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夜に溶けた、最終列車

作者: 水瀬 りま
掲載日:2026/04/30

三月の某日

その日はダイヤ改正前日だった

泊まり勤務だった私は今日の行程表を確認する。

148A

その数字を二度見する。

その列車番号は今日限りで廃止の特急「ひめかわ」の最終便であった。

しかもその特急の廃止は半世紀続いた特急型電車「MN120型」の引退を意味している。

自分も何回も乗務させてもらい、自分を育ててくれた車両。

その最後の力走のお供をさせてもらうこととなったのである。

嬉しさと寂しさを抱えながら朝の通勤電車の乗務をする

「お疲れ様です」

「823F定刻です」

ふと考える。本当に良かったのか

特急「ひめかわ」はうちの会社だけではなく、他社線も走る。

そして、終点は他社線の駅である。

つまり私はサヨナラ放送をする権利もなく、最後まで見守れない。

けれども、有給も取っていない。勤務でなければ絶対にいけなかった。

そんなモヤモヤを抱えたまま、業務を続ける

「終点、七津、七津です。新幹線、川西線、七鉄線、四日町線はお乗り換えです」

案内をする。

後、十数時間後にはここでMN120型での最後の乗務を終える。

ハンカチで涙を拭った

折り返し、快速急行の運用

前方から何かが見える

MN120型。

こんなに元気に走ってるのに、


明日には一本も走ってない


快速急行の運用を終え、休憩である

束の間の休息。コンビニ弁当を買って食べる。

ホームの方を見ると7番線だけやけに人に溢れていた。


まだ、一時間もあるのに


17時39分145A、特急ひめかわ5号が到着する

この折り返しが8号、最終便だ。

ホームは撮り鉄で溢れていた

鬱陶しいが、それだけ愛されていたのだとなんだか嬉しくなった

「最終便、頑張れよ」

5号の車掌に声をかけられる

「最高のラストランにして見せます」

一気に決意がみなぎる

乗務員室に入る

一回も触る機会のなかった2ハンドルマスコンがある。

後継車からは1ハンドルだから2ハンドルを見るのはこれが最後だ

小学校低学年ほどの子どもが話しかけてくる

「なんで今日はこんなに人がいるの?」

「この電車もういなくなっちゃうんだよ」

「なんでいなくなっちゃうの?」

「新幹線ができるからだよ」

「しんかんせんここまでこないよ?」

「この先で新幹線と同じ区間を走るんだよ」

説明してるだけで涙が込み上げてくる。

「じゃあばあちゃんのところいけなくなるの?」

「あれに乗れば行けるけど、時間はかかっちゃうな」

そう言って普通列車を指差す

「やだ!ばあちゃんちはやくいきたい!」

返す言葉が見つからなかった

気づけばその子供はどこかへ行ってしまった


17時59分。

ついに、その時が来た

「最終、特急ひめかわ8号糸沢行き、ドアが閉まります。ご注意ください」

発車メロディを鳴らす。

扉を、閉める。

発車する

MN120型最後の力走が始まる。

ホームを見ると人で溢れていた。

カメラを向ける者、手を振る者。

それぞれの想いが、そこにあった。

「次は亀川、亀川です」

普段はこれで終わりだが、入社からずっと世話になった車両。

このくらいしてもいいだろう

「この電車、MN120型は今から半世紀前に運行を開始しました。

それから全国で特急型車両として活躍してきましたが、

老朽化により姿を消し、

現在では特急ひめかわでのみ運行されています。

そして、その特急ひめかわも本日で運行を終了いたします。」

サヨナラ放送ではない。

だけど、ここまでしか…できない

デッキへ出て検札作業を行う

車内は静まり返っていた

さっきの子供が夕日を見つめていた

もう、何も言わなかった。

 

レールの軋む音だけが響いていた。


列車は定刻通りに走行し、まもなく新岡駅に到着する。

「まもなく、新岡、新岡です。新幹線、城西線、花山線はお乗り換えです。」

初めてこの電車を見たのは、新岡駅だった。

「とおさん、あれなにー?」

「あれはな、特急ひめかわっていって西の方までビュンって言っちゃうんだぞ」

「すご〜い」

3歳の頃だったが、鮮明に思えている

どこにでも、連れて行ってくれそうな気がした。

暗い乗務員室で窓の外を見る。


列車は新岡駅に滑り込む。

駅舎は変わっていた。

ホームだけが、あの時のままだった。


扉が開く。すると、少し小柄な瞳の青い女性が入ってきた。

いつも金曜にひめかわで新岡に行き、日曜にひめかわで咲川に戻っていた、常連の女性。

ふと、この女性は明日からどう新岡へ行くのだろうか。

そんなことを思った。

普通列車か、車か。

どちらにせよ、不便になる。

それだけは、事実だった。


列車が月明かりに照らされる。

七津の街が見えてきた。

最後のアナウンスを入れる。

「まもなく、七津、七津に停車いたします。七川鉄道線、七高線、水里線をご利用のお客様はお乗り換えください」

勇気を出して、もう一言付け足す

「本日はMN120型最後の定期運用にご乗車いただきありがとうございました。残りの旅路も、どうかお気をつけてお過ごしください。」

心残りがないとは、言えない。けれども、最後まで乗るお客様に、少しでも良い思い出になればいいと思った。


いよいよ列車は七津駅に着いた。

会社が変わるため、列車はここで乗務員交代を行う。

例に漏れず、俺もだ。

直通先の車掌は、……かつての俺の後輩だった。

「お疲れ様です」

「148A定刻です」

「頼んだぞ」

「任せてください」

前よりもずっと背中が逞しい。

転職先でも元気でやっているようで何よりだ。

「3番線の特急ひめかわ8号糸沢行き、ドアが閉まります。ご注意ください。」

アナウンスが聞こえる。

発車メロディが鳴る。

ホームには相変わらず、人で溢れていた。

列車が発車する。


列車は、遠ざかっていった。

汽笛が、夜に溶けていった。

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