7.かくれんぼ
「はいはい、居眠り虫くん。起きて体育の時間だよ」
魅音が玥の耳元で繰り返す。
当の本人は、頭を服の中に埋め、見事なまでの“ダチョウ戦法”を決め込んでいた。
「うぅ……これは一生最大の屈辱だ……もう生きていけない。
僕の未来は真っ暗だ……」
「そうだよ~。
もう大叔父さんの脳裏にしっかり刻み込まれちゃったからね~。
将来の同窓会でも、ずーっと思い出されるよ~」
なおもからかい続ける魅音を見て、
今日は珍しくレナと圭一が止めに入り、玥を慰め始める。
「小魅……小玥の頭、もう湯気出てるよ。
これ以上やると壊れちゃう。
壊れた小玥……あぅ! かわいい!」
「授業中に寝ちゃうくらい、別に大したことじゃないって!
魅音だってよく寝てるじゃん。
だから気にすんなよ」
魅音もさすがに遊び尽くしたのか、手を止めようとした――その時。
玥が突然立ち上がり、机を強く叩いた。
衝撃でペンが跳ね、床に転がる。
その目には、何かを決意したかのような強い光が宿っていた。
「魅音!
今日も部活あるよね。
僕が、全員にこのことを忘れさせてみせる!」
「せっかく一位取ったのに、目的がそれだけなの?」
魅音は思わずツッコミを入れる。
時々、玥の思考回路は本当に不思議だ。
「はいはい。
体育の時間がそのまま部活だよ。
たっぷり寝た小玥、元気有り余ってるでしょ?」
再びからかおうとしたその時、
転がってきた一本のペンを拾おうと、魅音は何気なく腰をかがめ――
その瞬間、違和感に気づいた。
玥の机の引き出しの下。
金属板の中央が、拳大にへこんでいる。
まるで、何かが全力で叩きつけられたかのように。
魅音はわずかに震えながら立ち上がり、
何事もなかったかのようにペンを机に戻した。
「小魅……どうしたの?
顔色、悪いよ……お腹痛い?」
「ははは!
調子に乗りすぎて、神様に罰当たったんじゃない?」
「は、はは……
これ以上騒ぐと馬梯先生に怒られるしね。
先に着替えてくるよ……体育、楽しみにしてな、はは……」
そう言って、魅音は教室を出て行った。
残された三人は、どこか奇妙な表情を浮かべていた。
――体育の授業。
子どもにとっては、ほぼ一番好きな時間だ。
有り余る体力を発散し、仲間と汗を流す。
だが、ここは田舎の雛見沢。
全員で行うのは最初の準備運動だけ。
教師の姿もいつの間にか消え、あとは完全な自由時間だった。
「体育まで自習形式なの?
教育委員会、ここ忘れてない?」
「同感。
二年後に、卒業証書が存在しないとか言われそうだな」
「え……?
レナ、卒業できないの……? できないの?」
玥、魅音、レナ、圭一の四人は、
校舎の軒下の影に並び、壁にもたれて未来を案じる。
「だ、大丈夫だよ。
少なくとも二年前、村のお兄さんが卒業してたし……
きっと……きっと……」
「「その間、ためらわないで!」」
説明しているうちに、魅音自身も不安になっていく。
絶望に沈みかけたその時――
教師の用事を手伝っていた沙都子と梨花が、ようやく姿を現した。
「みー。お待たせなのです!」
「皆さん、今日は何をするのですの?」
二人の笑顔を見て、玥たちは悩みを頭の隅へ追いやった。
少なくとも、今考えることではない。
「よし! 全員集合!
今日の活動は……瞬発力と持久力、
そして自分の身体だけを信じる――鬼ごっこだ!」
魅音はその場でくるりと三回転し、
両手を大きく広げてポーズを決める。
背後に巨大な文字が浮かんだ気がした。
「わぅ!
今、赤い大きな文字が見えた気がするよ?」
「気のせいなのです。みー☆」
「ふっふっふ。
ちょうどいい。
玥と圭一、都会育ちの軟脚に、
自分の分際ってやつを教えてあげますわ」
沙都子の挑発に、圭一は即座に反応し、額に青筋を浮かべる。
「いいだろう!
俺はやるぞ!
“都会の旋風”圭一様の実力、思い知れ!」
火花を散らし始めた二人を、玥が遮る。
「意外と普通の遊びだね。
で、今回はどんな特殊ルール?」
「ふっふっふ。
勘がいいね。
今回は普通の鬼ごっこじゃない――ゾンビ鬼だよ!」
簡単に言えば、
鬼に捕まった人も鬼になる。
授業終了までに全員捕まらなければ人間の勝ち。
全滅すれば鬼の勝ちだ。
「つまり、最初に誰を捕まえるかが重要。
この授業、残り三十分以上ある。
最初の一人までの時間が勝負を分けるね」
玥は即座に状況を分析し、
行動範囲を確認する。
――学校の敷地内のみ。
普段使う校舎内には入れない。
「じゃあ最初のゾンビは……」
魅音が言いかけた、その時。
玥が手を挙げた。
「いいよ。
最初のゾンビは僕がやる。
朝のこと、忘れさせるって言ったでしょ?
全員捕まえれば、確実に忘れる」
「もう忘れてるよ!」
「うぅ~朝の赤くなった小玥、可愛かった~!」
「おーっほっほ!
一番いい席で見られなかったのが残念だけど、
ちゃんと見えたわよ!」
「……私は、ちゃんと覚えてるのです。みぱ☆」
「ふっふっふ。
忘れさせたいなら、私たち全員捕まえなきゃね。
小さな居眠り虫くん、できる?」
その言葉で、玥の頬はまた少し赤くなる。
――だが。
深く息を吸い、吐いた後、
玥の目つきが変わった。
普段の穏やかさは消え、
目的を果たすまで止まらない、獣のような意志が宿る。
「ふふふ……安心して。
君たちは必ず捕まえる。
そして、その瑞々しい肉体を……美味しく味わうんだ。ははは!」
「昨日みたいに、また入り込みすぎてるよ」
「うぅ……小玥、また怖いモードなのです!」
「捕まったら……本当に食べられないよね?」
まだ冗談を言えるのは魅音たちだけで、
沙都子と梨花は怯えて、少し距離を取った。
「じゃあ、百まで数えて探すね。いい?」
「だめ。
数えるとズルができる。
あそこ、教室の時計が見えるでしょ。
三十秒後開始が一番公平だ」
圭一が窓を指さす。
確かに、教室の壁時計がかろうじて見える。
秒針が十二に来たらスタート。
六に来るまで、ゾンビは動けない。
「よし!
それじゃ――よーい、スタート!」
足音が四方へ散り、
すぐに玥は反射や聴覚だけでは位置を掴めなくなった。
三十秒が経ち、振り返る。
低学年の子どもたちが遊んでいるだけで、
魅音たちの姿は、完全に消えていた。
玥はしゃがみ込み、地面の足跡を確認する。
「……よし」
優先順位は梨花と沙都子。
仲間を増やすのが最優先だ。
「――ゲーム、開始だ」




