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名もなき記憶--「天使と悪魔」--

作者: 神代ましろ

恋愛物は初めてなので、ちゃんと恋愛物になっているかどうか不安です。と言うか、そもそも恋愛物なのかすら怪しい気がします。

 昔々、此処ではない世界に小さな悪魔が現れた。

 悪魔の生まれ方――人々の負の感情がふわふわと漂っているうちに集まって凝縮し、赤紫で拳大程の一つの玉、『核』となる。その『核』を基に肉体が形成され、世界に生み落とされる。

 小さな悪魔もまた、そのような経緯を経てそこに立っていた。


 小さな悪魔は、周りの悪魔に比べて、体も力も小さかった。それ故に、皆小さな悪魔を馬鹿にした。「あいつは一人じゃ何も出来ない落ちこぼれだ」と。

 そんな中、悪魔たちの主である魔王サタンが、小さな悪魔を自らのもとへ呼び出した。サタンは少しの事でも機嫌を損ねてしまう。小さな悪魔は大急ぎで彼のもとへと参じた。


 サタンは、小さな悪魔にこう言った。

「ヒトの姿となりてヒトの負の感情を集めて来い」


 小さな悪魔は驚いた。サタンが『仕事』を任せるのは、決まって力の強い、そしてサタンが信頼を置く悪魔たち。そういう者に任される為、サタンに命じられた『仕事』は、とても名誉があり、それ故に責任の伴うことだった。一介の、おまけに力の弱い小さな悪魔にお鉢が回って来ることなど滅多にない。サタンに認めてもらえたのだ、と嬉しくなったし、もしもサタンの期待に応えられなかったら……、と恐ろしくもなった。


 しかし、サタンはこうも言った。

「お前の様な力の弱い者ほどその『仕事』に向いているのだ。ヒトに悟られずに済むからな。お前ほど向いている者もいないだろう。まぁ、端から期待などしておらん。偵察だとでも思って気楽にやることだな」


 それを聞いて小さな悪魔は落ち込んだ。持ち上げられてから地に突き落とされた様な気分だった。少しでも浮かれた自分が馬鹿だった、と悲しくなった小さな悪魔は、『仕事』を受託すると、サタンから貰ったヒトの気を収集する機械(縮小可能)を持って、早々にヒトの住む世界――人間界へと向かった。

 道中、

「サタン様は、なぜああも矮小な小悪魔ごときに『仕事』を任せたのであろうな?」

「それはお前、サタン様の寛大な御心のおかげよ。主様はあやつに御慈悲を垂れて下すったのさ」

 などと、散々陰口を叩かれた。その通りだ、と卑屈な気分になりながらも、いつかきっと見返してやるんだ、と心に決め、気にしないよう心を鈍くしてやり過ごした。


 小さな悪魔は、人間界に入る前に、怪しまれないよう姿を変えた。その姿は「少年」のものだった。正確には力が小さかった為、それ以上大きな姿には変身出来なかった。だが、人間界に偵察に行ったとき、人間界では「少年」は庇護対象であることを知った。それに、「親のいない可哀想な子ども」を演じれば周りにいる大人が助けてくれたので、結果オーライだった。

 人間界には、お互いを識別する為に「名前」が必要で、それが無いと怪しまれてしまうと学んだ彼は、悪魔の言葉で「夜」という意味を持つ「リオン」を自らの名にすると決めた。

 これから、サタンに命じられた『仕事』が始まる。


 とりあえずリオンは、ヒトが多く集まる「市場」へと向かった。そこには老若男女問わず沢山のヒトがいて、これならすぐにノルマを達成出来ると思った彼はとても嬉しくなった。

 しかし、しばらくすると、リオンは自分の考えが甘い事を思い知った。この街には活気が溢れていて、負の感情は僅かにしか漂っていなかったのだ。おかげでほんのちょっぴりしか集める事が出来なかった。

 リオンにとって、この日の報告はとても気に重いものだった。周りで見ている者が同情してやりたくなるくらいガタガタと震えながら、サタンの御前に跪き、報告をした。きっと、僕はきっと役立たずだと言われて、消されてしまう……‼

