幕間 ダークゲーム
夕陽が西へ傾き、金色の残光が教室に差し込む。
広くなった教室には、六人の男女だけがテーブルを囲んでいた。
その中で、前原圭一という少年が、手にしたトランプを前に頭を抱えている。
「うぅ……もう、ダメなのか……!」
「とっくに詰んでるよ。沙都子の手には、圭一が欲しがってるカードは一枚もない。
最低でもあと四巡はかかるね」
「しかも圭一の手札は、ほとんどレナが欲しいカードだし。
この勝負、三位はレナで決まりかな!」
「それにババは“スペードの1”。もう一組は捨てられてるから、
圭一の手にあるクラブの1は完全に詰みだよ」
すでに勝負を終えている玥と魅音が、まるで漫才のように戦況を分析し続ける。
「……圭一、ごめんね。
この7、もらうよ」
レナはそう言って圭一の手札を引き抜き、揃った7のペアを捨て札に置いた。
「うわぁぁぁ!
レナ、同盟って言ったじゃないか! どうして……どうしてぇぇぇ!」
圭一は完全に心が折れ、机に突っ伏して涙を二筋流しながら、最後の良心に訴えかける。
「うぅ……でも、女僕姿の圭一と一緒に登校したいし……
あぅ……かわいい、かわいい……」
明日の朝、“可愛い圭一くん”と登校する妄想をして、レナはすでに顔を赤らめ、よだれまで垂らし始めていた。
「おーっほっほ!
圭一、綺麗にビリになりなさいませ!」
「かわいそう、かわいそうなのです!
みぱ~☆」
圭一は完全に灰になり、沙都子の嘲笑と梨花の撫で慰めにも、もはや反応すらしない。
「……あああああ!
くそっ、決めた! この勝負、俺の負けでいい!」
突然、圭一が立ち上がって叫んだ。
「おや?
それなら小圭が最下位だね。潔いよ! ……最下位だけど」
「でもなぁぁぁ!
俺は“首領対決”を申し込む!!」
圭一は天を仰いで雄叫びを上げ、勢いよく玥を指さした。
「首領対決?」
玥は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
それに気づいた魅音が説明する。
「敗者が一位に挑戦できるルールだよ。
敗者が勝ったら、得点を入れ替え。
勝負内容は、一位が決める」
「なるほど~」
玥は納得したように頷いたが、次の瞬間、魅音を睨んだ。
「……だから一位を僕に譲ったんだね」
「ふっふっふ。計略さ。
圭一が君に勝ったら、面倒なことになるでしょ?」
まさかの隠しルール。
一枚上手を取られた玥は、小さく溜息をついた。
考えるのは好きだが、ずっとフル回転は正直疲れる。
「でも、それって勝者に不公平じゃない?
敗者が挑戦して負けたら、罰をもう一回追加しよう」
確かに、無条件で挑戦できるなら、一位の努力が無駄になる可能性がある。
「う……」
圭一は反論しかけたが、自分の立場で考え直し、黙り込んだ。
「賛成!
小玥の言う通りだね。小圭、異議はある?
それに最初に言ってた“罰二倍”もあるから、
もしまた負けたら、罰は明日まで継続だよ!」
魅音は楽しそうに手を挙げ、圭一に失敗の代償を念押しする。
「くそぉぉ!
どうせ最悪でも罰が一つ増えるだけだ!
言えよ、追加の罰は何だ!」
「――真空メイド服で」
玥は、天使のような笑顔で、最も残酷な言葉を放った。
「「なにぃぃぃ!?」」
「圭一の……し、真空メイド……
あ……あ……」
レナは一瞬で顔を真っ赤にし、鼻血を噴き出して床に倒れ、痙攣する。
「さ、さすが私と互角の強敵だね!
来たばかりでそこまでやるとは! 大叔父さん、ますます気に入った!」
魅音は机を叩いて大笑いする。
「し、真空?
梨花、真空ってなに?」
「みー、真空っていうのは……
なにも着てないってことなのです」
「な、なにも……!?
それって……それって……」
「そう、丸見えなのです☆」
なぜか梨花は平然としており、
逆に沙都子は顔を真っ赤にしてしゃがみ込み、頭から湯気を出していた。
「はは……さすがにそれは……」
正直、玥も勢いで言っただけだった。
少しやりすぎだと思い、訂正しようとした――その時。
「い、いいだろう!
受けて立つ! 次こそ俺の本気を見せてやる!
覚悟しろ、女僕姿で帰るのはお前だ!」
「……受けるのか」
玥は一瞬言葉を失ったが、相手が承諾した以上、手加減はしない。
「僕も疲れたし、短期決戦にしよう。
“鬼札当て”で」
「またそれか!
