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断罪された薔薇の話

作者: 倉真朔
掲載日:2026/02/13



「他人のことばかりお考えになることはおやめになった方がいいですわ。自分の人生なんだから、好きなようにすればいいのです。あなた様は少しずつ本音を言う練習をしたほうがいいですわ。少しくらい楽しいって思えるかもしれません。私は毎日を楽しくしたいのです。つまらない世界なんて、滅んでしまえばいいんだわ!」



 ***


 街一番の大きくて古い鐘楼が鳴り響く。鐘の音に驚いた銀鳩たちが一斉に飛び去った。


 雪でも降りそうな重苦しい曇天の中、それは行われた。


「公爵家の令嬢、ロザリンド・フォン・マルセンス。皇太子の婚約者であるマーガレット・ジャン・フェーズレード公爵令嬢の暗殺を企てた。またその他の数々の悪行。その罪、死をもって償うこととする」


 貴族の処刑だからと、もっと前、もっと前へと身を乗り出す観客たち。そんな観客の中で、断罪を待つロザリンドは一人の男だけをじっと見つめていた。


「ロザリンド。最期に何か、言いたいことはあるか」


 鮮やかな紅色の髪を上品に振り払い、ロザリンドは観客に紛れたその男だけをじっと見つめて、口を開いた。


「こんな世界、滅びておしまい!」


 観客たちからは怒号の嵐が巻き起こる。ロザリンドは鼻を鳴らして、自らギロチンに首を預けた。


 ロザリンドが見つめていた男──ルカは顔色を変えて、観客の波を押し退け、処刑台から離れていく。


「刑を、執行せよ!」


 観客たちの声がより一層大きくなる。ルカは気分が悪いのか、逃げるように路地裏に駆け込んで、息を整えた。


 処刑人がギロチンの紐を離す。


 ルカは苦しそうに何かを吐き出した。


 ギロチンが、ロザリンドの首めがけて急降下する。


 ルカが吐き出したものは、

 薔薇の花びらだった。


──ザンッ!


 マルセンス公爵家の一人娘。ロザリンド・フォン・マルセンス。数々の悪行を重ね、ついに断罪へと追い込まれる。この後、オルスガ国一番の悪女として、名が知れ渡ることとなった。



