ヴィグリードの丘の決戦②
第一先行部隊が基地を出てから20分ほどたったところであった。場所はヴィグリードの丘手前。そこには山ほどの化け物どもが押し寄せてきていた。巨大な芋虫、オーク、オーガ、天使喰い、巨大なムカデ、巨大なサソリ。まるで地獄かと錯覚するほどの敵軍。4人どころか基地にいる天使全員で戦っても勝てるかどうかという量だった。そしてその化け物どもの後ろ、ヴィグリードの丘には悪魔どもが控えている。遠くにいるのでよく分からないが、化け物どもに命令を送っているようだった。
「こりゃあ洒落にならねぇなぁ。」
「何言ってるんだ。覚悟なんかとっくに決めてきただろう?」
ウルヴァは鉢巻をこちらに見せながら言った。
「そういやそうだったな!!よっしゃ!!行くぞ!お前ら!!目指すは悪魔本陣!!化け物どもの相手は追いついてくるであろう他の先行部隊、遊撃部隊がやってくれるはずだ!いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
俺たちは魔物どもに突っ込んでいく。まずは巨大な芋虫共の群れからだった。芋虫の大軍が俺たちに襲い掛かる。
「バルログ!!お前がこの陣形のカギだ!!芋虫をたたっきって道を開けてくれ!!」
「任せろ!!」
バルログは力任せに芋虫共を切り伏せていく。右から左から攻めてくる芋虫共はイゴールの速度魔法によって強化された俺とイゴールとウルヴァが交代しながら最低限の量を切り伏せる。完璧に息の合った連携だった。全く訓練していなければ俺たちはこの芋虫の集団にさえ飲まれ殺されていただろう。この4人の中で誰ひとりかけても駄目だった。俺たちはそれぞれ持つ能力を最大限生かしているからこそ、今進めている。
「クソ!!やっぱ量が多いな!!」
「もうちょいで芋虫共の軍を抜けます!!きばんなせぇ!」
「そうだな!!次はなんだ!!」
「リッケ!オーク共が来るぞ!!」
俺たちは芋虫共の軍を抜け続いてオーク共の軍と交戦する。オーク共は芋虫共と違って槍を使う上にスピードがある。
「もたもたしてたら芋虫共に追いつかれてしまいやすぜ!!」
後ろから敵が追ってくる。追いつかれ、4方を囲まれた時点で俺たちの負けだ。追ってくる速度よりも早く前に進み続けなければならない。
「バルログ!!気張れ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
バルログが叫ぶのはめったにない事だ。だが、それほどバルログも必死なのだ。迫りくるオーク共をバルログは身体に多くの傷をつけながら斬り、叩きどかす。
「ウルヴァ!!バルログに回復を!」
「とうにやっている!!かけ続けてもそれ以上に傷を負う速度に回復が追いついていないんだ!!」
ウルヴァは後方でバルログに回復魔法をかけ続けているため横から迫りくる敵は俺とイゴールだけで相手をしなければいけなかった。全体に回復魔法をかけるのはこの混戦のなかでは無理だろう。つまり、俺とイゴールは少しでも無傷で敵を退けなければならない。だが当たり前だ。一番きついのは一身に道を作り続けているバルログなのだから!!
「バルログ!!もうちょいでオークの集団を抜ける!!」
「…。」
返事はせずただただ切り伏せていく。返事をすることが出来ないほど道を作ることに集中しているのだ。それは鬼神のごとき剣筋。子供が見れば怯えるであろうその圧倒的な力。しかし俺たちは分かっている。こいつが俺たちのために、必死に道を切り開いていることを!!