 けれどもサタンは、右手を一振りしてリオンを消し去ることなく、ただ冷やかな目で彼を見やると、

「まぁ、こんなものだろうさ。ご苦労」

 と、興味無さそうに呟くと、リオンを下がらせた。

「見ろ。やつはサタン様からの『仕事』を見事にしくじったらしいぞ」

「本当にあやつは一人では何も出来んのだな」

「あのような落ちこぼれなどいる意味などないのに、なぜサタン様は生かしておくのだろうか」

「全くだ」

 リオンはサタンの居城を飛び出した。


 リオンはひどく落胆した。まだ、消された方がマシだったかも知れない。

 彼は、早々に人間界に戻ると、十分な量の負の感情を集め切るまで悪魔たちの住む世界へは帰らないことを決めた。それは、悪魔にとってとても危険な賭け。下手をすればヒトと成り果て、消滅してしまうかも知れない。

 それでも、彼は構わなかった。


                         ☆              ☆  


 そうして、幾月かが過ぎ、一年が過ぎ……

 彼の、悪魔の力はもう、殆ど残っていなかった。

 彼は人間界に居る間に、色々な事を試した。ヒトびとを争わせるために心を荒ませる魔法をかけたり、ヒトの願いを叶えて魂を奪い、そのヒトに関わったヒトびとに悲しみを与えてみたり……。全て、元々小さかった力を沢山使って。

 此処が、悪魔たちの住む世界なら、その世界に漂う気が『核』に流れ込み、力を回復してくれる。また、負の感情も、僅かだが力を回復してくれる。しかし此処は人間界。漂う気はおろか、『核』のもとである負の感情も、リオンのいる地域には僅かにしか漂ってない。その負の感情は、悪魔たちを見返すために採集していた為、手を付けられなかった。

 彼は、薄々感じていた。このまま力を使い続け、残っている力を全て使ってしまえば、自分は闇となって消えてしまうのだろうと。悪魔の力は、『核』から放出されている。力は悪魔たちにとって生命(いのち)そのものなのだ。

 そのことが理解できていても、リオンは頑なに人間界に居続けた。


 ある日。リオンは負の感情を集める方法を考えながら、フラフラと街の大通りを歩いていた。その時、ふっと気配を感じ、咄嗟に路地裏へと身を隠していた。それは"ヒトならぬ気配"。それも、慣れ親しんだ悪魔のものとは明らかに違った。リオンは気になって、その気配の主を探した。そしてふと上を見上げた時、"それ"を見つけた。咄嗟に、見てはいけないような気がしたけれど、どうしても目が離せなかった。


 通りを挟んだ向こう側、大きな建物――"教会"というらしい――の屋根の上に、女の子が立っていた。白いワンピース姿で、同じくらいの色素の、クリーム色の髪をなびかせてヒトびとを見下ろしている。

 その女の子とヒトとの違いは明らかだった。背に、折りたたまれた翼があり、体は薄く透き通っている。ヒトでもなければ悪魔でもない。

 彼女は、――天使だった。


 彼女はつぅ……と視線を動かし、こちらへと向いた。その、同じく色素の薄い瞳が、リオンを捉える。彼は気づかぬ内に後ずさりしていた。彼女は明らかに彼のことを見ている。気づかれたかも知れない……、僕の正体に。

 リオンが同じように自分を見つめていることに気がついたのか、彼女は目を僅かに見開いた、ように見えた。すると、ふんわりとその場から浮き上がり、滑るようにこちらへと向かってきた。