【断罪された薔薇の話】



「ルカはまた寝込んでるのか?」


 オルスガ国皇太子であるカイルは眉間にシワを寄せてお茶を嗜んでいた。その隣で微笑むは、彼の婚約者、マーガレット・ジャン・フェーズレード公爵令嬢。


「ここのところ毎日お部屋に籠ってますわね。何かあったのかしら」

「ルカは小さい頃からあぁだ。内気で、気弱で病弱で。言いたいことがあれば言えばいいのに、怖いのか言えない。私の弟なら、もっとこう、強気でいかねば」

「ルカ様はそこがいいところですわ」


 マーガレットは柔らかく微笑み、お茶を啜ると何か思い付いたように目を輝かせた。


「そうだわ。カイル様。私にルカ様の看病をさせてください」

「なんでお前が」

「そろそろ婚約パーティーもあるのですから、ルカ様にもぜひ楽しい気持ちで参加してほしいのです」


 カイルは深い青色の髪を払い、少し悩んだ挙げ句、ため息をついた。


「まぁ、いい。やってみろ。だが、あいつは気難しいからな。根をあげてもいいぞ」

「そんな無責任なことしませんわ!」

「お前は優しいな。マーガレット。私はお前のそういうところが好きだ」

「あらやだ。カイル様ったら」


 二人は目を合わせると、恥ずかしそうに笑い、お茶会を再開した。



***



──トントントン。


「カイル様。私です。マーガレットです」


 マーガレットがノックをすると、ルカのか細い声が聞こえた。


「入っていいよ」


 彼女が扉を少し開けて入ると、ルカはどこか物憂げな顔で窓の外を見ていた。


「雪がちらほらと降っていますわね」

「うん。そうだね。体を暖かくしないと」


 ルカは少し微笑むと、マーガレットは安心した。


「最近、元気がないとお聞きしたのでお話をしようと参りました」

「僕は大丈夫。今年は寒いから外に出たくないだけだよ」

「あの、冬が明けたら、婚約パーティーを開催しようと思っていますの。ルカ様も参加されますよね」


 ルカは少し困ったような顔をしたが、ニコリと小さく微笑んだ。


「もちろん。楽しみにしているよ」

「そのパーティーの催しなのですけど、ルカ様は美的センスがおありでしょ? 少しレイアウトなど一緒に考えてほしいと思いまして」

「僕が?」


 マーガレットは目を爛々と輝かせて、ルカを見た。


「ルカ様の芸術的なセンスを! カイル様もきっと喜ばれると思いますわ」

「……」


 ルカはまた少し困った顔をしたが、もう一度頷く。


「いいよ。僕でよければいつでも」

「ありがとうございます! ルカ様! では、またたびたび伺わせてください!」


 マーガレットはそう言うと、ルカの部屋を後にした。ルカはマーガレットが去った扉を見て、目を細める。


「婚約パーティーか……ゔっ!」


 ルカはまた苦しそうに吐き出す。それはまた、赤い薔薇の花びらだった。


 吐き出した花びらをギュッと握り、目に当てる。

 ルカの目から一筋の涙が零れた。



 ***



「カイル様ー!」

「マーガレット」


 廊下を歩いていたカイルを見つけて、マーガレットは早足で追い付く。


「ルカ様と婚約パーティーの催しものを一緒に考えることにしましたの! 楽しいことを共有すれば、ルカ様もまた元気になりますわ!」

「たしかにルカは美術が得意だ。好きなことが目の前にあれば気分も良くなるだろう」

「楽しみですわね! きゃはは!」

「そうはしゃぐなマーガレット。子供じゃないんだから」



 ***



「ルカ様。このシャンデリアはどちらがいいと思います? 装飾が細かいのと、大きくて大胆なものと」

「マーガレットはどっちがいいんだい?」

「私は、大きくて大胆なほうが好きですわ」

「それなら、そっちにしよう。装飾が細いものにしても天井につけるから見えにくいしね」


 ルカの部屋に丸テーブルと椅子を用意して婚約パーティーの準備を進める。マーガレットは、眉間にシワを寄せながら真剣に資料を見つめていた。


「次は、お花の飾りですね。デザイナーが書いてくださった装飾ですが、どれも美しいですわ。色は統一したいと思ってますの」

「君の花があるね。マーガレット。これがいいんじゃないか? それに隣は……」

「真っ赤な薔薇の花……ちょっとこれはやめておきましょう……」


 ルカは勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる。


「ルカ様?」

「悪いね。マーガレット。少し、休憩させてくれないか。少しだけ。大丈夫だから」

「え、えぇ。では、私は一度部屋から出ますね」


 マーガレットは心配そうな表情でルカの部屋から出る。


