は強いんだ!村の大人よりも!自警団の奴らよりも!!
「あのなぁ、そのプライドがめちゃくちゃ高いのお前の悪いところだぞ?。確かにお前は強いけど、俺たちまだ13歳だぜ?身体も出来上がっちゃいねぇじゃねえか。俺だって自警団の連中に負ける気なんかしねぇよ?でもな、まだはえぇよ。相手にするのは自警団の連中じゃなくて魔物だぜ?入ったとしても、力で押されちまうよ。相手を見誤るなよ、クロード。」
「それはお前だけだ。俺は力でも負けない。」
そうだ、俺ならいける。森一番の強者であるバウルベアとだって戦える。
「そうかい。」
それ以降リッケはただ後ろからついてくるだけで、何も言うことはなかった。そうだ、お前は後ろから俺を追いかけていればいい。今までもずっとそうだったんだから。プライドの何もない弱いお前はただ俺の背中を眺めていればいいんだ。
そしてしばらく進み続けて、俺はようやくバウルベアの住処に辿り着いた。ただのバウルベアでは意味がない。ネームドのバウルベアだ。
「お前、ここどこか分かってんのか?アウゼスはやべぇって。死ぬぞマジで。」
「じゃあお前だけ帰れよ。」
「うるせぇな。お前が死ぬとこ見たら帰ってやるよ。」
は?どういう事だ?
「友達が自殺するのは放っておけないって言ってたじゃないか。」
「うっせぇよ。こんだけ止めてもお前帰らねぇじゃねぇか。友達ならもうちょい俺の言葉に耳を貸すだろ。だからお前は金輪際友達じゃねぇ。」
俺はその言葉を聞いてカッとなってしまった。そして思った以上に衝撃を受けていた。
「そうか。お前はそういうやつだったんだな。」
小さいころから一緒だった。弱いけど、少しは信頼していたのに。他の奴と同様に、
俺と距離を取るんだな。
「あぁ、そうさ、だからとっととバウルベアと戦って死んじまえ!!」
くそっ。あぁいいさ、絶対に勝ってやる。俺は振り返り、思わず流れ出た涙を隠すとともに、アウゼスの住処へと進んだ。アウゼスの住処は大きな木に出来た空洞だ。近寄らなければ、相手を襲わないが、一旦近づくと…。
俺がアウゼスの住処の手前まで来ると、アウゼスはのそのそと住処から出てきた。でかい。村の自警団の奴らより3倍はあるだろう。だが、やれる!俺なら!!!。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!。」
猛然とクロードはアウゼスに斬りかかった。
「がうっ」
しかし、体躯からは想像もできない身のこなしで軽々と避けられてしまう。
こいつ、この図体でここまで早いのか。少し油断していたかもしれない。とりあえずは目を狙おう。目さえ奪ってしまえばそう簡単にこちらを把握できないはずだ。
そう思い俺は剣を短く持ち直し、アウゼスにじりじりと近づく。一歩間違えれば死ぬ。だが…。ここだっ!!俺は最高のタイミングでアウゼスの懐に踏み込んで切り込む――――。
「がう?」
しかし、刃はアウゼスの目に当たらず強靭な腕に当たる。しかも一切傷がついていない。
そして俺は隙だらけだった。そしてアウゼスの一撃が腹に当たった。俺は腹に食らった一撃で吹っ飛び、大きな木にぶつかった。
「かはっ。」
今まで見たことのない量の血が出た。腹からも、口からもだらだらと血が溢れてくる。
あぁ、俺はここで死ぬのか。自警団の奴らに馬鹿にされて。唯一の友達にも見捨てられて俺は…。いや、自惚れてた俺のせいか。俺、見下してたもんなリッケの事。最近はもう隠そうともしていなかった。そんな俺と今まで一緒にいてくれたこと自体が奇跡だったか。ごめんなリッケ。俺が間違ってたよ。俺が…。もう目を開ける力も残っていない。
そして驕っていた自分にようやく気付き、死を受け入れようとしていたその時だった。
「よぅ、クロード、随分痛々しい姿になったなおい。」
リッケの声が横から聞こえた。
「お前…。逃げたんじゃ…。」
そうだ、お前は俺がやられるのをみて逃げるって!!
「バカ野郎お前。逃げるわけねぇだろ。ったく手間とらせやがって。」
そういうと剣を鞘から抜く音が聞こえた。こいつ戦う気なのか!?俺より弱いのに!?俺がやられたところをみているのに?相手はネームドだぞ!?自警団の奴らだって裸足で逃げ出すような奴だぞ!?
「あぁ、お前の言いたいことはなんとなくわかるよ。お前が勝てるわけがないってとこだろうよ。あのなぁ、そんなもん分かってるさ俺だって。でもなぁ、男には引けないときってのがあるのさ。」
そういうとリッケの声が遠ざかる。どうやらアウゼスの方へ向かっているようだ。
「友達を守るときとかな!」
そこで俺は気を失った。
☆
目が覚めると俺は村の病院の中で、横には同じく傷だらけで包帯に巻かれたリッケの姿があった。クソッ体が痛い。あの後どうなったんだ。
「ようやく目が覚めたか!!このバカ息子!!」
突如声が聞こえたかと思うと頭にげんこつが振り下ろされた。
「いっつ。あの後、どうなったんだ!?」
なんで俺たちが生きているんだ!?リッケがアウゼスを倒したのか!?
「どうなったんだじゃないだろ。倒れてるお前をかばってリッケがバウルベア相手に時間稼ぎしてなかったらお前死んでたんだぞ。」
「?」
「リッケが真っ赤な紙を丸めたものを落として道標を作ってくれてたんだよ。そのおかげで俺たちはお前らが死ぬ前に追いつけた。といっても追いついた時にはお前は倒れててリッケはズタボロになりながらアウゼスと斬り合ってたけどな。」
リッケ…。
「凄い形相だった。まるで獣だった。あんなリッケは初めて見た。人が本気になる時ってのは誰かを守るときなのかもしれないな。リッケが起きたら礼を言うんだぞ。わかったな。俺はもう自警団に行かなくちゃならないからもういくぞ。じゃあな。」
そういって親父は病室から出て行った。
おもわず俺は隣で満足そうに寝ているリッケの顔を見て
「ありがとう。」
そういった。