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第7話 クズな彼女の学校生活-1

 名雲夏菜は、誰からも愛される優等生だ。


 始業前の朝。長い休息である昼休み。放課後に煩わしい勉学から解放されても。

 彼女の周りには常に誰かが居て、笑顔と優しさを振りまいている。


「おい、空見。アタシの幼馴染をキモい目で見るな」


 周りの生徒が部活やバイトに向かう中、俺も教室を出ようとした矢先。

 隣の席のヤンキー女がダル絡みをしてきたせいで、溜息が漏れる。


「は? お前今アタシに声をかけられて溜息ついた? しばくよ?」


「いや、事実だが。友達が居ないからって気軽に話しかけてくるなよ」


「はい、自己紹介乙。そうやって声を掛けてくれた神ギャルにも刺々しく接するから、怖い奴だと思って腫れもの扱いされる自覚ある? バカすぎて草だわ」


「お前も俺への対応が刺々しくないか? 海瀬(うみせ)


 海瀬。下の名前は憶えていないが、入学直後から俺に絡んで来る女だ。

 俺もこいつも目つきが悪いせいで、一部の生徒からDQNカップルとか噂されている。

 思春期の男女は初心なもので、ちょっと教室内で喋っているだけでもバカな妄想を流布されることが少なくない。


「朝からずっと夏菜をジロジロ見ているお前に、アタシが優しくすると思う?」


「……そんなに見ていたか?」


「まあね。隣に座っているから、授業中に目線を感じて気持ち悪かったし。最初はアタシの胸でもガン見しているのかと思って無視しようと思ったけど、夏菜のことを見ているのが分かったから。そういうの、キモすぎだし女子全員から許されないから」


「お前の胸を見ていたら許されたのか?」


「許すわけがないし、何なら胸元を一秒見るごとに一万円払って貰うから」


 けらけらと笑いながら、海瀬は俺の背中を強めに叩く。

 これ暴行扱いにして示談金とか貰えないかな?


「まあ、夏菜のこと嫌いな男子なんて居ないだろうから、目で追う気持ちは分かるけどね。友達や彼氏になりたいとか思っているなら、絶対無理だから止めておきな。アタシみたいな隣のギャルですら惚れさせられないお前に、夏菜を落とせるワケないから」


 いい加減なことを言って、海瀬は「じゃあな、陰キャ君」と悪口を残して教室を出て行き、廊下で待っていた、似たようなギャルと合流してどこかに消えた。変な活動をしていないだろうな?


「……友達や彼氏、か」


 そういう純粋な関係なら、どれだけ良かったことか。

 名雲さんとは既に、奇妙で不純な関係を築いていると知ったら、彼女と幼馴染の海瀬はどう思うだろう。


「別にどうでもいいか」


 ただの隣の席の女子に、そんなことを語る機会は無い。

 呟いてから、俺は教室棟の二階奥にある図書室へと向かった。

 勉強や読書のためじゃなく、委員会活動のためだ。


 うちの高校は各クラスから数名程度、部活動に加入していない生徒を委員会に参加させる『ルール』があるらしい。校則に書かれているわけじゃない、ある種の伝統や強制。


 ジャンケンに負けた俺はそのシステムに組み込まれ、図書委員になった。

 基本的に火曜日が俺の当番で、二年生の先輩と組まされることが多い。


「お疲れ様、空見ちゃん」


 図書室に入ってカウンターに目をやると、座っていた女子が挨拶してくる。

 彼女が俺と頻繁に組むその相手、手賀(てが)先輩だ。


「お疲れ様です、手賀先輩。今日は何か業務ありますか?」


「んーん。書架の整理は先週終わっているし、貸出管理と返却作業だけ。って言っても、今年から貸出しはセルフだし、ウチらの仕事ってほぼ無いよねー」


 手賀先輩が首を横に振ると、ポニーテールのようにまとめた三つ編みが揺れる。

 クラスの日陰者。チビなオタクで気弱。胸の代わりにお尻が育った残念ボディ……と、自らを評する手賀先輩は相当な卑屈者だが、悪い人じゃないし俺は嫌いじゃない。


「そうだ。空見ちゃんの好きそうな雑誌が入ってきたから、利用者に取られないようにカウンターに置いておいたよ。読むよね?」


「ありがとうございます……って、何で女性向けのファッション誌なんですか。しかもギャル系だし」


「ありゃ? 空見ちゃん、ギャル好きだよね?」


「ギャルが好きでもギャル雑誌は読まないでしょう……そもそも好きじゃないです」


「え、マジ? じゃ、じゃあ実はウチみたいなド陰キャオタクの方が需要あるっていうか、空見ちゃんの癖に刺さるとか……な、なんてぇ? ふへへのへ!」


「今日も楽しそうですね、手賀先輩は。利用者が来るまで雑誌読んでいますね」


 変な笑い方をして身体をクネクネさせている手賀先輩の横に座り、俺はガジェット系の雑誌を開く。

 最初は委員会活動なんて嫌で仕方なかったけど、完全下校時刻までの三時間ほどの時間は、今では癒しにもなっている。


 奥の自習スペースで、ペンを走らせる音。ページが捲る音。

 机に参考書を並べる音。時計の針が進む音。

 静寂の中に僅かに主張する音たちに包まれて、読書をしている時間は悪くない。


「ごめん、空見ちゃん。ちょっとお願いがあるの」


 三十分ほど経って、手賀先輩が申し訳無さそうな顔を俺に向けてくる。


「実は今日用事があって……ちょっと早く帰ってもいいかな?」


「理由次第ですね。推しの配信が始まるから帰りたいとか言わないですよね?」


「ぐ、うっ……え、ええっと。お祖父ちゃんの具合が悪くて、お見舞いを」


「あれ? 一学期の終わりくらいにお祖父ちゃん亡くなっていましたよね? 五月にはお祖母ちゃんが危篤だったはずですし、先週は弟が体調不良だったような?」


「……推しの、周年記念配信があるんですぅうう……もし今日リアタイ出来なかったら、今後の推し活に影響を及ぼすし、推し仲間にマウント取られて死んじゃうよぉ。つまり空見ちゃんがウチの命を握っていると言っても過言じゃないよ?」


 わざとらしく顔を覆って、鼻をスンスン鳴らす手賀先輩。

 正直、この人が帰ったくらいで業務が増えるわけでもないし別にいいんだけど。

 反応が面白いからつい嫌がらせをしてしまうんだよな。


「分かりました。帰っても大丈夫です。今度何かお礼してください」


「わーい、ありがとう! ち、ちなみにこういう時に年上のお姉さんにお礼を求めると、巷に溢れ返っている有害指定になりそうな図書では絶対に『ドエッッッ!』な展開があるんだけど、まさか空見ちゃんもわ、わ、私をそういう目で……ふひっ」


「缶コーヒーでいいです。それじゃあまた来週」


 俺の対応に手賀先輩はしょんぼりした様子だったが(なんで?)、すぐに気を取り直して推しの名前を呟きながら楽しそうに帰って行った。本当に愉快な人だ。



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