1.ヴァンパイアと人形の出会い
「……今日も釣果なし、か」
一人の青年が呟くように言った。
空には丸い仄青い月が浮かんでいた。
彼の名は、アルバトーレ。
彼は、デュミスの街を夜遅くに徘徊していた。
空腹、なのは間違いないのかもしれない。
釣果に関しては、期待などしていなかった。
この街にヴァンパイアという名の〝異形〟が共に暮らしているのは知っている。
やすやす捕食されに夜中に人間がいるとはこれっぽっちも思っていなかったからだ。
「……眠い。帰るか、もう無理っぽいし」
どうせもう、釣果はない。
そう思って、家に帰るための最短のルートとして、裏路地を入ったところで、何かとぶつかった。
ぶつかった、というよりは何かを蹴った、というほうが正しかったのだろうか。
「……なんだよ、こんなとこに」
ごみか、もしくは何らかのガラクタか。
そう思ってそのぶつかったものを見て、彼は少し驚いた。
それは少女。
空虚な瞳で、彼を見ていた。
――人間、なのか?
ごくり、と喉が鳴った。
まさかこんなところで捕食できる、なんて思ってもいなかったからだ。
だけど、違和感を覚えた。
ぶつかった拍子に感じたのは、ごつん、という感触だった。
じゃあ、目の前の少女は一体なんなのか。
彼には皆目検討もつかなかった。
自分では人間じゃない気がした。
どうしてそう思ったのか、自分でもよくわからなかったが、人間のような気がしなかったからだ。
では、少女は一体なんなのか。
少女は彼を見つめるだけで、何も言わない。
鮮やかな〝紅玉髄〟の瞳。
真っ白無垢な肌に映えるその瞳。
淡い紫色のショートヘア。
――人形、みたいだ。
万一人間だったのなら失礼なのかもしれないが、彼はそう思った。
黙ったまま対峙していたが、彼はたまらず少女に声をかけた。
「何してるんだ? こんな真夜中に」
まぁ、自分もこんな真夜中に街を徘徊していれば、変人扱いだろう。
だけど、問いかける言葉が、それしか見つからなかったのだ。
少女は彼を見つめながら、何も答えない。
彼は続けて言う。
「こんな時間にこんなところにいたら、食われるぞ。俺みたいな〝ヴァンパイア〟に」
そう告げると、少女は彼に告げた。
「私を、食べてくれるのですか」
そんな返答が返ってくるとも思っていなかった彼は、驚いた。
少女は言葉を続けた。
「〝異形〟の私を、食べてくれるのですか?」
「――君も、俺と、同じ……?」
「いいえ、私はあなたの言う〝ヴァンパイア〟ではありません」
「でも、自分を〝異形〟だって……」
「はい。決して〝ヴァンパイア〟だけが〝異形〟なのではありませんよ」
そして少女は、自らの存在を、彼に告げた。
「私は〝人形〟です」
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