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10日間の契約  作者: syn
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1日目(前編) 悪魔との契約

 ヴォルポールの町外れに、「元勇者の館」と呼ばれている建物があった。その建物は、町と林のちょうど境にあった。かつては見事な建物だったが、いつのまにか雑草がおかまいなしに伸びていた。建物の中も荒れ果てていた。シャンデリアの電球は切れ、あちこちにクモの巣が張ってある。


 この建物のあるじの名は、ウィリアム・クライヴ。元勇者である。40年前は、誰もが尊敬し、憧れる存在だった。

 30年前、彼は資金調達に悩む中小企業を助けるために銀行を興した。業績はとても悪かった。年月とともに、赤字だけが膨らんだ。銀行業が彼に向いていないのは、誰が見ても明らかだった。しかし、赤字が膨らめば膨らむほど、やめてたまるかという彼の気持ちは大きくなった。

 5年前、彼の銀行は倒産した。膨大な借金だけが後に残った。家を除いたほとんどの資産は差し押さえられた。借金は無くなったものの、それからの彼は勇者であった者には似つかわしくない悲惨な生活を始めた。引かなければならないときに引かなかった――これが彼の没落の原因である。



 ―――ほんとうにだるい朝だ…

もともとは燃えるように赤かった髪も今ではすっかり薄くなり、ほとんど禿げかかっている。食べかけのトーストを食べきり、まずい水をコップ一杯飲んだ後、老人は寝室に戻った。カーテンは閉め切ってあるため、部屋の中は薄暗い。

 ―――もう何も考えたくない…

もう70歳になる老人は、薄汚い布団の中でうずくまった。

 ―――自分はただ呆然と、放っておけば勝手に進むこの世界の中に存在するだけの身なのだ…

 ふと、ウィリアムの頭に自殺というものが浮かんだ。そうだ。そうしよう。自分はもはや、この世界に必要とされてはいないのだ。


 その時だった。ふと、ウィリアムは風を感じたような気がした。布団から顔を出し、窓のほうを見やった。カーテンはかすかに動いている。部屋を見回してみると、そこには人の形をしたものがあった。それは、シルクハットをかぶり、ニカブを付けていた。ウィリアムの心臓は驚きのあまり止まりそうになった。

 「おまえは、何だ?金が目的か?」

ウィリアムは持っている力のすべてを、その渇いた口に使った。

 「金ではない。」

剣道着の胴、垂れを身に付け、袴をはいているそいつは、遠くまで響くような声でゆっくりと答えた。

「私は魔族。おまえらの言葉で言うならば、悪魔だ。魂をもらいにきた、ウィリアム・クライヴ。」

 ウィリアムは心臓を鋼の手でわしづかみにされたような気がした。同時に、心のどこかでそれを受け入れている自分にも気付いた。

 「私と契約を結んでほしい。おまえが若返り、私がおまえの下僕となる契約だ。

  ただし3つ条件がある。

  1つ目は、私はおまえに取り憑き、行動を監視するということ。

  2つ目は、おまえは魔族を殺すことができなくなるということ。

  3つ目は、おまえの魂は今日からちょうど10日後に私の魔力に変換されるということ。

  簡単に言えば、おまえの魂は消滅するということだ。」


 老人はしばらく口が利けなかった。若返る?下僕?

 「下僕となる、というのはどういうことなのだ?」

「私の魔力をおまえが自由に使えるということだ。ほとんどの魔法が使用できるようになるぞ。私以上の魔力を持っている魔族は2人しかいない。」

そいつは誇らしげに言った。

「なぜおまえは契約をする必要があるのだ?」

「おまえが知る必要な無い。」

そいつは冷たく言い放った。

「なぜオレを選んだ?」

「おまえの魂は強い魔力になると私が判断したからだ。おまえは世界に多大な影響を与えた4つの革命の指導者だからな。」


 二人の間に長い沈黙が訪れた。

―――どうせこいつはろくなことを考えてはいないだろう。だがオレは、どうせもうじき死ぬ。世界がどうなろうとオレの知ったことではない。行動を監視されるのも別に構わない。悪魔との10日間も、ひょっとしたら面白いかもしれない。いいだろう。

