9.運命の果て
「探したよ」
その後も街を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、シスフェリアの表情が強張ったのに、アルバトーレは気づいた。
それと同時に、彼がハヴァルなのだと、理解した。
ハヴァルは、シスフェリアに向けて言葉を続ける。
「君が帰ってくるのを待っていたのに、いつまで経っても帰って来なかったから、僕が迎えに来てあげたよ。しかし、長い散歩だったね。それとも道に迷っていたのかな? それに、これだって君の仕事なのに、どうして僕がわざわざこんなことをしなきゃいけないのかな」
ハヴァルの瞳は鋭く、優しい口調とは裏腹にどこか怒りもこもっているように感じる。
ちら、とアルバトーレの姿を見る。
「……もうだいぶ殺したと思ったのに、まだ〝人間〟が残ってたか。まだいるのかな、この調子じゃ」
その言葉に、アルバトーレは反論する。
「……俺は〝人間〟じゃない。あんたと一緒の〝異形〟だよ」
「へぇ、意外だね。……でも、君には会ったこともないし、僕のワクチンを投与した記憶もないよ」
「そりゃそうだよ。俺もあんたに会うのは今日が初めてだし、あんたに〝異形〟にされたんじゃない。あんたが〝異形〟にした〝人間〟にされたんだ。……俺とシスを救ってくれた人だったのに」
「……ああ、なるほど。シスフェリアを奪ったあいつか。あいつの行動にはとても腹が立ったよ。あの後すぐにワクチンを投与して、殺さずに生かしてあげたのに、余計な事をしてくれたものだね。だけど、君も僕と同じなのか。じゃあ、同志だ」
「違う。俺は、あんたのやってる事を止めに来た。それだけだ」
ハヴァルがヴィクスムをヴァンパイアにした。
その事実を聞いて、アルバトーレは怒りを覚えた。
――こいつのせいで、ヴィクスムは死んだ。
だけど、言葉にはしなかった。
ぐっと抑え込んで、ハヴァルを睨みつける。
それに動じず、ハヴァルは言う。
「そういえば、もう皆、ほとんど死んでいるよ。〝人間〟も〝異形〟も。途中から僕の気が変わっちゃってね。ここまでたどり着くまでにも、何人かどっちかわからないのを殺したよ」
「……それは、どういうことだ」
「言葉のままだよ? 本当は〝異形〟ばっかりの街にしようと思っていたんだけどね。それじゃあつまんないかなって。だって、何よりも僕がこの街では一番強いんだから。じゃあ、僕だけでいいんじゃないかなって。この街は、僕たった一人でいればいいんだって」
まるで、子供のように、一つのわがままのような感覚で、言葉を紡ぐハヴァル。
「だからさ、〝異形〟の君には死んでもらうね。あと、シスフェリアももういらないや。二人まとめて、殺してあげる。そうだなぁ、〝異形〟の君は残ってる〝掃除屋〟に殺されるのがいいのかな。シスフェリアは僕にしか殺せないからね」
愉快な様子で、ハヴァルは言う。
「……一つ、聞きたい」
「何? いいよ、死ぬ前に聞きたい事ぐらいあるよね」
アルバトーレは、ハヴァルに質問をした。
「どうしてあんたはこんな事をする? 理由ぐらい、あるだろ」
「理由? うん、そうだね。どうして君が殺されなきゃいけないか、って理由だよね、きっと。今の君に言っても意味はないかもしれないけれど。じゃあ、君に聞こう。これまで生きてきて、何か得たものはあったかい?」
得たもの?
