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第十三章:ピクニック(二)

田んぼ道の間を、玥たちは談笑しながら中央を歩いていた。

しかしその中で、ひときわ目立つ存在がいた。

――ピンク色の猫耳メイド服を着せられた少年である。


「うぅ……せっかくの素敵な週末なのに、なんで俺がこんな格好を……」


圭一はぶつぶつと文句を言いながらも、両手には大きな弁当袋を二つ提げている。

メイド服との組み合わせが、妙に様になっていた。


「仕方ないでしょ。罰ゲームがあるって分かってたのに、一番遅く来た小圭が悪いんだから」


「しかもレナはあんなにたくさん作って、圭一より先に来てたしね。反省するべきだよ」


魅音と玥が交互にからかうが、二人ともレナの荷物を分担して持っていた。


「えへへへ! 二日連続でこんなに可愛い圭一が見られるなんて……お持ち帰り! お持ち帰り!」


重たい荷物から解放されたレナは完全にテンションが振り切れ、

圭一の周りをくるくる回りながら“眼球カメラ”でメイド姿の圭一を記録していた。


「レナ、やけに元気だね。ただ雛見沢を散歩するだけなのに」


「うん。昨日の夜に連絡した時からずっとこんな感じだったよ。多分、昨日から今までずっと」


「小学生なの?」


「親友と一緒だし、今回は雛見沢の先輩として案内する立場だから、余計に嬉しいんだろうね」


「先輩?」


「そう。レナは一年前に雛見沢に戻ってきたんだけど、その時は私が案内したの。

 今度はレナが二人を案内する番だから、緊張もしてるし、嬉しいんだと思うよ」


玥はなんとなく理解したように頷いた。

確かに、自分の知っていることを誰かに教えるのは、少し誇らしいものだ。


「ねえねえ! 小玥、小魅! 何をこそこそ話してるの?

 あっ! 竹蔵おじさん、おはようございます!」


いつの間にかレナが二人のそばに戻ってきており、

通りがかった老人に気づくと、すぐさま手を振って挨拶をした。


「おお……レナちゃんに魅音ちゃんか。おはよう。今日はお友達とお出かけかい?」


老人は穏やかにそう言いながら、玥と――奇妙な服装の圭一に視線を向けた。


「ほう……前原家の坊ちゃんかい? ははは、歳を取ると流行りが分からんねぇ」


メイド服姿の圭一を見て、冗談めかして笑う。


「い、いや……これは無理やりで……違っ……俺は……」


圭一は顔を真っ赤にして弁解しようとするが、

可愛いメイド服を着ている事実が、逆に説明をややこしくしていた。


「ははは、元気でよろしい。それで、こちらの坊ちゃんは……?」


老人は話題を変えるように、玥へと視線を移す。


「こんにちは。公由玥と申します。最近、雛見沢に引っ越してきました」


玥はにこやかに自己紹介をした。

村長の孫として、近所の人には良い印象を持ってもらいたい。


「公由……玥くんか……ああ! そうかそうか。

 すまん、急用を思い出してね。楽しんでいくといい」


何かを思い出した様子で、慌ただしく挨拶を済ませると、老人は足早に去っていった。


「……」


あまりにも急な展開に、全員が反応できず、

ただ黙って手を振り、背中を見送るしかなかった。


「……何かあったのかな。ま、いいか!

 行こう行こう、ここで立ち止まってたら雛見沢を回りきれないよ」


「そうそう! それにお昼ごはん! お昼!」


「うぅ……もうメイド服脱いでいい?

 これ以上見られたら、俺の名声が完全に終わる……」


「ふふふ。小圭の名声なんて、もうとっくに広まってるよ。

 『午後にメイド服でうろつく、見た目は少年中身は乙女の可愛い前原圭一』ってね!」


「うわああああ! もう生きていけない!」


「だ、大丈夫だよ圭一……その、すごく可愛いと思うし……」


「言うなあああ!」


魅音を先頭に皆が口々に言い、

ただ一人、玥だけが俯いたまま黙っていた。


その後も何人か村人に会ったが、

玥が名乗ると、皆なぜかすぐに立ち去っていった。


「……」


玥の表情は次第に曇っていく。

圭一たちも気づいてはいたが、どう声をかけていいか分からなかった。


「えっと……そろそろお昼だよね? ね!」


レナが無理に明るく言い、

魅音と圭一もすぐにその意図を察して続ける。


「そうそう! おじさん歩き疲れてお腹ぺこぺこだし、古手神社で食べよう!」


「行こう行こう。今なら人も少ないし、

 こんな格好で見られたら、俺ご飯も喉を通らない」


玥は皆が気を遣ってくれているのを感じ、無理に笑顔を作った。


「はは! じゃあ入江診療所にする?

