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奏でられし聖樹の記憶  作者: ファル
― 五.砂漠に眠る伝説 ―
39/68

5‐7

「確かにこれ以上長引くと、私たちだけじゃなくこの墓所まで危ないわね ―― みんな、悪いけどもう少しだけ時間稼ぎ頼むね」

「へっ? いや、てかレディアさんも魔法とか攻撃とか……」

「よそ見してる暇があったら防御でもしてろっ」


 ブルーさんの叱咤も遅く、風霊がスバノンを襲う ―― その影に、最早攻撃ではなく防御の為の風刃魔法を放ちつつ、すかさずラピッドスティングを撃ち込んだ。同じ連打攻撃でもデザートレイドより更に一点集中を狙える技だが、流石は精霊と言うべきか……その身はいわば半実体、魔物相手の時より手応えが少なかった。けれど物理攻撃が通用しない訳ではないと解ったからには、仕掛けない手もあるまい。


「 ―― 深淵に眠りし 闇の女王よ 」


 精霊達の波状攻撃を掻い潜り、僅かながらの反撃が通りつつあった時、不意に背後で聞き覚えのない、そんな詠唱が紡がれ始めた。


「 我が求めに、呼び声に その御姿を現し給え

  御身に願いしは唯一つ

  闇夜の安息を拒みし、愚かなる者共へ

  御身の力以て 昏き黄泉の審判を 」


 みるみる膨れ上がっていく、漆黒の魔法力 ―― レディアさんが、まるで彼女自身が黄泉の女神であるかの厳かな動作で、最後の「発動の言葉」を精霊達へと放った。


「シェイドフレア」


 途端、精霊達の姿が全て、激しい闇色の炎に飲み込まれる。……否、炎には見えるがそれはほんの些細な熱量さえ発しない、言うなれば“映像化された魔法力”だった。


 無論、ただの映像では有り得ない事はブルーさんの冷汗混りの言葉で解る。


「レディアさん……確かにそれなら、墓所は守れそうだけど……精神を闇魔力で侵す『心理攻撃』魔法は、精霊には脅威すぎるんじゃ?」

「まぁ、見た所彼らってかなりの上位精霊みたいだし、まさか蒸発もしないでしょ。それに幾ら闇魔法と言っても、所詮は人間が操るものよ? 魔王を倒す手助けをしようって精霊が、これくらいで消滅するようじゃ、その助けも期待できそうにないじゃない」


「……? おい、ブルー……『心理攻撃』て何のこった?」

「―― 言ってみれば“夢の現実化”だ。魔法で作り上げた夢世界の中で、例えば自分が死んだとしよう。すると実際の肉体にはかすり傷1つないのに、実体の命も尽きてしまう。モンスターや人間ならそれで終わるが、精霊ってのは、その身体の半分以上が精神力を具現化した、半実体とでも言うべき器だ。もし『心理攻撃』に負けて精神が死んだら、身体もまず確実に消滅するよ」

「そ、そうなのか? そんなすごい魔法使えたなら、もっと前からやってくれても……」


「それは仕方ないでしょ。だって、覚えたのついさっきなんだから」


「……へ?」


 確かに、セスナ洞窟を移動している時から今まで、彼女が闇魔法など使った事は一度もなかった。しかしここに来るまでの道中、出現する魔物は強敵ばかり、そこで使用していてくれれば道のりはもっと楽だったのでは? とスバノンが思うのも無理はないが……レディアさんの返答は更に全員を、特にブルーさんを驚愕させるものだった。


「さっき古文書の中に、欲しかった情報以外に、幾つかの闇魔法の呪文や術式も載っててね。なんか使えそうかもって思ったから、2~3暗記してみたのよね。それを試しに使ってみただけよ。ただ、さすがに初めてで無詠唱は無理がありすぎるから、全文唱える必要があったけどさ」