冒険者の血が騒ぐからであろうか、冷静を装ってはいるものの、ウィリアムはかなり興奮していた。


 「悪魔、おまえの名前は何だ?」

この質問は想定の範囲外だったらしいい。額のあたりに水色のペンダントをぶらさげているそいつは、少し驚いた様子だった。

 「…ニュクスとでも名乗っておこうか。」

「その契約、結ぼうじゃないか、ニュクス。」

そいつはまたもや不意をつかれたようだった。

 「契約は絶対に守られる。…本当にいいんだな?悪魔と契約をするということだぞ?契約をしたらここにもいられなくなるぞ?」

「オレの妻は死んでいるし、息子はとっくに自立している。だから、オレがここからいなくなっても誰も心配しないし、迷惑もかからない。それに、ここにいるのも飽きてきている。」

「分かった。その汚い布団から出ろ。」

 その言葉が言い終わるか終わらないうちに、布団は宙を浮き始めた。驚いたウィリアムは、布団から急いで出ようとした。重心の位置が急に変わってしまった布団は、斜めに傾いた。そのため、老人は床にたたきつけられた。しかし、床の感触はコンニャクのようで、痛みは感じなかった。

 「グダグダするな。手を焼かせやがって。立て。」

おまえのせいだろ。辺りには気味の悪い魔方陣ができはじめた。籠手が付けてあるニュクスの手の辺りに、羊皮紙と透明な小刀が出現した。老人はゆっくりと立ち上がった。


 「これを読め。契約の確認だ。了承するのなら血の指印を押してもらおう。」

ニュクスはウィリアムにその羊皮紙と小刀を手渡した。ミミズを並べたような文字だ。見たことも無い。しかし、ウィリアムはなぜか読むことができた。それには、こう書いてあった。


  吾、汝に誓いを立てる。吾は汝の下僕である。

  ただし、汝は魔族の生命を奪うことができない。

  また、汝の霊魂は10月10日に吾の魔力に変換される。 

 

 ―――今日が10月1日だから、10日間というのは言われたとおりだ。別に言われたことと違っていることは書かれていない。

 老人は血の指印に応じた。小刀は役目を終えると消滅し、指印を押された羊皮紙はひとりでに元の持ち主のほうへと飛んでいった。

 「後悔するなよ… では始めるぞ。」

ウィリアムの興奮は最高潮に達した。

 「エゴ ロカス ア パクトゥム ここに誓う」

 その刹那せつな、ウィリアムは氷付けにされたような感覚を覚えた。視界は闇に包まれた。雷鳴が轟いている。頭は割れるように痛んだ。ウィリアムはわなわなと床に崩れ落ちた。


 「立て。」

さっきから命令しやがって。おまえ本当にオレの下僕かよ。ウィリアムはのっそりと立ち上がった。部屋の空気が以前と違っているようだ。別の世界にたった今生まれ落ちたような気がした。

 自分の手が視界に入った。なんと、しわが消えている。これはオレの手ではない!

 ウィリアムは洗面所に走った。同時に、またもや異変に気がついた。体の関節に油が塗ってあるようだ。足取りが軽すぎる。これは誰の足だ?

 鏡に映った自分の顔を見て、さらに驚いた。これはまさしく自分の顔だ。50年前の!

 「うまくいったようだな…」

どこからともなくクスクス声が聞こえてきた。

「どこにいるのだ、ニュクス?」

ウィリアムは興奮しきった声でたずねた。

「おまえの中だ。私とおまえの意識はつながっている。私に声をかけたいのなら、まずおまえの意識の中に私を探せ。そして語りかけろ。」


 どこだ?なんでやねん。


 ―――おまえはここか?


 ―本当にオレの中にいるのか?

―ああそうだ。これが『取り憑く』ということだ。

 どうたらダッシュ(―)1回でしか聞こえないようだ。

 ―よし、すぐに着替えてこの建物を燃やせ。

―なぜ家を燃やす必要があるのだ?

―言っただろう、『契約をしたらここにもいられなくなるぞ』と。契約には強大な魔力が必要となる。そしてその魔力は契約後もしばらくはその場に残留する。見つかったら面倒なことになるぞ。この建物ごと燃やしてしまえば、契約の痕跡はほとんど分からなくなる。

―面倒なことってどんなことなのだ?