 お年寄りがいっぱいいるらしいから、前原家の可愛い坊ちゃんを披露しよう!」


笑っているのに、心の奥が引き裂かれるように痛む。

――笑っていれば、きっと大丈夫だ。そう自分に言い聞かせた。


「ダメ! 絶対ダメ! あそこに行ったら本当に社会的に死ぬ! みんなの俺への印象が“女装”だけになっちまう!


「そうは言っても、小圭の女装って雛見沢じゃもう知らない人いない気がするけど


「うわあああ! 頼むから俺を楽にしてくれぇ!」


圭一が地面に膝をついて大げさに絶望してみせると、皆はそれに釣られて笑っ


笑いながら石造りの階段を上っていくと、視界に入ったのは古風で落ち着いた神社の佇まい。

外観


「ここが古手神社! 雛見沢で一番きれいな場所って言ってもいいよ! それに来週はお祭りもあるから、


魅音がようやくガイドらしく解説を始め、皆を神社の一角、木陰へと案内する。


そこは雛見沢を一望できる場所だった。

低い家々、田畑、そして細い川――村の景色がすべて見渡せる。


珍しい全景に玥は思わず立ち尽くしてしまったが、我に返ると、レナたちはすでに木陰にレジャーシートを敷き、運び上げた弁当を次々と並べ終えていた。


地面いっぱいに広がる多段弁当の中身は色とりどり。

野菜から肉まで抜かりなく揃っていて、これをレナ一人で用意したとは信じがたい。――将来、間違いなく良妻賢母タイプだ。


玥は適当に空いている場所に座り、目の前の“美味しそうな山”を見ながら言った。


「ふふ……これ、四人じゃ食べきれないんじゃない?」


「ふっふっふ。おじさんは最初から対策済みだ。ほら、助っ人が来たぞ!」


魅音は鼻を高くして、自分の読みが当たったことを誇らしげにする。


「みなさん、こんにちはです!」


少し離れたところから可愛い声。

駆け寄ってきたのは梨花と沙都子だった。


「オーッホッホ! 雛見沢の見学に出るというのに、この沙都子様を誘わないなんて! あとでハンバーグは全部わたくしのものですわ!」


「みー。圭一、かわいそうなのです。ハンバーグ、全部沙都子に取られちゃうのです」


「はぁ? なんで俺だけが差し出す前提なんだよ! じゃあ沙都子は帰れ! 俺がレナの弁当を責任もって味見してやる! 一粒たりとも残さないから安心しろ!」


「なっ!? 区区たる圭一がわたくしの弁当を狙うなど! あなたのような者はカボチャ大王に制裁されるべきですわ!」


「はっ! カボチャ大王? そんなやつ、俺の指一本で十分だ!」


圭一と沙都子は早速口げんかを始め、梨花は嬉しそうに二人を眺めている。

そのやり取りを見ていると、玥の心も少し軽くなった。


「まさか梨花と沙都子を呼んでたなんて。いつ伝えたの?」


「ふふん。昨日の夜、レナと電話してた時にこうなる気がしてさ。ついでに梨花たちに連絡しておいたんだ。どう? すごいでしょ」


「はいはい、さすが魅音様」


魅音は腕を組んで鼻を天まで伸ばす勢いだったので、玥は棒読みで返すしかない。


「も、もう……二人とも! みんなの分、ちゃんと用意してあるから、早く食べようよ!」


レナが騒ぐ圭一と沙都子を止めると、二人は叱られた子どもみたいにピタッと黙り、素直に席についた。


「梨花ちゃんも座って。お箸はここだよ!」


レナは紙皿と割り箸を手際よく配っていく。――最初から二人が来ることを見越していたのだろう。


食べ始めて間もなく、圭一と沙都子はもう落ち着かない。

割り箸を武器にした攻防戦が、二人の間で開戦した。


「おい沙都子! 近寄るな! 俺の肉団子を狙うなって!」


「ふふん! これが戦争の残酷さですわ。よく覚えておくことですわね、圭一!」


「くそっ! じゃあ卵焼きはもらうぞ!」


「あああっ! それは最後から二番目に食べる予定だったのにぃ!」