 ルカは上着を脱ぎ、窓を開けて大きく深呼吸をした。凍てつく空気が肺に突き刺さる感覚が心地よく気分がよくなっていく。


「僕は、臆病者だ。死ぬこともできないなんて」


 彼は爪が背中に食い込みそうになるほどに、自分を強く抱き締めた。



***



「マーガレット、どうした?」


 カイルが早足でマーガレットに駆け寄る。


「ルカの部屋で大きな音がしたとか。何かあったか?」

「ルカ様が気分を悪くされて、少し休憩しているのですわ。大丈夫です」

「なんだ。婚約パーティーの準備で疲れただけか。ホントに貧弱なやつだな」

「薔薇の花……」

「薔薇がどうした」


 薔薇という言葉を聞くとカイルこ声色が少し重くなる。マーガレットも少し不安そうに発した。


「薔薇の花を見た途端に、気分を悪くされたのです。ルカ様は、ロザリンド様の騒動から元気を無くした。人が断罪されたことにショックをお受けになったのかも」

「ロザリンドが処刑されてショックを受けるやつなどいるものか。逆に皆が喜んでいるはずさ」

「そう、ですけれど……」


 カイルはマーガレットの両肩に手を置く。


「ロザリンドにされたことを忘れてはいないだろうマーガレット。毒を盛られてあやうく君は死ぬところだったんだぞ」

「えぇ。とても恐ろしい方でしたわ」

「簡単に死なせてやっただけありがたいことだ。よし、私もルカの部屋に行く。確かめてやろう。あいつに気を遣うのはもう疲れた!」



 ***



「ルカ。気分はどうだ? 入るぞ」

「兄さん! だめだ!」


 カイルとマーガレットはルカの部屋に入る。二人は、ルカの部屋に広がる薔薇の花びらに驚きを隠せなかった。


「部屋が薔薇だらけだ!」

「いつのまにこんなに薔薇の花びらが……ルカ様これは一体!」


 ルカはまた苦しそうに薔薇の花びらを吐き出す。マーガレットはその光景を見て、後ずさった。


「まさか、ロザリンド様の呪い……!」

「そうなのか! ルカ! なぜ黙っていた! 早く! 早く医者を!」


 ルカは荒い呼吸のまま窓の縁にしがみつく。


「呪いじゃない」

「何を言ってるんだルカ。お前は苦しんでいる。それにこの薔薇! ロザリンドの象徴ともいうべき花じゃないか。これが呪いじゃなくて、なんだと言うんだ」

「僕は大丈夫だから」

「大丈夫じゃない! 何が大丈夫なんだよ」


 怖がって後ずさっていたマーガレットは、カイルの前へと歩き、真剣な顔でルカに尋ねる。


「ルカ様は、ロザリンド様の死が、悲しいのですか?」


 ルカは誰とも視線を向けずに右のほうを向く。カイルは顔を青ざめた。


「何を言ってるんだ? ロザリンドが死んで悲しい? そんなことあるはずないじゃないか! なぁ、ルカ」

「……」

「まさか、ルカ」



「君たちが羨ましいよ。自分たちがいつも主役なんだから」



 ルカはまた薔薇の花びらを吐き出す。それと同時に、喉が切れたのか血まで滴り落ちた。


 マーガレットは慎重に言葉を選ぶ。


「ロザリンド様への気持ちを抑えていたからそのような病気になってしまったのです。そうですよね? ルカ様」


 ルカは少しだけ嘲笑する。


「マーガレット。なぜ君がそんな悲しい顔をするんだい。君たちが、ロザリンドを死へ追いやったのに」

「そ、それは……」


 カイルはさらにマーガレットの前へ出た。


「ロザリンドは私の最愛の人を殺そうとしたのだ。それに彼女の悪行はそれだけではない! 何人もの人が犠牲になった! あれは魔女だ! そんなやつに対してなぜ悲しむ! なぜ想うのだ!」


 ルカはまだ右を向いていた。


「彼女と、話をしたことがあるかい? 彼女は僕と会うたびによく教えてくれた。人生の楽しみ方をね。その楽しみ方は大胆で、自分勝手ではあるけれど、僕の心を解き放つようなワクワクすることばかりなんだ。こんな生きにくい世界で唯一呼吸ができた瞬間なんだよ」

「自分勝手!? そんなもんじゃない! 彼女は狂ってる! 自分の前に倒れた小鳥がいたら、邪魔だと蹴りあげるような女だ」

「僕にとっては、必要な存在だったんだ!」

「必要……だと!?」


 カイルはその言葉に驚いて、一歩後ずさった。


「彼女の気高さ、自由さ、気の強さ。僕には無いものを持っていた。彼女といると、自分も心が強くなったように感じたんだ。僕は……彼女に、生きてて欲しかった」

「お前、おかしいんじゃないのか?」


 ここで、ルカははじめてカイルに視線を移した。


「僕のこの悲しみは、間違ってない」


「それがおかしいって言ってるんだ!」

「一人。一人だけでもダメなのかい!? 悲しんでいる人が一人でもいたら、君は自分の良心が痛むから、そんなことを言ってるんだ。兄さんだって、自分が間違ってないと思いたいから」