「レディアさん……あなた、どれだけ万能ですか……」


 魔法の専門家故、その途方も無さがよくよく解ったものらしい。いっそ魔王でも見るかの畏怖の目で、ブルーさんは彼女を見ている……。


《―― やれやれ、結構無茶をしてくれるね。『当代の勇者』のお仲間は》


 ブルーさんのみならず、全員が恐らく一致した見解……「レディアさんには、うっかり逆らわない様にしておこう」と胸中に呟いていた所、闇色の炎がふいに消失する。そこには、幸い存在を抹消されずに済んだらしい精霊達が、けれど流石に消耗した様子で佇んでいた。


《いいのか、マーホー? まだ、あの娘の精神に関しちゃよく解らないぜ》

《一応、戦闘力や判断力については問題なさそうだから良いよ。どうせ、彼女には近い内、また逢う事になる……残る問題はその時に見るさ。私は先に帰っておくよ》


 どうやら彼らのリーダー格らしい風霊へ、炎霊が問いかける。しかし、そんな謎めいた返事を残すや、羽衣を纏った精霊は一瞬で、その姿を消してしまった。


「っておい! 力を貸すって約束はどーなってんだよっ?」

《そう焦るなよ。あいつは昔から、自由気ままなんだ。約束は俺たちが守ってやる》


 もしや全員が逃げるのかと、慌ててスバノンが問うと炎霊が気怠げに答えた。その隣では水霊も、改めて我々全員を見回すと、今までと多少違った視線を向けてくる。


《マーホーが認めたのであれば、私たちも同意せねばなりません。その証にまずは名を教えましょう。私はノムノム、そちらはマルン。……但し他言はなさらぬ様》


 上位精霊ともなれば、通常は「人間に名を明かす」事など有り得ない。彼らにとってそれは、いわば人間との契約 ―― 名によってその者に縛られ、使役される事さえ受け入れると言う意味を持つからだ。逆に言えば、それ程の重大行為をすると言う事は、つまり我々を彼らなりに「認めた」という証明でもあるのだろう。


《私たちがエガオンに貸した力……それは『精霊王の冠』。魔法をかき消す力があります》

《魔王は、力も強いが魔法力の方がより桁外れだ。直撃を受けりゃ、俺たちとの戦闘より遥かにきついだろうぜ。だから、その魔法を抑える事が出来ればかなり有利になる筈だ》


「なるほど。それをもってエガオンは魔王と戦ったのか」


 ブルーさんが納得した様に頷くと、水霊・ノムノムが更に情報をくれる。


《『精霊王の冠』は、現在ギメルのストラウス遺跡に封印されているはず。必要ならば持って行くと良いでしょう……ただ、これだけは忘れぬ様》

「なんだ?」

《悪者を倒すことが正義 ―― ただそれだけなら、勇者は死ななかった》


《さて、じゃ俺たちも帰るか。せいぜい頑張ってくれよ、お前たち》


「……けっ、なんだかカンに触るぜ」


 最後の言葉が終わると同時、風霊の時の様に彼らの姿は瞬時に掻き消える。炎霊・マルンの台詞が気に入らなかったか、水霊には割と普通な顔で聞き返していたスバノンが、いかにも立腹と言う表情でぼやいてみせた。


 だが彼の隣で、レディアさんは何か違うことを思っている様な顔だった。


「 ―― 精霊の言う通りかもしれない。本当に魔王が悪者ならよかったんだ」

「え? ……それはどういう意味なんだよ?」

「帰ったら説明するよ。調べ物も終わったし、とりあえず帰ろうか」

「……なんか不完全燃焼だな」


 それには同意な部分もあるが、今は確かにここから帰って……何より、頭を休めたい気分が強い。先日の夢との奇妙な一致、精霊達の謎の発言 ―― レディアさんの“調べ物”の真意もまだ判らないが、個人的にも色々、考える事柄は多かった。


 写し取った資料を抱えたレディアさんを先頭に、皆で“英雄たちの墓”を後にする。……ふと気になって、石棺の列の方を見やった。そのどれかに眠る筈の、あの銀髪の青年 ―― あれ程に強くて明るい人物だった、彼を自害に追いやる程の旅の顛末とは一体、どの様なものだったのだろう?


 もっとも、あの夢がまるきり“真実”とは、まだ限らないのだけど。……でも何故か、あれは紛れもない「実際の過去」だと言う気が石棺の列を見ていると、強くしてならなかった。

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