3.部活動
「それじゃあ、今日の授業はここまで。気をつけて帰るんだよ!」
年齢や場所が違っても、学校に通う生徒なら、たぶん誰もが一番好きな言葉だろう。
勉強から解放され、自分の自由時間が正式に始まる合図。
玥も例外ではなく、カバンを片づけながら、これからどうするか考え始めた。
(……さて、どこへ行こうかな。久しぶりの自由行動だし、村には小さなスーパーや個人商店もあるみたいだし、少し見て回るのも悪くない)
カバンを背負い、教室を出ようと振り返ったその時。
圭一、魅音、レナの三人が、いくつもの机をくっつけているのが目に入った。どうやら、まだ帰るつもりはないらしい。
(……何かやる予定なのかな?)
中学生は課業が多いため、最後の授業は中学生向けに残されていた。
小学生は一時間早く下校しており、すでに校庭へ走っていっている。
玥の視線に気づいたのか、レナが首を傾げて聞いてくる。
「玥くん、どうしたの……かな?」
「いえ……ただ、何をしているのかなって」
少し照れくさくなり、首の後ろを掻きながら答える。
「え~、玥くんも興味ある? 部活動」
「部活動?」
昼休みに魅音が言っていた“ゲーム部”のことだろう。
玥の頭の中で、点と点がつながる。
「……それなら、僕も参加していいの?」
まだ時間も早いし、何より――
この人たちについていけば、きっと面白いことになる。そんな直感があった。
その一言を聞いた瞬間、魅音と圭一が一斉に距離を詰めてくる。
「アハハハハ! なんて勇敢なんだ! 初日から自ら檻に飛び込むとは! 大叔父さん、気に入ったぞ!」
「やめとけ玥……! これ以上進んだら地獄だ! ここでは人間の尊厳なんて全部剥ぎ取られるんだ! 昨日なんて……あああああ!!」
圭一は何かを思い出したのか、途中で言葉を失い、両手で顔を覆って床に膝をつき、悶えながら絶叫し始めた。
その悲鳴だけで、昨日いかに非道な出来事があったかが想像できる。
「……み、みぅ……」
玥は引きつった笑顔で一歩後ずさる。
今からでも引き返せるだろうか。
「じゃ、じゃあ僕は先に――」
嫌な予感がして別れを告げようとした瞬間、圭一に両手をがっしり掴まれた。
「へへへへへ! ハハハハハ! もう遅いぞ玥くん! うちの部活、ほんっとに楽しいんだ! 君が入れば、俺が最下位じゃなくなるしな! ハハハ!」
(……地獄から這い出てきた悪鬼かな? しかも今、完全に本音出てたよね)
心の中で盛大にツッコミを入れつつ、玥は表面上だけは礼儀正しい笑顔を保つ。
「えっと……」
バシン!
どこからともなく現れたツッコミ用の扇子が、圭一の頭に叩き込まれた。
大きな音とともに、圭一は手を離し、大の字になって床で痙攣する。
「小圭、今のは完全に本音だったよ! それにね、相手が小圭なら、最下位とは限らないかも?」
「ぐわっ!」
“最弱”と書かれた見えない石が、精神的に圭一へ直撃する。
「そうそう! 相手が小圭なら、最下位じゃないかも……かも?」
「ぐわぁっ!!」
レナが無邪気に追撃し、もう一発“石”が落ちる。
「く……くそっ、完全に舐められてやがる……!
今日こそお前らをボコボコにしてやる! この前は手加減してやっただけだ! 本気の俺を見せてやる!」
圭一はふらふらと立ち上がり、魅音を指さして三流悪役のような台詞を吐いた。
(……変な人だな。でも、からかいがいはありそう)
三人のやり取りを漫才でも見るかのように眺めながら、玥は自然と笑っていた。
そして、心の中で決める。
「じゃあ、加入するよ。もし圭一がまた負けたら、どうする?」
わざと意地の悪い笑みを浮かべ、挑発する。
案の定――。
「えっ……そ、それなら賭け金倍だ! 今日の罰ゲーム、明日の授業まで継続!」
一瞬たじろいだ圭一は、すぐに自信満々で言い切った。
(……だめだ、想像以上に面白い)
顔には出さず、心の中では完全にツボに入っていた。
「それなら、入らない理由がないね」
「おお! その度胸、嫌いじゃない!」
「やったぁ、新入部員だね……だね!」
「ハハハ! 玥、今日は人生で一番悪い決断をした日になるぞ!」
その騒ぎの最中、教室の引き戸が開く音が響いた。
そこに立っていたのは、沙都子と梨花だった。
「おーっほっほ! お待たせですわ! 今日は何をするんですの?」
「ちょっと遅れたのです、みぱ☆」
二人は挨拶を終えると、残っている玥に気づく。
「まさか……玥、もう部活に入る気ですの!?
お昼に恥をかかされた分、後で倍返しですわ!」
「みー、がんばってね。ぱちぱち☆」
梨花は新人加入が嬉しそうだ。
盛り上がる一同の中、玥は確認しておくべきことを口にした。
「それで……今日は何のゲーム? それと、部活のルールとかある?」
魅音は「ふっふっふ」と意味深に笑い、人差し指を立てる。
「部則その一! 目標は常に一位! “ただの遊び”なんて甘えは許されない!」
「部則その二! 一位を取るためなら、部員はあらゆる努力を尽くす義務がある!」
……要するに。
一位のためなら何をしてもいい。
イカサマも基本、バレなければ問題なし。
玥は机に肘をつき、頬杖をしながらそのルールを反芻し、内心で呟いた。
(……これ、本当にゲーム部? バトルロワイヤルでも通るでしょ)
その間に、魅音は教室後方の個人ロッカーへ頭から突っ込み、次々と物を放り出し始めた。
まるで土竜だ。
飛んできた箱を受け取る。
見た目は人生ゲームのようだが、外箱は外国語表記で、内容までは分からない。
玥は大きさを見比べ、どう考えてもロッカーに入るサイズではないことに気づく。
これを取り出せる魅音は、もはや奇術師だ。
やがて、少し黄ばんだトランプの束が取り出され、玥の前へ放られる。
玥は片手でそれを受け止めた。
「ふっふっふ。小玥の入部テストだし、今日は簡単なゲームにしよう。――ババ抜き、どう?」
「レナ、賛成!」
「おっ、これは入部テストの定番だな」
「おーっほっほ! 二回目だけど、圭一、また最下位じゃありませんこと?」
「賛成なのです!」
全員の視線が、玥に集まる。
だが玥は、困ったような苦笑いを浮かべ、少し申し訳なさそうに言った。
「み、みぅ……ババ 抜 ぬ き、どうやって遊ぶの?」