 リオンは、暫し見とれていたが、ハッとした。早く逃げなければ。両者が関わることは、両者にとって良くないことだから。

 でも、遅かった。

 飛び上がった時と同じように少し目を見開いて、彼女はリオンの前に着地した。リオンは、逃げるタイミングを逃してしまったようだ。

「……あ」

 彼女はにっこりと笑った。

「……やっぱり、みえてるんだね」

「……あ、……うん。……」

 言葉を、交わしてしまった。交わってはいけない点同士が交錯してしまった。……でも、まだ大丈夫かも知れない。この場からさっさと立ち去ってしまえば……。

 しかし、彼の足は動かない。

「わたしは、レニア、っていうの。あなたは?」

 彼女の声は、鈴を転がしたようで、とても心地良かった。

「……ぼ、僕はリオン」

「ふぅん。聞きなれない名前だね」

 リオン、と反芻しながらレニアは言った。

「……君は、天使……なの?」

 リオンは、自分のことにはあまり触れられたくはなかったので、話を変える為――事実確認でもあったが――核心を突いた。

「……うん。よく知ってたね。話には聞いていたけど、本当に"わたしたち"がみえるヒトがいるなんて思わなかったなぁ」

 リオンは、少しだけ安堵した。彼女は今のところ、リオンが曲がりなりにも悪魔だということに気づいていないようだった。気づいていないフリだという可能性もないわけではないが。

「昔から、みえていたの?」

「……いや。今日が初めて。でもばぁちゃんが天使の存在について話してくれたんだ。ばぁちゃんも昔、みえていたらしくて」

「へえ。おばあ様は御存命?」

 リオンは詰まった。

「……いや、もういないんだ」

「……御免なさい‼不用意な事言っちゃって。」

 そう言って、ぶんっと頭を下げた。リオンはその様子に、仕方がないとは言え、何だか嘘を吐いてることが心苦しくなった。

 彼女はその姿勢のまま、言葉を続ける。

「リオンは……一人、なんだね」

「……わかるの?」

「とても、淋しそうで悲しい顔、してるもの。」

 そう言った彼女の顔の方が悲しそうに見えた。

「一人ぼっちの理由、家族が皆いなくなっちゃっただけじゃないでしょう?」

「……え?」

「周りのヒトとも上手くいってないの?」

 彼女にはわかったらしい。僕の、昔のことが。

「……此処に来る前、僕は、体が小さい、役に立たないって、周りから馬鹿にされて、疎まれていたんだ。」

 無意識の内に、話し始めていた。

「でも、ある日、街の偉い人に仕事を任された。お前にとても向いているからって。その仕事、僕はしくじっちゃったんだ。それで、周りの奴らに余計に馬鹿にされて、それで……」

「もう、もういいよ。すごく、やるせなかったんだね。期待に添えない自分が……」

 彼女はそう言ってリオンの頭に手を乗せた。

「……ん、……うんっ……!」

 なぜだかわからない。他のヒトにも悪魔にも話したことなどなかったのに。なぜ、交わってはいけないはずの彼女に自分の気持ちを話しているのか、彼女の前で子どものように泣きじゃくっているのかわからない。でも、何故だか、何も言わなくても察してくれる彼女にならわかって貰えるような気がした。そして何だか、心が軽くなったような気がした。


「……もう、大丈夫。ごめん、急に泣いたりして。カッコ悪いね、僕」

「ううん、大丈夫だよ」

 そしてふと空を見上げる。

「……そろそろ刻限だ。……ねぇ、明日も会える、かな?」

「え?」

「明日も、会って話したり出来ないかなって」

「どうして……?」

「もっと、君の力になってあげたいの。…ダメかな、やっぱり」

「……レニアは、大丈夫なの?えっと、その、決まりとかないの?」

 会いたくないと言えば嘘だった。彼女と居ることがとても心地よいと思っていて、それは生まれて初めてのことで。これっきりで終わるのはとても名残惜しかった。けれど、やはり悪魔と天使なのだから、交わってはいけないという思いもあった。これ以上関わっていれば、いずれ良くないことが起こるような気がした。それでも、彼女の申し出が嬉しくて、その場しのぎで聞いてみた。無駄であろうことは何となく予想出来たのだが。