来い! 今度こそ負けない!」
「誤解がないよう、ルール確認からね」
――鬼札当て
ルールは単純。
どちらの手に“鬼札”があるかを当てるだけ。
当たれば勝ちだ。
魅音に頼んで布と手で圭一の目を覆わせ、
玥は箱から鬼札を取り出し、背を向けてテーブル上で何かを操作する。
そして圭一の前に座り、手の甲でカードの背を完全に隠す。
布が外され、勝負開始。
「一応確認するけど……鬼札、隠してないよな?」
「してない。
両手に必ず鬼札がある。
最後には、両手とも見せるよ」
そこまで言われ、圭一も冷静になって玥の両手を凝視する。
だが、どこにも隙は見当たらない。
(……完全に勘か)
圭一は左右の手の間を指で行き来しながら、玥の表情を読む。
だが玥は、終始目を細めて微笑んでいるだけで、眉一つ動かさない。
迷う圭一を見て、玥は最後の情けをかけた。
「この勝負、僕が必ず勝つ。
今なら降参しても、女僕服だけで済ませてあげる」
「断る!
男に二言はない! 続行だ!」
圭一はそう叫び、ふと何かに気づいてカード箱を漁り始める。
確認を終えた瞬間、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ふははは!
トリックは全部見えたぞ、公由玥!
俺はこう予想する――両手とも鬼札だ!」
「「えええ!?」」
玥以外の全員が声を上げる。
いつの間にか圭一は探偵帽を被り、スプーンを咥えてパイプ代わりにしていた。
「理由は三つある。
第一に、通常なら確率は二分の一。
だが、玥は虚勢を張るより無表情の方が自然だ」
「第二に、ババ抜きの時、玥は“めくられたカードを鬼札と扱うか”を確認していた。
だから前の鬼札――スペードの1を探したら、案の定消えていた」
「第三に!
さっき玥は“両手に必ず鬼札がある”と言った。
“どちらかにある”じゃない。
つまり、両手鬼札説は成立する!」
推理を終え、圭一は玥を指さして勝利の笑みを浮かべた。
その瞬間、玥は探偵ドラマの犯人になった気分になる。
魅音たちは思わず拍手した。
「ふむ、見事な推理だ。
無能なビリじゃないことは認めよう。
だが――残念だね」
玥は不敵に笑い、両手を開いた。
そこにあったのは
スペードの1とジョーカーではなく、
クラブの7とスペードの1。
「な……!?」
場がどよめく。
「ば、馬鹿な……!
完璧な推理が……うああああ!!」
圭一は滝壺に落ちたかのように膝をつき、絶叫する。
これからの“真空メイド”を思い出し、叫びはさらに大きくなった。
「さあ、誰が負けたのかな?
圭一くん、はっきり言って。誰?」
「……お、俺です……」
「え~?
女僕はご主人様に、どう言うんだっけ?」
「お、俺が負けました!
ご……ご主人様ぁぁぁ!!」
「はははは! ……ごほっ、ごほ!
ごめん、ちょっと入り込みすぎた」
急に湧いた良心にむせて、玥は元の丁寧な態度に戻る。
一瞬で“顔”が変わった玥を見て、
魅音はとんでもない二面性の天才を連れてきたのでは、と本気で考え始めた。
「レナ……とんでもない悪魔を目覚めさせちゃったかもね」
「うぅ……小玥の印象、完全に変わったよ……」
「しかも、最初から圭一を勝たせる気なかったよね!」
「え?
小魅、何かわかったの?」
好奇の視線を受け、魅音は玥の手首を掴んだ。
「え、魅音……?」
玥は戸惑って振りほどこうとするが、意外と力が強く、逃げられない。
「小玥、もう一回その“カードチェンジ”見せて?」
「え……?
……分かったよ」
隠しきれないと悟り、玥は溜息をついて認めた。
全員の視線が集まる中、
玥はクラブの7を掲げ、軽く手を振る。
――次の瞬間、カードはジョーカーに変わった。
「えええ!?
なにそれ!? 魔法!?」
「魔法なのです! みぱ~☆」
「ほ、本当に!? 梨花、魔法ってあるの!?」
「あるのです」
玥は沙都子の純粋な反応を見て、しゃがみ込み、さらに見せてやる。
空の両手を示し、軽く振る。
次の瞬間、指の間にジョーカーが現れた。
沙都子の目が、星のように輝く。
「すごい! どうやるの!?」
「すごいのです! 拍手☆」
やはり魔術は、子どもに見せるのが一番だ。
その一方で、すべてを見ていたレナは、微笑んで魅音に言った。
「手品の種、だいたい分かったよ。
それに……小玥、とっても優しい人だね」
「うん。
私だったらタネを全部暴いて、沙都子の夢を壊してた」
「でも小魅は、そんなことしないよ。
……でしょ? 圭一――圭一?」
呼びかけに反応がない。
振り向くと、圭一がいつの間にかドアまで這い寄っていた。
あと一歩で脱出――。
全員が気づいた瞬間、教室は静まり返る。
次の瞬間、ドアが勢いよく開き――
圭一は一歩踏み出したところで、四肢を掴まれ、地獄へ引き戻された。
「やめろぉぉぉ!!」
「圭一の小アザラシ、丸見えだよ! あぅ~! お持ち帰り!」
「小圭、これ以上暴れたら、スカートもっと短くなるよ?」
「おーっほっほ!
圭一、ここまで落ちぶれるなんて、本当に無能ですわ!」
「みー、かわいそうなのです!
ぜーんぶ脱ぐのです!」
「玥ぇぇ!
そこで見てないで、無敵の魔法で助けてくれぇぇ!」
「み、みぅ……
そんな魔法、ないよ?」




