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第48話 彼女の部屋にお邪魔する

「……まさか君が、ここまでするなんて思わなかった」


 名雲さんは自転車を押しながら、俺と一緒に通りを歩く。

 話を一通り聞き終えて、その突拍子も無いバカげた展開に呆れたのか、その顔には少しだけ笑みが含まれていた。


「海瀬と手賀先輩のおかげだな。二人には色々手伝ってもらってばかりだ」


「そうかもね。でも普通の人は、そんなことがあっても行動には移さないんだよ。もしかして、君って本当に……まあ、いいや」


 何かを言いかけて、だけどその言葉は有耶無耶にされてしまった。

 名雲さんは急にスマホを操作して、マップアプリのスクショを俺に送ってきた。


「そこが私の泊まっているビジホだよ。ここからなら、歩いても三十分くらい。私は一旦先に帰るから、ゆっくりおいで」


「え? い、一緒に歩いてくれないのか? 迎えに来てくれたんだろう?」


「……あのね? 秋の夜とはいえ、全力で自転車を漕いだんだよ? 髪もぐちゃぐちゃだし、寝起きで何もしてない姿を、明るいところで異性に見られたくない。女の子はそういう生き物なの。だから一足先に戻るわけだけど?」


 非難するような目つきと声を向けられて、俺は頷くしか無かった。

 年頃の女の子って、難しいな……。


「分かればよろしい。でも……ふふっ」


「な、なんだ?」


 急に柔らかい笑顔を見せた名雲さんに、戸惑っていると。


「どんなリアリティショーよりも劇的な展開が、まさか自分の人生で起きるとは思わなかったな。だからちょっとだけ、嬉しい気持ちもある。それだけだよ」


 俺の反応を待たずに、名雲さんは自転車に跨って「じゃあ、後で」と言い残して去って行った。

 もっと怒られるとか、いっそドン引きされるかと思ったけど。

 とりあえず今は、安堵感で胸がいっぱいだ。


「顔を見ることが出来て良かった。無茶した甲斐があったよ」


 今時はスマホさえあれば、どれだけ離れていても相手の顔を見られるけど。

 隣に立って直接、言葉を交わす時間は……。


 今の俺にとって、他の何物にも代えがたい尊い瞬間だった。


 ***


「まさか本当に三十分以上かかるとは……」


 マップを頼りに歩き続けると、ようやく目的のビジネスホテルに到着出来た。


 外観は京都にしては小さめのホテルだけど、そこまで古さは感じない。

 半透明の自動ドアを抜けると、ロビーには名雲さんが待っていた。


「時間通りかな、空見君」


 名雲さんはすっかりいつも通りという感じで、薄く化粧をしていた。

 髪は当然乱れていないし、服装もさっき俺と会った時と違う。

 ショート丈の黒いテーラードジャケットに、シックなグレーのスカート。

 少し大人っぽい、初めて見る名雲さんの私服姿。


「可愛いな」


 つい、呟いてしまった。名雲さんはそれを耳ざとく聞いていたようで。


「えっ!? な、な、なぁ……!?」


 顔を真っ赤にして、必死に目線を外してしまう。


「さっき俺と会った時は部屋着丸出しのジャージ姿だったのに、お洒落していると本当に可愛く見えるぞ、名雲さん!」


「……はぁ。そういうのは言わなくていいんだよ、空見君。褒め言葉を真っ直ぐ受け取った私がバカみたいだ。そもそもさっきはね、君が急に呼び出したから部屋着で飛び出したんだよ!? 事前に連絡があれば最初から」


「あー、悪かったって。ここで叫ぶとホテルの人に迷惑だから、移動しようぜ。ここに来る途中にカフェとかあったけど、まだ営業しているかな」


 普通のチェーン店なら、もう営業終了時刻だ。

 ファミレスでもあればいいのだが、そもそも高校生って夜十時以降の外出って補導対象になるんだっけ?


「いいよ、ここで。わざわざお金を使う必要はないでしょ」


「へ? でもこのホテル、来客者向けのスペースとか無さそうだぞ?」


「そうじゃなくて……私の部屋に、来ていいから。母は別の場所に宿を取っているから、私一人だし。だから、ね?」


 名雲さんに制服の袖を掴まれて、彼女の顔を見つめる。

 いくら何でも、宿泊先とはいえ女子の部屋に行くのはどうなのだろうか。


 だけど俺を誘ってくれた名雲さんの手が、小さく震えていたから。


「分かった。少しだけお邪魔するよ」


 俺の返事に名雲さんは、嬉しそうに頷き返すのだった。



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