「うん。大丈夫。そもそもそんなのあったら言い出さないし。……それ、肯定ととっていいのね?」

「…………う、うん」

 やっぱり、断れなかった。いっそのこと、この場で今までヒトのフリをしていたことを話して、自分の正体を明かしてしまおうかとも思ったのだが、もう既に元の姿に戻るだけの力もなくなっていたし、もう九割くらいはヒトだ。ちょっと不思議なことが出来る、只の……ヒト。もう、悪魔じゃない。だから、さっき思ったことなんて考え過ぎなだけだ。……それに、あの期待に満ちた顔は、反則だ。

「じゃあ、明日から迎えに来るから。ここで待ってて」

「迎え?何処かに行くの?」

「それは内緒。じゃあ、そろそろ戻らないと。じゃあね!」

 楽しそうに軽くウィンクすると、またふんわりと浮き上がり、すぅ……っと姿を薄れさせ、何処かへと帰って行ってしまった。

「『じゃあね』って、言えなかった……」

 リオンは、暫くそこに佇んでいた。


 次の日。

 レニアは時間を指定していなかったから、何時行けばいいのかわからなかった。けど何となく、昨日会った時と同じくらいに行けばいいと思って、昼頃に彼女と会った路地裏へと行ってみた。すると、数分と経たぬ内に、レニアがふんわりとリオンの前へと降り立った。

「……待った?」

「全然。今来たところさ」

「よかった。じゃ、行こ?」

 彼女は花のような笑みを浮かべると、手を差し伸べた。リオンは、差し伸べられた手をどうしていいのかわからず戸惑い、只その手を見つめていた。悪魔は互いに手を取り合うなんてことをしなかったから、手を差し伸べる行為の意味など知る由もなかった。

 その戸惑いを、彼女は何か勘違いしたらしく、「あ、そっか」と呟くと姿を実体化させた。どうやら手を握れるのかどうかわからず戸惑っているものと思われたらしい。

 しかしそれでも動かずにいるリオンを見て、レニアは焦れてきたらしい。「もうっ!」とリオンの手を握ると、ふんわりと飛翔した。

 リオンは目を白黒させた。急に手を握られたこともそうだが、いきなり飛翔したもんだから、誰かに見られてやいないかと心配したのだ。だがそれは杞憂だったようで、見下ろしてみれば辺りには誰もいなかった。

 レニアはそのまま、何の説明も無しに街の外へと向かって飛んだ。空からの景色はとても綺麗でリオンは言葉を失った。

 急に手を握られたことには驚いたが、その行為自体には何も感じなかった。けれど、実体化して握ってきた彼女の手は小さく、柔らかだった。


 暫く飛んでいると、草原に囲まれた湖が見えてきた。街から出たことが無かったリオンは、その光景を前に物珍しげに眼を細めた。

「街から、出たことないの?」

 そんな彼の様子を見て、レニアはちょっと不思議そうにリオンを見た。

「……うん。街の外がどうなってるかなんて気にしたこともなかったから」

「ふぅん、変なの。……此処には、何回か来たことがあるんだ。偵察をしている途中にね。綺麗だったから、気に入ってて」

「どう?」と顔を覗き込むと、彼は「うん。僕も気に入った」と嬉しそうに少し頬を上気させていた。その顔を見て、レニアも嬉しくなる。

「この世界には、綺麗なものが、沢山あったんだな……」

 彼は小さく呟くとその光景を目に焼き付けるように湖を見つめていた。


 次の日も、その次の日も、リオンはレニアと会った。色々な場所へ行った。その中でも一番多かったのは、最初に行った湖だった。そこで何をするでもなく、他愛のないお喋りや、草原に寝転んで空を眺めたり……。それだけで、彼らの心は満たされた。

 しかし、リオンには不可解なことがあった。二人でいると、とても楽しくて心が浮き足立つ。明日だって会える筈なのに、別れがとても名残惜しい。彼女が居ない時、何故か彼女の姿が目の前をちらついて離れない。変な感じだった。


 レニアは、リオンに優しく接してくれた。

 何故、彼女は僕を”傷つける”(癒す)んだろう?何故、僕に”辛く”(優しく)する?

