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第45話 彼女を、守るために

「お前がいくら徹底していても、周りに居る人間全員がそうじゃない。こういう飲み会の空気に乗っかって、悪ふざけの一環でネットに上げる奴が一人くらい居てもおかしくないよな」


「ちが、違うの。それ、私じゃない。私じゃなくて、別の人で……あ、知らない人だ、し……」


「へぇ、そうなのか? この男の人、同じバイト先の大学生じゃないのか?」


「違う。違うもん! そんな奴知らないし、その動画も嘘だし! 空見君が捏造した動画でしょ!? 私への仕返しに、そんな最低なこと」


「お前とこの男の勤務先は、駅前のコンビニ。こいつは都内の大学に通う三年生で、度々こうやってバイト先の女子を集めて飲み会をしているよな。その飲み会にお前は何度も参加している。そこまで調べ上げた俺を相手に、まだシラを切るつもりか?」


 羞恥と焦りで赤くなっていた伊藤の顔から、再び血の気が引く。

 青くなって、赤くなって、今度は死人みたいに顔が白くなっている。面白い女だ。


「動画が捏造だって言い張るのも構わない。俺はこの動画と男の情報を先生に渡して、あとは委ねるだけだ。それが一番公平だと思わないか? お前は潔白を主張すればいい。名雲さんの件も含めて、な」


 その場に座り込んでしまった伊藤は、もう完全に反論する気力が消えていた。

 この動画を見つけたのは手賀先輩だ。

 伊藤のバイト先を見つけた海瀬が、簡単な情報を提供しただけで男の様々なSNSアカウントを発見し、最終的にこの動画に辿り着いた。


『オタクっていうのは、ネットの海の泳ぎ方を誰よりも熟知しているんだよ? 私が仲間と一緒に協力すれば、()()()()()()()()の一つくらい簡単に見つけられるのです』


 そう言ってドヤ顔を浮かべていた手賀先輩は、いつもより楽しそうだったな。

 海瀬が手掛かりを集め、手賀先輩がそれを使って真実を探す。


 そして俺に課せられた役割は、伊藤との対峙だ。


「これ以上言い訳をしないなら、話は終わりだぞ」


 感情的な海瀬では、話の途中に手が出る可能性がある。

 内弁慶である手賀先輩は、言うまでもない。

 三人の中で最も冷静かつ、男として威圧感を与えられる俺が適任というわけだ。


「……わ、私を苦しめたりしたら、高橋先輩がブチギレるけど」


 苦し紛れに抵抗した伊藤が出したその名は、この動画に写っていた男の名前だ。


「高橋先輩、元ヤンだしマジでヤバいから……そ、空見君だけじゃなくて、周りの友達とかもヤバいかもよ? それこそ家族とか、空見君が好きな名雲さんだって、無事じゃ――」


「何を勘違いしているんだ、お前?」


 俺は伊藤と目線を合わせるために、しゃがみ込む。

 そしてその肩にゆっくりと手を置いて、言い聞かせるようにして語ってやった。


「今回の一件は『俺』が、『一人で』キレているんだ。お前がくだらない写真を撮ったせいで、他人から注目されて不愉快だったんだよ。だから犯人を見つけて徹底的に追い込んでやろうと決めたんだ。名雲さんがどうなろうと、どうでもいい」


 嘘だ。本当は名雲さんだけを救いたい。だから、これを嘘だと気取られるな。

 ただ真っ直ぐに、伊藤の目を見つめる。

 俺の敵意と憎しみをしっかりと、一片も違わずこいつに感じ取らせるために。


「その高橋とかいう男が俺を半殺しにしようが、復讐として受け入れてやる。だけどもし名雲さんみたいに無関係な人間を傷付けてみろ。その時は俺もお前に復讐しに行く。高橋じゃない。お前に同じ痛みを叩きこんでやる」


 伊藤の肩を強く握ってやると、彼女は「ひっ」と小さな呼吸を漏らす。

 今、自分がどんな顔をしているかは分からない。


 だけどこいつが名雲さんに危害を及ぼした未来を想像してしまった瞬間に――。

 少なくとも、いつもとは全く違う顔をしてしまったことだけは分かる。


「だからさ、伊藤さん」


 俺は握っていた肩を離して、代わりに優しく擦ってやった。


「俺があの写真の件で迷惑していること、分かってくれただろう? 学校のみんなは誤解したままだからさ、グループに謝罪のメッセージを書いてくれないか?」


「……しゃ、謝罪?」


「ああ。伊藤さんが使っているアカウントで、()()()()()()()をしてしまったことを謝ってくれ。そうしたら俺も、この飲み会の動画のことは忘れられると思う。それでこの一件は終わり。お互い死ぬまで二度と関わらないってことで。どうかな?」


 まるで選択の余地があるかのように、提案している自分がバカらしかった。

 当然、伊藤が返せる答えは一つしかない。

 俺はその場で伊藤と一緒に謝罪の文面を考え、複数のグループに向けて送信させた。


「うん、確認した。これで話は全部終わりだね。バイト前に引き留めちゃってごめん。もう行っていいよ」


 それが恐怖政治であっても、同級生を従えクラスカーストのトップに立っていた伊藤。

 今回の一件で、彼女の立場は急落。大富豪における都落ちが発生したようなものだ。

 プライドが高く他人を見下していた伊藤にとって、あの謝罪は相当な痛手だっただろう。

 今まで誰かを貶めていた自分が、今度は虐げられる側に回るのだから。


「まあ、うちの高校の生徒はそこまで終わってないけどさ」


 イジメは受けないだろうが、卒業まではずっと腫れもの扱いだろう。

 やけに小さく感じる伊藤の背中を見送って、俺も校内に戻ろうとする。


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