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絵の中の私   作者: 石神井川 指南
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片腕の画家

青いブラウスに、白のガウチョパンツ。私は雨の中、出掛ける。

黄色い傘を差し、ふらりと街を散策すれば、夏の虫たちが息づいている。

りんりんと、鈴虫が忙しく鳴いている。私は虫の合唱に耳を傾け、生物たちが恵みの雨を賛美しているのを聴いている。


世界は息づいている。


この虫の合唱は彼に命を吹き込んでいるかの様だ。彼はアトリエで絵を描いている。虫の音が彼をせきたてているかの様だ。

小鳥遊 俊。変わった名前だが小鳥遊と書いて『たかなし』と読ませる。小鳥が遊んでいるのは鷹がいないからだ、と言うむしろ言葉遊びだが、彼は自分の名前が気に入っていると言う。鷹みたいな獰猛じゃないんだ、僕は安全だよ、と彼は冗談を言っていた。


彼は前途有望な学生だった。大学を卒業したら、海外へ行く、彼は大学で絵を習っていた。そしてその絵で食べていくことを望んでいた。


彼の指は油絵の絵の具で爪は虹色に染まっていた。

「僕の絵はやがて万人が認めざる得なくなるさ、なんて言っても僕の絵には愛がある」

臆面もなく彼は言う。

彼の絵は国内で様々な賞を取り、美術界の新星だった。

彼なら、どう描くだろうか? もう2度と描くことがない彼の右手で、この雨の風景系を描くとしたら?



「真奈美」

私の名前が呼ばれた。2月。美術大学の構内。私は白のダウンジャケットとジーンズを身に纏い、学内の掲示板を見ていた。

「あら、俊」

彼は大学の油絵学科の学生。私はよその大学の文学部生だった。私達は待ち合わせをし、私は彼のいる大学に来ていた。

「待った?」

「ううん。今来たところ」

私が掲示板を見ていたのは彼の作品展が開催される通知があったからだ。

「来る?」

彼は私が掲示板を見ていたことに気づいたのか、こう聞いた。

「もちろん」

彼は厚手のジャケットから、コーヒーを取り出し、その一つを私に渡すとニコっとした。


私達は彼氏彼女の間柄だ。高校で同じクラス。彼は高校の美術部で絵を描き、将来は美大へ行くと宣言し、自らその言葉通り美大に合格した。

「もうお互い最後ね」

「そうだね。真奈美は就職決まったから、今年から社会人だ」

「俊は大学に残るのね。目指すは大画家かしら」

「当然」

彼はコーヒーを飲み、ああ、寒い、早く帰ろう、と言った。私達は冬枯れの木立の構内を手を繋いで帰った。

私は彼の左手を握り、彼は右手にカバンを持つ。絵画道具は学内の個室に置いてあると言う。

「絵は個室で描くの?」

「家でも描いているよ。でもキャンパスの大きいものは自宅の部屋に入らない。仕方なく学校で描くしかないんだ。本当は自宅にアトリエが欲しい」

彼は多弁だ。大きな口を開け、テノールで話す。

「論文終わってたってね。どう、その評価は?」

「ハンコが10個。なんとか卒業できそう」

「論文のことはわからないけど、お正月返上で書いていたもんね」

「これで通らなければ、神も仏もないわ」

私達はその話をやめ、学生最後(私だけだが)の冬に卒業旅行の計画していた。彼も来て一緒に過ごすつもりだった。

「パリでお買い物」

私は言う。彼は美術館巡りをしたいという。

「やっぱり本物見ないとなぁ。国外不出の作品まだあるから」

彼は楽しみにしていると言う。

「パリって1年のほとんどが曇っているんだって」

「過ごしやすくていいさ」

彼はフランスに住むことを夢見ていた。

「いつか住むかもしれない街だから、よく見ておこう」

彼はそう言って私達の旅行は移住計画みたいなものになっていた。


卒業式の三月、遅咲きの桜が咲いていた。

梅の木があるところで私達は立ち止まり、見上げていた。

「梅は切っていい木なんだよ。知っていた?」

「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿でしょう? 知っているわよ」

「梅は切られたところから何度でも芽を出す。写真を撮ろう。記念に。卒業おめでとう」

そう言って彼は写真を撮った。

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