 彼は負の存在だった。悪魔は他人に優しくすることも、されることもない。そして彼は一際そうだった。

 リオンは、その優しさを恐れていた。けれど、それを知らず知らずの内に求めてもいた。


                         ☆              ☆


 最近、リオンは全てが億劫だった。体に力が入らない。

 彼女に近づき過ぎた所為で、『核』が浄化されてきているのかも知れない。天使には、浄化させる力があるらしいから。それか、天使は知らず知らずの内に、ヒトの精気を吸い取ってしまうと聞くから、自分は”ヒト”として、精気を吸い取られているのかも知れなかった。最早どちらでも同じ事だったが。

 そんな体を隠してリオンはレニアに会いに行った。直ぐに疲れて辛くなってしまっても、無理して笑っていた。

 彼女には、笑っていて欲しかったから。


 レニアと会ってから半月が過ぎた。

 リオンには唯一の友人が人間界にいた。最近は、レニアと会う方に夢中で全然会っていなかったが、その日はたまたま会えた。彼もまた、リオンに優しく接してくれるヒトだった。そんな彼には感じず、レニアにだけ感じる不可解な感情。リオンはその友人に尋ねてみることにした。

 友人は何故かニヤニヤしながらリオンの話を聞いていた。そして全て聞き終えると、尋ねた問いに対して即答した。

「そりゃあ、恋だ」

「へ?」

「お前はその子を好きになったんだよ」

 リオンはひどく狼狽えた。

「どうした?そんな狼狽えて」

「っあ、いや……、何でもない。……あぁ、そろそろ行かなきゃ。ごめんな」

「いやいいけどよ……あ。その子とデートか。お前も隅に置けんな」

「うるせぇ」

 そう言って笑い合いながら、そいつとは別れた。その後、レニアと会うまでまだ時間があったが、先に待っていることにした。

 いつもの路地裏に行く途中、リオンはまだ狼狽えていた。

 僕は、心まで”ヒト”になってしまったのか。僕は越えてはいけない一線の前に立っているのではないか。

 彼は小さいと馬鹿にされようとも悪魔であったし、そのことに誇りを持っていた。元居た世界に戻らないことを決心した時も、消えてしまうことは怖くなくとも、ヒトに成り下がってしまうことは、本当に怖かった。それでも、悪魔の心だけは失わないと思って、それを支えに此処まで来たのだ。悪魔には、愛情も、恋愛感情も、そもそも好意すらない。あるのは服従心や恐怖などの冷たい感情のみ。初めてここに来た時の周りのヒトの好意がとても不快だった。……筈なのに。

 天使と悪魔は真逆の存在。

 堕天し、神に歯向かった悪魔と、神に尽くす天使。交わってはいけないという理はもう既に破ってしまった。

 ここで想いを告げたら、辛うじて踏み止まっていた一線を越えてしまうかも知れない。そうしたら、もう僕ら二人だけの問題じゃなくなってしまう。彼女は罰せられ、消されてしまうかも知れない。それだけは、駄目だ。彼女の悲しむ顔は、見たくない。