―分かっているとは思うが、人間どもにとって我々との契約は重大な罪だ。魂を売るのだからな。追われるのは必至だろう。捕まったら、処刑もしくは拷問にあうぞ。まぁ、私はそれくらいでは死なないから、構わないが。そうそう、おまえが死んだ時点でおまえの魂は私のものになるということも覚えておけ。

 ―――仕方ない、家を燃やそう。

ウィリアムは契約をしたことを後悔しなかった。それが禁忌だろうと構わない。オレはすでに死んでいる人間なのだから…


 若い頃に着ていた服を着ると、ウィリアムは久しぶりに勇者だった頃を思い出した。

―――あの頃はよかった。自分が世界の中心のようだった…

 ―よし、この建物を燃やすぞ。

   いいか、よく聞け。おまえは契約によって、魔力を知覚でき、かつ行使できるようになった。

ウィリアムはさっきから感じていた違和感が何なのか分かったような気がした。その正体は魔力だったのだ。

 ―魔法の発動には大きく分けて2つ方法がある。1つ目は流れている魔法エネルギー、いわゆる『MP』を自分に引き寄せ、それを使用する方法だ。

―ちょっと待て。魔法エネルギー(Magic Energy)ならMEだろ。『MP』っておかしくないか?

―MPとはすでに市民権を得ている固有名詞なのだ!それに、MEより『MP』のほうが分かりやすいだろう?

―言われてみれば確かにそうだが…

―分かったのならよろしい。まずは『アドベホ』と唱え、MPを引き寄せてみろ。感覚をつかめば詠唱しなくてもできるようになる。

 「アドベホ」

透明無臭の煙がよって来るようだった。なんだかふわふわした雲の中にいるようなかんじで、とても心地よかった。

 ―もっと気を入れてやれ。そんな調子だと、いつまでたっても魔法を発動できないぞ?

ウィリアムは言われたとおり、気合をいれてみた。なんと、驚いたことに煙はたくさん集まってきた。ウィリアムは自分が某天空の城になったような気がした。

 ―うわぁ!これすごいよ!竜の巣みたいだね。

―話し方まで若返ってないか?


 …そろそろいいだろう。『炎の波動』の詠唱をやってみろ。呪文は『イノセノディア』だ。部屋が燃えている状態をイメージするといいぞ。

 ウィリアムは瞳を閉じて想像した。炎なら見飽きている。

 「イノセノゼィア」

 一瞬にして竜の巣は消えてしまった。なんだか熱い。ウィリアムは目を開けた。なんと、部屋が燃えてる。自分が魔法を本当に使えるようになったことに、ウィリアムは感嘆した。

 ―初めてにしては上出来だ。すごぶる上出来だ。早くここから脱出するぞ。難しいかもしれないが、『転移』の魔法を使え。この魔法はは2つ目の方法、つまり自分自身の内なるMPを使用する方法で発動するほうがいいだろう。なにせこの魔法は使用するMPが大きいから、まわりから集めていれば確実に焼死する。あぁ、そうだ。MPを使用しすぎると、動けなくなるということを忘れるな。あと、魔法というものは基本的に『慣れ』だ。それぞれの魔法の発動する感覚を覚えれば詠唱なんてものは必要ない。私が詠唱なしで魔法を使ったのを何回か見ただろう。それと…

―早く『転移』の発動方法を教えてくれよ。このままじゃオレが確実に焼死するって!

 すでにウィリアムの足元にまで火の手は回ってきていた。部屋には灰色で異様な臭いがする煙が充満している。むろん、全く心地よくない。

 ―おまえが知っている場所で、人が全くいない所を思い浮かべるんだ。そして『アリエノ』と唱えろ。

 煙を吸い込みすぎてしまったウィリアムは、頭がクラクラしてきた。でもそんなの関係ねぇ。ええい。もうどこでもいい。

 「アリエノ」

 身体からだが急速に引っ張られるような感覚だった。ウィリアムは、自分がこの家から離れていくのを感じた。同時に、次第に意識も遠のいていった…


 ファウスト博士の話と似通っている点が多いですが、この程度なら投稿規約に引っかかりませんよね?これ以上共通点を作る気もないので…

 「竜の巣」ネタも引っかかりませんよね?天空の城っていってもいろいろあるし…ドラクエとか…

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