「はは! じゃ、遠慮なく!」


二人は奪った“戦利品”を一気に口へ放り込んだ――が、乱暴すぎる食べ方のせいで、見事に同時に喉に詰まる。


二人が地面で転げ回って悶える姿に、見ていた皆も笑い出す。

梨花は二人の頭を撫でながら、にこにこして言った。


「みー。かわいそうなのです」


幸い、レナがすぐにお茶を差し出し、二人は窒息寸前から救われた。


「うぅ……さっき、どこかのおじいさんが『船に乗るには六文いる』って言ってるのが見えた……」


「ふふふ……私は船頭に閻魔さまが立っているのを見たのです」


「三途の川どころか、別の契約まで結んでたってことか……」


まだ冗談を言える程度には復活した二人に、玥もついツッコミを入れる。


「ふふ。でも圭一と沙都子、食べ方が乱暴すぎだよ。梨花を見習わないと」


レナはお母さんみたいに説教すると、タッパーを取り出した。

中には、うさぎの形に切ったリンゴがぎっしり入っている。


レナは爪楊枝で器用に一つ刺し、梨花へ差し出した。


「はい。ちゃんとお行儀よく食べてる梨花ちゃんへのご褒美」


「ありがとう、レナ!」


梨花がうさぎリンゴを受け取って見せた笑顔は、その場の全員が溶けそうになるほどだった。

レナは興奮しすぎて、やかんが沸騰するみたいな声を漏らす。


「うぅ~……連れて帰りたい……お持ち帰りしたい……」


魅音と玥も当然のようにうさぎリンゴをもらったが、圭一と沙都子だけが拗ねたようにその場に残る。


やがて沙都子は何か思いついたらしく、表情を切り替え、にやりと圭一に囁いた。


「ふふん。あとで圭一だけ、うさぎリンゴがないことになりますわね」


「え? お前もないだろ?」


圭一の顔には“?”が浮かぶが、沙都子はすぐに行動で示した。


「その……レナお姉さん……さっきはごめんなさい。お姉さんのお弁当があまりにも美味しくて、つい……」


子どもっぽい口調に、怯えた表情、涙目。

普通ならそれだけで破壊力があるのに、相手がレナとなれば特効どころか超強化だ。


「う……うぅ~……!」


レナはもう言葉にならず、突然沙都子を抱き上げ、頬ずりを始めた。

不快そうにしつつも目的を果たした沙都子は、圭一へ勝ち誇った笑みを向ける。


当然、許された沙都子はうさぎリンゴをゲット。


結果――その場でリンゴがないのは圭一だけになった。

大したことではないのに、“自分だけない”となると妙に居心地が悪い。


「ねえ、素直に謝ればレナは絶対くれると思うよ」


隣で見ていた玥が言うが、当の本人は即座に否定する。


「ダメだ。さっき沙都子は“可愛さ攻撃”で勝ち取ったんだろ? 俺が普通に謝ったら、なんか負けた気がする!」


その理由を聞いて、玥は笑顔のまま、どこか心配そうな目を向けた。


「な、なんだよ。その目」


「いや、圭一って今メイド服着てるじゃん。普通に謝りに行くだけで、むしろ勝ってると思うけど」


「……あああ! そうだ、俺、まだメイド服だったぁ!」


「それを自然に着こなしてるの、才能だよね」


「知らないうちに俺の精神を侵食しやがった……メイド服、恐るべし!」


「心まで女の子になっちゃったみたいだね。これからは圭一くんじゃなくて、圭一ちゃんだ」


自分の性別を疑い始めた“圭一ちゃん”を眺めながら、玥はうさぎリンゴを口に放り込み、ぱくりと飲み込んだ。


「お~、小圭がリンゴを食べたいなら簡単だよ」


魅音がタイミング良く割り込み、圭一の“性別会議”を中断させる。


三人が小さく輪を作ると、ひそひそ声が漏れ始めた。


「こうして……それからこうして……」


「ダメ! 絶対ダメ!」


魅音の提案は、顔を真っ赤にした圭一に却下され、提案者は頬を膨らませて拗ねる。