 僕は、彼女のことなんてどうとも思っていない。只の、友人だ。


「ごめん、待った?」

「いや」

「……じゃあ行こっか」

 いつもより口数の少ないリオンを見て、レニアは少し戸惑ったようだった。

 いつものように手をつなぐ。彼女は、ふんわりと飛翔する。

「今日は、どこ行く?」

「……どこでもいいよ」

 レニアは、いよいよ怪訝そうな顔をした。

「何だか、元気ないね。どうかしたの?」

「そう?…なんでもないさ。いつも通りだよ」

 そう言って微笑んでみる。……少し、ぎこちなかったかも知れない。


 レニアは純粋に好意を示してくれていた。

 彼女は僕が悪魔だということを知らない。気づかてもいない筈だ。だからこその好意。それでも、嬉しかった。

 彼女への想いは、押さえつけるほどに強まって、どうしたらいいのかわからなくなってくる。レニアが、愛しくて堪らなかった。

 不意に、視界が暗く狭まる。リオンは懸命に意識を保ち、微笑んでみせる。

 もうすぐ、彼女と居ることは叶わなくなるんだな、という思いが頭をよぎる。必死に打ち消そうとしたけれど、自分のことは、自分が一番よく分かっている。

 もってあと、一週間。


 その日はどんどん近づいてくる。日に日にリオンは弱っていく。

 あの日から一週間。それは、彼女と出会って一か月になる日でもあった。


 今日は、草原に囲まれた湖に来た。レニアに、はじめて連れて来てもらった場所。

 もう、リオンは歩くことも辛くなっていた。数歩歩いただけで息が上がる。

 レニアも流石に気がついていた。そもそも今日は、会う前からおかしかったのだ。彼は、いつもの路地裏の壁にもたれ掛かり、座り込んで眠っていた。その寝息は何だか荒かった。起きた後も、時折辛そうに顔を歪めていた。でも、そのことを指摘したら彼が目の前で消えてしまうような気がして、気づいていないフリをしていた。

 けれどもう、無理だった。

「……ねぇ、もういいよ。帰ろう?」

 レニアの顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。

「このままじゃ、リオンが死んじゃうよ……っ」

 ふっとリオンの体が傾ぐ。レニアは急いで駆け寄ると、彼の体を抱き止めた。彼の体は、力なく、軽くて頼りなかった。

「わたしの所為、だよね……?」

 彼女は、大粒の涙を零していた。

 ……ああ、彼女を泣かせてしまった。

「泣くな、よ……。君の所為、なんかじゃ、ないんだから、さ……」

 リオンは力なく首を振り、たどたどしく言葉を紡ぐ。

「ごめん…ごめんね。わたしが、会おう、なんて言ったから。……知ってるよ。”わたしたち”(天使)”君たち”(ヒト)に近づいたら、”わたしたち”(天使)”君たち”(ヒト)の精気を吸っちゃうんでしょう?だから……」

「違う。違うんだ……。君は、精気を……、吸ったんじゃ、ない」

 リオンは必死に話す。レニアはその必死さに、彼が言った言葉の意味を掴み損ねた。

「……え?」

「……君は、僕を……浄化、したんだよ。……僕は、悪魔……だから」

「……」

 レニアは、呆然とリオンを見つめた。

「隠してて、ごめん。……会った時には、もう、力のほとんど、を、失って、ヒトに、成り果てて、いたから……。今は、只の……ヒト、なのさ」

 見れば、レニアは色を失っていた。彼女も、理は理解していた。

「悪、魔……」

「うん。……もう、ヒトとしての、命、も、終わろうと、してる、けどな」

 そう言って、ハハ…と乾いた笑みを零してみる。

「……何よ。何よ何よっ!…悪魔だって知ってたら、君に近づくこともなかったのに!…好きになることも、なかったのに……」

 リオンは、微かに目を見開いた。そして、とても満足そうに笑うと、

「僕も、さ。君が、好き、だ。……僕が消えれば、君は、堕天使、に、ならずに済む」

「だったら、堕天した方がマシ……!」

 彼女の言葉は、彼の唇によって遮られた。

「……その言葉だけで、十分、だから……。今まで通り、に、笑って、て……」

 サヨナラ…という言葉は、音にならずに紡がれた。

「……!待って……っ」

 リオンの姿は、霧のように溶けていき、カチンっと何かが割れるような音とともに霧散していった。

 レニアの手の中には、うっすらと赤紫を帯びた、割れた小さな玉が乗っていた。その欠片は、やがて透明に変わっていった。

 レニアは、その欠片を握り、いつまでも湖の畔に座り込んでいた。

 いつまでも、いつまでも……


                         ☆             ☆  


 とても、長い夢を見ていた気がした。満ち足りていて、少し切なくなるような夢。

 ……そうだ。思い出せる限り綴ってみよう。この夢を……





 そうして彼らの記憶は、物語として語り継がれる……

 さあ、物語の世界へ、君を誘おう。

初投稿です。

この中の悪魔や天使の設定は作者の独りよがりな考えですので、そーゆーもんなんだなぁ、と思って見てください。

最後まで読了していただき、ありがとうございます。

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