「もういい!」


 カイルは怒鳴り、辺りはシーンと静まり返る。マーガレットがカイルの右腕にそっと手を置いた。


「カイル様、落ち着いて」


「ルカ。お前を聖ハーリマン病院に送る」


 聖ハーリマン病院。その名を聞いて、マーガレットは血の気が引いた。


「なんてこと……! カイル様。自分が何をおっしゃっているのかわかっておられるのですか? あそこに行けば、二度と戻ってはこれない恐ろしい精神病院です。ルカ様はどこもおかしくなんてありません。一人の女性を純粋に愛しただけです!」

「その病気も聖ハーリマン病院に行けば治るさ」

「行けません! ルカ様を廃人にさせるおつもりですか!」


 必死に反論するマーガレットだが、ルカは遠い目をしてから、静かに目を閉じる。


「わかったよ。父上と母上には上手く説明して」


 ルカの思わぬ同意にマーガレットは驚く。


「ルカ様……!?」


 カイルはルカを見ることなく、向きを変える。


「話はこれで終わりだ。行くぞ。マーガレット」

「カイル様! いけませんってば! ちょっとカイル様」


 カイルの後を追うマーガレット。部屋はまた薔薇の花びらに包まれ、静かになった。

 ルカはベッドに座りこむ。そして、ハハッと力なく笑い出した。


「ロザリンド。見てるかい? やっと、本音が言えたよ。臆病者の僕がね。あのカイル兄さんに言えたんだ」


 ルカはロザリンドとの会話を思い出した。


 ***


 木の上で足をパタパタと動かして遠くの景色を眺めるロザリンドに、ルカは木の下から尋ねた。


「ロザリンド。君はどうしてそんなに自分中心でいられるの? 怖くはないのかい?」

「怖い? 私は自分を殺してしまうほうが怖いですわ。自分を守れるのは、自分しかいないのです。自分が自分でなくなって、人生楽しめますか?」


 ***


 ルカはポタリポタリと大粒の涙を溢した。


「まだ死ねない。死ぬのは怖いから……まだ怖いんだ! 君の元へ行ってあげたいのに!」


 ***


 あれから一週間がたち、辺りは銀世界に覆われた。ルカの馬車は遠く遠く、聖ハーリマン病院へと向かっていく。


 その光景を、カイルは辛そうに眺めていた。


「ここにいるよりは、いいだろう。ルカ」


 しばらく馬車に揺られて、山奥へと向かう。ルカは目を瞑って待っていると、召使が静かに口を開いた。


「ルカ様。着きました」


 ルカは馬車から降りると、1面に広がる薔薇の花畑を見て驚いた。


「こんな真冬なのに、薔薇が咲いている!」


 召使が腰を低くして答えた。


「カイル様が一週間前にこの病院の庭に植えるようにおっしゃいまして。寒さにも強い薔薇だそうです」

「兄さん……」


 病院から何人かの看護師がやってくる。


「ルカ様。ようこそいらっしゃいました。特別なお部屋をご用意しておりますよ。さぁ、参りましょう」


 あれだけの雪が降っていたにもかかわらず、日の光が花畑を照らした。ルカは眩しそうに太陽を見る。


「太陽か。眩しいな。僕は、太陽は苦手だ。月の方が好きだ」


 ルカは、またひとつ本音が言えたと自分を慰めた。そして、薔薇の花に手を添え、ロザリンドに話しかけるように話をする。



「僕が強くなったら、君に会いに行くからね」



【断罪された薔薇の話】完

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