回想1
26歳。
スマホをスクロールするたび、
誰かの結婚報告が流れてくる。
白いドレス。
笑っている新郎新婦。
少し前までは一緒に朝まで遊んでいた友達が、
今は赤ちゃんを抱いている。
柔らかい光の中で眠る小さな顔。
「幸せそう」というコメントの並ぶ投稿。
一人、また一人と、
みんな別のステージへ進んでいく。
家庭。
結婚。
子ども。
(……みんな、そっち側に行くんだ)
取り残されたような感覚が、
少しずつ胸の奥に溜まっていく。
でも、私にはまだ
「本命」の彼氏がいた。
彼さえいれば大丈夫。
そう思っていた。
いつか私も、
あの側に行けると思っていたから。
◾️
きっかけは、
彼のスマホに届いた一通の通知だった。
見慣れない女の名前。
問い詰めた私に、
彼は謝るどころか、軽く笑った。
「は?」
「浮気?」
「お前に言われたくないんだけど」
一瞬、意味が分からなかった。
「何それ」
そう言った私に、
彼は面倒くさそうに続けた。
「お前さ、あの弁護士の……」
「おっさん」
心臓が一度、強く跳ねた。
「あと他にも誰かと、高い店行ってたろ」
「プレゼントとかもらって」
「インストのストーリー、限定公開にしてても普通に漏れるんだよ」
頭の中が一瞬真っ白になった。
「……それは、ただのご飯だよ」
「本当に、それだけ」
「信じるわけないじゃん」
彼は笑った。
「いい年した男がさ」
「飯だけで何万も使うわけないだろ」
「お前だって、何かあったからプレゼントもらってたんだろ?」
「違う、本当に何も……」
言い終わる前に、
彼はもう興味をなくしていた。
「いいよ、もう」
「俺も冷めてたし」
「お前が他の男に媚びてるの見て」
そして最後に言った。
「向こうはさ」
「お前みたいなビッチじゃないんだよね」
その時にはもう、
彼は次の彼女に乗り換えていた。
私の「ただのご飯」という言葉は、
彼の浮気を
正当化するための材料にされた。
それだけだった。
◾️
それから一ヶ月。
私はほとんど誰にも会わなかった。
SNSも開かない。
仕事と家の往復だけ。
時間だけが、静かに過ぎていく。
その間、
何度も考えた。
この三年間のこと。
美味しいご飯。
ブランドのプレゼント。
少しだけ優越感のあるSNSの投稿。
その瞬間は楽しかった。
でも、本当に信じていた人に裏切られたとき、
手元に残ったものはほとんどなかった。
流行が少し過ぎたアクセサリー。
そして、
妙に空っぽなプライド。
(私、何やってたんだろう)
そんな時、
なぜか思い出したのは
野元さんだった。
彼も、私のことを
品位に欠ける女だと思っていたんだろうか。
それとも――
あの理屈っぽい説教の奥に、
別の何かがあったんだろうか。
三年間。
彼は一度も、
見返りを求めなかった。
ホテルに誘うこともない。
ただ、
自分の理屈を語って
私の愚痴を聞いて
当たり前みたいに
美味しいご飯を食べさせてくれた。
(……もし)
(全部正直に話したらなんで言うかな)
寂しかったわけじゃない。
ただ、
今のこの
「何が正解か分からない状態」を
あの面倒くさい理屈で
整理してほしくなった。
◾️
気づけば私は、
野元さんにLMEを送っていた。
最後に会ってから
もう数ヶ月が経っている。
(今日会えますか?)
(ご飯連れてってください)
しばらくして返信が来る。
(珍しいね)
(君から連絡してくれるなんて)
(何食べたい?)
(なんでもいいです)
(急だけど、俺が連絡したら行けると思うから)
(この前と同じ店に20時で)
相変わらずだった。
しばらくしてまたLIMEが届いた。
(愚痴でもなんでも聞くよ。壁当て役にはなれるから)
その文章をみた瞬間、
なぜか少しだけ
泣きそうになった。
「……野元さん」
三年前なら、
(また格好つけて)
そう思っただろう。
でも今は違った。
(……あぁ)
(この人)
(根が優しい人なんだろう)
そう思えた。
鏡の前に立つ。
久しぶりに、
少し丁寧にメイクをする。
最後に、
野元さんが昔くれた
あのリップを塗った。
これが――
私たちの関係が
劇的に変わる、
その数時間前の夜だった。
イキリ陰キャに花束を。