切り伏せ続けてようやくオークの群れを抜ける。何体殺したかなどもう覚えていない。
「後何個化け物どもの隊がある!?」
「後オーガ、天使食い、鎧ムカデ、イビルスコーピオンの4つでさぁ!」
「ちくしょう!!2つでこちとら死にかけだっていうのによ!」
4人ともすでに衣服はボロボロ。もらったハチマキは真っ赤に染まっている。バルログに至っては上の服がなくなってしまっている。体中に傷がついてしまっていた。それでもなおバルログは斬り続ける。仲間のために。
「俺に、俺にもっと高度な回復魔法が使えれば!!」
ウルヴァは叫ぶ。
「バカ野郎、俺たちが戦えてんのはお前の回復魔法のおかげだろうが!!まだまだこれからだ!!気張れお前ら!後、バルログ!!お前はもう限界だ!俺が行く!!」
切り伏せ続けているバルログの横に俺は並び前にそそり立つオーガの群れを切り伏せていく。ったくどいつもこいつもやんなるくらい力が強いぜ。それに思った以上に切り伏せてどかしていくのは難しかった。バルログ…。よく今まで切り伏せ続けたな…。
「バカ!何してる!!」
俺が前に抜けたことで横が空く。しかしイゴールが限界を超えるかのように切り伏せる。まさに風を纏うかのように。
「少しは耐えられますがねぇ。長くは持ちませんぜ。」
「分かってる。ちょっとバルログを休ませてやりたい。頼んだぜ!!」
俺は疲労困憊のバルログを後ろに追いやる。
「前には進まなきゃならないけど少し休め。回復したらまた交代してくれ。道を作ってくれてありがとう。今度は俺が道を作る番だ。」
バルログは息が切れて喋ることができない。だが、親指を立てる。あぁ、任せとけ。
俺はオーガどもを武器ごと叩き斬る、だてに今まで剣をふるってきたわけじゃない!いまさらお前らなんか相手にならないんだよ! 俺は我流で培ってきた剣技のすべてを余すことなく使い圧倒する。
しかし量が量だ。バルログでさえ傷をつけながら前に進み続けたのだ。もちろん俺の方が剣激の威力も少ない分手間取る。そして体には無数の傷が出来続けた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
バルログが叫んでいたように俺も叫ぶ。一歩間違えれば死ぬ。しかし前に進まなければ結局死ぬ。仲間たちの命が俺の作る道にかかっている。
イゴールは必死に皆に速度上昇魔法をかける。ウルヴァは回復魔法をかけながら戦い始める。右手で剣振るいながら左手で俺に回復魔法をかけていた。この土壇場で身に着けたようだ。
「皆限界を超えてるんだ。俺が越えなくてどうする!!」
ウルヴァ…。お前、男になったじゃねぇか。もう立派な戦士だよお前は。
バルログも少しずつ回復してきた身体でイゴールとともに周りにオーガどもを切り伏せていく。
「行け行け行け行け行けぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
俺たちは叫びながら前へ進んでいく。
そしてオーガの群れを抜けた。3つの隊を抜けた時点で体はボロボロだった。血だらけで。いたるところに傷があった。しかし止まらない。第一先行部隊は進む速度を下げるどころか上げ続けていた。
まさに台風だった。伝説の勇者でもない、伝説の戦士でもない、神でもない。ただの羽無しと罪人と忌子と王子、その4人は徐々に悪魔達を動揺させていた。
「馬鹿な!!どうしてたった4人に退けられる!ウルヴァ王子は才能がないんじゃなかったのか!?」
ヴィグリードの丘で悪魔達は口ぐちに焦りの言葉を口にする。
「あいつは人間だろう!?どうしてあそこまで愚直に進み続けることが出来るのだ!?」
一直線に自分たちの方に向かってくる小さな台風に、動揺し、そして本当に自分たちのところまで来るのではないかと恐怖が押し寄せてくる。こちらは100人以上の悪魔がいるとしてもだ。リッケ達の快進撃はすこしずつ悪魔達の精神を削っていた。
「中々面白い奴らがいるようですね。」
ヴィグリードの丘の一番高いところでヴェルエスが口を開く。
「はっ。第一先行部隊という部隊がこちらへ一直線に向かってきています。」
そうヴェルエスに偵察兵は伝える。
「その部隊にいるのは剛腕のバルログ、風纏のイゴール、よく分からない人間、ウルヴァ第3皇子の4名です。」
「確かに異名持ちは強いでしょう。ですが、これはあまりにも常軌を逸していますね。いくら個人が強かろうが10体もの化け物にかこまれれば手も足も出せずに終わるはずです。それが10対どころか1000体以上いる中でここまでやるとは…。何が彼らを動かしているのでしょうか。」
ヴェルエスは分からない。彼らがどうしてここまで必死になっているかを。だが次期に知ることとなる。どうして彼らがここまで強いのかを。