8.誘い
「うぅ~、疲れた~……」
魅音は机に突っ伏し、時計を睨みながら時間が早く進むことを願っていた。
「体育の後で昼休みも寝なかった人が言うセリフじゃないよ。あ、第二問のX、符号間違ってる」
「なんで小玥にまで教えられなきゃいけないの~!」
「“連俺でも教えられる”じゃなくて、三年間何を勉強してきたのって話だよ」
玥は淡々とノートにペンを走らせながら言った。
「えーっと……生け花、古筝、銃器の扱い、ヘリコプター操縦……」
魅音は指を折りながら数え始める。
「後半どんどんおかしくなってるんだけど。日本でどこでそんなの習えるんだよ」
「去年の夏、ハワイ行って親父に教わった」
「ゴッサム市に行ってバットマンに弟子入りしたの間違いだろ」
その時、玥は圭一とレナがほとんど喋っていないことに気づき、ペンを置いて圭一の方を向いた。
圭一は頭を抱えて机に突っ伏し、頭上に黒い雲が浮かんでいるかのようだった。
玥が耳を近づけると、圭一はぶつぶつと繰り返していた。
「レナに嫌われた……レナに嫌われた……」
一方のレナは顔を真っ赤にし、幸せそうにぼーっとしていて、口元にはよだれまで垂れていた。
「みぃ……やっぱり朝やりすぎたかな」
「確かに。俺に投げてくれればよかったのに……くそ」
「みぃ……」
魅音は小声で言ったつもりだったが、玥は何かとんでもないことを聞いた気がして、じっと魅音を見つめた。
「い、いや!圭一をぶっ飛ばせばレナが汚されずに済んだって意味!ははは!」
魅音は顔を赤くし、手を振り回しながら必死に弁解した。
「とにかく、今は二人を元に戻すのが大事だ。レナ、手、出してくれる?」
「え……は、はい」
レナが少し身を乗り出し、手を差し出す。
「圭一、起きて背筋伸ばして」
「おう」
圭一が暗い顔で座り直した。
次の瞬間、玥はレナの手首を掴み、その手のひらを圭一の胸にぺたりと押し付けた。
「…………」
「…………」
世界が停止したかのような沈黙。
「「きゃあああああ!!」」
圭一、魅音、レナが同時に叫んだ。
「おい玥!何してんだ!」
「こ、こ、こ玥!こ、これって!?ああああう~!」
「ずるい!私も触る!」
三人が真っ赤になって詰め寄る中、玥は首を傾げ、無邪気な笑顔を浮かべた。背後に花のエフェクトすら見えそうだった。
「でも……これでイーブンじゃない?みぃ~☆」
純真な笑顔と少し拗ねた口調のダブルコンボに、逆に三人の方が罪悪感を覚えてしまう。
「くそ……この技使うとか卑怯だろ。男のくせに」
「殴るのは良心が痛む……男のくせに」
「男のくせに……あぅ!連れて帰りたい!」
「“男のくせに”三回言ったら泣くよ!」
玥はため息をつき、自分の身長と筋肉のなさを嘆いた。
「ほら、地雷踏んだ。全身グレーになってる」
「いいじゃん!小さいのも可愛いよ!」
「そう、小さい……可愛い!」
三本の「小さい・可愛い」矢印が玥の頭に突き刺さる。
本人は開き直り、胸を張って宣言した。
「そうだよ!俺は小さくて男らしくない“ひばり”だよ!ほら、触ってみなよ!」
その瞬間、三人の視線が一斉に玥の背後に集まった。
「……どうしたの?」
振り返ると、そこには黒い笑顔で怒りのオーラを燃やす知恵先生。
さらに後ろには、沙都子や梨花を含む低学年の生徒たち。
男女問わず顔を真っ赤にしていた。
「ずいぶん元気そうですね?」
四人はごくりと喉を鳴らした。
…………
……
四人は廊下に並び、水の入ったバケツを頭の上に乗せて立たされていた。
落としたら即びしょ濡れ刑だ。
「いや~、廊下の日差しって気持ちいいなぁ。年取ると日光浴が大事なんだよ」
「うぅ……レナ怒られた……レナ悪い子……」
「全部玥のせいよ!レナの手を――」
「ほう? 俺がレナの手で何を触らせたって?」
「うあああ!くそ!」
圭一は蹴ろうとしたが、バケツのせいで大きく動けない。
玥は舌を出して挑発する。
やがてふざけるのをやめ、少し大人しい表情に戻った。
「ごめん。でも圭一とレナ、ちゃんと話せるようになったでしょ?
レナ、許してくれる?」
レナは再び真っ赤になりながら頷いた。
「……もちろん」
「圭一も?」
「……ああ。レナが許してくれるならいいさ」
魅音も割り込む。
「じゃあ今日の部活は――」
「今日は祖父に早く帰れって言われててさ」
皆、昨日の家の様子を知っているので何も言えなかった。
「じゃあ……週末、暇?」
珍しくレナが誘った。
「雛見沢初心者の二人に、この雛見沢クイーンが案内してあげるのよ!」
頭にバケツを乗せながら誇らしげな魅音。
反抗心からか、圭一と玥は視線を逸らす。
「忙しいな」
「みぃ……怪しい所に連れてかれそう」
「おい!先輩を敬え!」
「因数分解できない人に言われたくない」
「中間テスト一桁の人に言われたくない」
共同戦線成立。
魅音は羞恥で暴走し、バケツを乗せたまま追いかける。
「待てえええ!」
「来いよ!」
「逃げろー!」
その時。
「水一滴もこぼさないなんて、優秀ね?」
振り返ると、怒りMAXの知恵先生。
四人は凍りついた。
…………
……
太陽の下、校舎裏の花壇で四人は草むしり中。
「いや~日光浴最高だなぁ」
「草むしり~草むしり~悪い草を抜く~!」
「なんで大根とジャガイモ植えてるんだよ!」
「持って帰って晩飯にしようぜ!」
玥の提案に三人が即座に叫ぶ。
「「ダメ!」」