玥はお茶を一口飲んだあと、もっと面白いことを思いついたように、邪悪な笑みで別案を出した。


「確かに。こうして、こうするのが正解だよ」


「ダメ! それはもっとダメだ!」


圭一の拒否はさらに強固になり、玥も真似して頬を膨らませて圭一を見つめた。


その様子はレナたちにも丸見えで、沙都子が飛び出してくる。


「オーッホッホ! 圭一は何をしても無駄ですわ! あなたにできるのは、わたくしの手下敗将になることだけ!」


それが意外にも圭一の負けん気に火を付けた。

目に闘志を宿し、立ち上がって沙都子を指差す。


「くそっ……! なら、受けて立つ! 沙都子、覚悟しろ!」


その一言で、玥と魅音の膨れた頬は一瞬で元に戻り、“見物モード”に切り替わる。


圭一は自然にレナの隣へ座り、喉を潤すようにお茶を一口飲むと、穏やかな声で言った。


「これ、ほんと美味いな……全部、レナが作ったんだろ?」


その問いに、レナはもじもじしながら答える。


「あ……えっと……ほとんど、冷凍食品なんだ……」


少し落ち込んだ顔。

全部手作りじゃないことが、本人なりに引っかかっているのだろう。


「でも……いくつかはレナが作ったんだろ? 例えば……これと、これ」


圭一は優しく笑い、弁当の中の小鉢を二つ指差す。

レナが赤くなって驚いた顔をしたことで、推理が当たったと分かった。


「け、圭一……どうして分かるの……? なんで……」


レナはますます顔を赤くし、うっとりした表情で小声になる。


圭一はここぞとばかりに手を伸ばし、レナの頬をそっと包んだ。

そして照れたような目で、まっすぐにレナの瞳を見つめる。


レナは全身真っ赤で、頭からは湯気のような白いものまで立ち上っている。

口はぱくぱくするのに、言葉にならない。


「もちろん……レナの匂いが、したからだよ」


その瞬間、レナの脳内は完全にフリーズし、壊れたレコードみたいに呟き続ける。


「け、けけけけ……圭圭圭圭……」


成功が見えてきた圭一は、ゆっくりと顔を近づけていく。

近づくほどにレナは緊張し――ついにはぎゅっと目を閉じて結果を待った。


圭一はキスなどしない。

ただレナの耳元まで寄り、区切るように、囁いた。


「……食・べ・て・あ・げ・よ・う・か?」


その場が一気に静まり返る。

沙都子と梨花は顔を真っ赤にし、息を呑んだ。


当のレナは、停止ボタンを押されたみたいにピクリとも動かない。


その不自然な反応に、圭一と――作戦立案役の玥と魅音まで首を傾げた。


一番近くにいた圭一が心配になって、レナの肩を軽く叩く。


次の瞬間。


レナの鼻から血が二筋噴き出し、

そのままシートに仰向けに倒れた。体は不自然に痙攣し、目はぐるぐる。完全に意識を失っている。


「レナ! レナ! おい、起きろって!」


圭一は揺さぶって呼びかけるが、反応はない。


「は、はははは恥知らずですわ! レナにそんなことを言うなんて!

 ままままさか圭一がそこまで軽率だとは!」


「違っ! 俺は、俺はただ……うわっ! 沙都子、弁当箱投げるな!」


弁当箱攻撃を受けながら、圭一は梨花に助けを求める。


「みー。これは圭一が悪いのです。圭一は責任を取るのです」


梨花は顔を赤くして目を覆っているのに、指の隙間だけはしっかり開いていて、視界は丸見えだった。


「なんでだよ! だ、だって玥と魅音が提案したんだろ!」


「「まさか本当にやるとは思わなかった!」」


二人は息ぴったりで同じ台詞を言い、

言い終わるとハイタッチし、圭一に舌を出す。


「そんなのアリかよぉぉぉ!!!」


孤立した圭一の悲鳴が、神社中に響き渡った。

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