ハヴァルの質問の意味を考えていると、彼は答えを告げた。
「君がこの答えの解答を悩んでいるのか、考えているのかは知らないけれど。僕にはなかったんだよ、生きてきて〝得たもの〟は。……強いて言うなら、この街を動かす地位、かな。君から見たら凄い事なんだろうけれど、僕にとってはたかだかそんなことに過ぎない。でもね、それも僕の一つの目標……いや違うな、野望かな、でもあったんだよ。〝異形〟である僕が、〝人間〟たちからどれだけ虐げられる存在か、わからないでしょ? 毎日のように言われるんだ。〝化け物〟だって。僕は何度も殺されそうになったよ。何の罪も犯していないのに、ただ〝純血のヴァンパイア〟ってだけで、何度も何度も。さすがにその時は誰も殺したりしなかったよ。だけど、感情はあった。〝人間〟たちは憎い。いつか彼らを絶望に叩きつけてやろうと思ってた。その時に、権力と地位をまず握ろうと思った。だからこの街を掌握した。それから次に考えたのは、僕の苦しみを理解できるように、ワクチンを投与して一部の〝人間〟を〝異形〟に変えた。だけど、この街に移民が増えすぎた。僕のワクチンも足らない。どうしようかな、と思ったときに、皆殺してしまえばいいんだって思った。だから、シスフェリアを作った。簡単だと思ったんだよ、〝殺戮兵器〟さえ僕が持っていれば、最終的には僕が手を下しても僕の手は汚れない。だけど、シスフェリアは奪われてしまった。そして、たどり着いた答えは、僕自身が〝人間〟に復讐すること。それに、この街の〝異形〟だって元々〝人間〟だったんだから、死んでも構わないと思っていたし。僕以外必要ないし、この街で全員殺し終わったら、他へ行って、同じ事を繰り返す。僕を虐げた〝人間〟たちに復讐するために」
その理由は、彼がずっと抱いていた憎しみから生まれたもの。
彼自身の憎しみから生まれた行動は、ただのエゴでしかない。
どこまでも自分勝手で、罪悪感も微塵に感じられない。
周囲がそれに巻き込まれているのに、自分の復讐の事しか頭にない。
その理論にアルバトーレは嫌気がさした。
こんな奴にヴィクスムは殺され、自分の両親をも殺された。
そしてアルバトーレはそれに巻き込まれ、シスフェリアも巻き込まれたと言っても間違いではない。
怒りの沸点を超えて、アルバトーレはやっとハヴァルに言った。
「あんたは、自分勝手な行動で俺やシスを巻き込んで、ヴィクスムや街の人たちを殺した。――ただの、化け物だろ。あんたがやってることは赦されることじゃない」
「そうだよ? 僕は化け物。それに赦される行動ではないと理解してる。でも、君がその発言をした段階で、もう手遅れだよ。じゃあ、僕を止めれるものなら止めてごらんよ。――でも、まぁ君が死ぬのは確定だし、シスフェリアもちゃんと殺してあげる。僕をいまさら止めようなんて、不可能に近いからね」
そう言ったハヴァルの表情は、獲物を捉えようとする化け物の表情。
ぎらぎらと瞳を輝かせ、ハヴァルは不意に、シスフェリアに向けて言葉を放った。
「シスフェリア。君を殺せるのは僕だけ。なぜなら、たった一言で君の身体が壊れていく。今から、それを教えてあげるよ。――〝いらない〟」
放った瞬間、シスフェリアは〝紅玉髄〟の瞳を見開いた。
自らの中の〝何か〟が壊れてゆくのを感じた。
「びっくりした? 君の内部の細胞が壊れていくんだよ。最悪、君が必要じゃなくなったらこうやって処分しようと思って、組みこんでいたんだよ」
「……最低、ですね。あなたは」
「僕から逃げた君が悪い。君は僕の傍で僕に従っていればよかったのに。そうしたら、死なずに幸せに暮らせたかもしれないのにね」
「……あなたの傍でいても、きっと幸せにはなれなかった。〝殺戮兵器〟としていいように扱われていたでしょうから」
苦しんでいるような表情で、シスフェリアはそう言う。
それから、傍にいたアルバトーレに、小声で言う。
「アルバトーレさん。私の事は構いません。逃げて、生きてください」
「……それは出来ない」
「なぜですか」
「……俺はあいつに全部奪われた。今だって、奪われようとしてるのに、見て見ぬふりなんか出来ない」
そう言って、アルバトーレはハヴァルに向かって飛びかかる。
〝人間〟の時には感じた事のない、獲物を捕獲するような感覚で、すばやく。
「〝異形〟の君は僕の相手じゃないと、言ったはずだよ」
そう言った瞬間、計ったかのように、数人の〝掃除屋〟が現れる。
初めて遭遇する存在だが、生き残りかと瞬間的に察した。
「彼らはね、僕が操ってるんだよ。彼らは皆〝人間〟じゃなくて〝異形〟だけどね。僕の意のままに行動して、君を殺してくれる。痛みは一瞬で終わるよ」
数は多くない。
彼らは銃器を持って、その銃口をアルバトーレに向けていた。
――こいつらに、ヴィクスムが殺された。
ヴィクスムの自宅で絶命した本人が言っていた〝掃除屋〟。
それが、彼らなのだと。
「――やれ」
低く、重い言葉は、ハヴァルから発せられたもの。
それが合図かのように、銃声と共に銃弾が放たれる。
やがて弾丸は、アルバトーレを射抜くはず、だった。
アルバトーレの眼前。
淡い紫色の髪。
一緒に買い物に行って自ら選んでいた、真っ白なワンピース。
負けないほどの白い肌。
それに鮮血が散る。
「……シ、ス……」
アルバトーレに縋るように伸ばされた手は、しっかりと彼の両腕を掴んでいた。
ゆっくりと〝紅玉髄〟の瞳が薄く開かれ、アルバトーレを見て、彼女は小さな声で、言った。
「……私も、アルバトーレさんを、守りたいから」
やがてその瞳に力が宿ったかのように、しっかりとアルバトーレを見た。
そして、背後を振り返って、ハヴァルと〝掃除屋〟に告げた。
「あなたたちに、私の大切な人を、殺させません。――排除を開始します」
それは、〝殺戮兵器〟であるシスフェリアの覚醒の言葉だった。
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