12.ピクニック(一)
目を開けると、周囲は見知らぬ景色だった。
唯一わかるのは、頭上に三、四メートルほどの高さの鳥居が立っていること。そして少し離れた場所に、下へと続く石段があることだった。
「……ここは、どこ?」
目の前の光景には妙な既視感があった。しかし、どうしても思い出せない。
周囲はまるで記憶のように薄い霧に覆われていて、十メートル以上先はぼやけて見えない。
その時、体がまったく自分の意思に従わず、階段の方へ歩き始めた。
一瞬焦りが走ったが、冷静になると、これは夢なのだろうと理解する。
「夢か……でも、どうしてこんな場所に覚えがないんだ? テレビで見た景色とか?」
考えているうちに、体は階段の入口まで到達していた。
すると、階段の下に人影が立っているのが見える。ぼんやりしていて詳細はわからないが、人の輪郭だけは確認できた。
よく見る前に、その人影が奇妙な姿勢で、手足を使って階段を駆け上がってくる。
「カッ、カッ、カッ」
不気味な衝撃音が響き、背筋が寒くなる。しかし体は思うように動かない。
距離が残り数段になった瞬間、人影が跳び上がり、右手を伸ばしてきた。
その手のひらが、玥の右半分の顔へ襲いかかろうと――
………………
玥は突然目を見開いた。
ベッドの上で魚が跳ねるように体を起こし、慌てて右頬に手を当てる。何事もないことを確認して、ようやく息をついた。
「……なんだ、今の夢。昨日考えすぎたせいか?」
時計を見ると、まだ朝の五時。集合時間まではまだ余裕がある。だが、悪夢のおかげですっかり眠気は消えていた。
「……まあいいか。久しぶりに体動かすか」
ベッドから転がり降りるように立ち上がり、倉庫を出て準備運動を始める。体が温まってきたところで、基礎的な拳法の練習へ移った。
基本的な突き、ステップ、蹴り。
だが一歩踏み込むたびに土煙が舞い上がり、地面にはくっきりと足跡が刻まれる。拳や蹴りは空気を裂く鋭い音を立てていた。
「……ここで防御されたら……回避して反撃するなら……」
頭の中で仮想の相手を描き、ひたすら動きをシミュレーションする。実戦的とは言えないが、今の彼にできる唯一の鍛錬だった。
「はぁ……はぁ……くそ、これじゃ避けきれない……普通に負けるな」
動きを止めた頃には、服は汗でびっしょりだった。吐く息が朝の冷気に白く溶ける。
その時、視界の端に本家の玄関前に立つ喜一郎の姿が映った。
いつからそこにいたのか、じっとこちらを見ている。
「えっと……おはよう、外公!」
「……何をしている」
喜一郎の声は冷たく、問い詰めるようだった。
「運動だよ。どうかした?」
当然のように答える玥。迷惑はかけていないはずだが、今日の口調はいつもより鋭い。
「……いや、いい。早く身支度しろ。出かけるんだろう」
意外にも、いつもより言葉を交わしてくれた。ただし、声色は相変わらず固い。
(……今日出かけるって、外公には言ってないはずだけど……外婆かな)
そう考えながら身支度を済ませ、朝食を終えた玥は軽い足取りで集合場所へ向かった。
時間はまだ早い。しかし十時ぴったりに行けば確実に罰ゲームが待っている。
昨日のような服装で村を歩くなど、社会的に死ぬ未来しか見えない。
三十分早く着いたが、魅音はすでに水車のそばで待っていた。
「お? 小玥、早いじゃん。ちゃんと大叔の言葉覚えてたんだな!」
「はは、二日連続で変な服は勘弁だからね。しかも外を歩くとか無理」
「え~? すごく良かったのに。あんな可愛かったらみんな喜ぶよ?」
「逃げなかっただけでも最大限の敬意だと思うけど」
石の低い壁に腰掛け、二人は雑談しながら待つ。
時折通りかかる村人が魅音に声をかけていった。
やがて、ふらふらと揺れる巨大な影が現れる。
巨大な登山リュックに、身長の半分ほどもある弁当箱を抱えたレナだった。
魅音の顎が外れそうなほどの衝撃。もちろん初見だ。
「レナ、それ……何?」
「えへへ~お弁当だよ! ランチランチ!」
無邪気な笑顔には、純粋な誇らしさしかない。
「……」
しかし魅音も玥も笑えない。レナの前では必死に引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「……どうしよう。死ぬかも」
「でもレナの気持ちだし、残したら絶対傷つくよ。背負える? その罪悪感」
「うぅ……喜一郎外公、今日ここで終わるかもしれない」
「何の話? 何の話?」
二人のひそひそ話に気づいたレナが顔を近づけてくる。
その時、圭一の姿が現れ、話題は自然とそちらへ向いた。
「よっ、みんな。俺――」
魅音が即座に叫ぶ。
「小玥、捕まえろ!」
「了解!」
突風のように駆け出した玥は、次の瞬間、圭一を背後から拘束していた。
「え!? 玥? 何するんだよ!」
「ん~ごめんね~☆」
可愛く誤魔化す玥に、魅音がニヤリと笑う。
「小圭、最後に来たらどうなるか覚えてる?」
「ちょ、待って――」
助けを求める圭一。しかし全員が知っている。
罰ゲームは、始まったら止まらない。
「や、やめてええええ!!」




