第44話 彼女のために、戦う ♯2
「うちの学校ってさ、校則がかなり厳しいよな。理由を知っているか?」
予想外の言葉に、伊藤は足を止めてうんざりとした様子で振り返った。
「どうでもいいから。違う話で引き留めようとするの、弱男すぎだし」
「知らないなら教えてやるよ。生徒手帳に記された校則、その最後に去年追加されたばかりのものがある。第十章、在校生の問題行動について」
それは法律の条文のような、複雑な言い回しではない。
十代の子供でも読めば一回で理解出来る、シンプルな文章だ。
「【在籍する生徒が校内外問わず、法律違反またはそれに準ずる行動をした場合、教員と保護者による面談の後、自宅謹慎による無期停学処分、あるいは退学処分とする】だ。これって他校なら厳重注意とか、悪くても数日の停学で済むらしいんだ」
だけど、うちの学校ではあまりにも重い罰だ。
伊藤はその先が気になったのか、無言で話を聞いている。
「俺たちが入学する前、この学校の生徒がSNSで喫煙と飲酒をしている動画をアップしたらしくてさ。誰でも見られる設定にしていたせいで、ネット上で急激に広まって炎上した。その生徒は実名まで晒されて、停学を経て自主退学したそうだ」
学校側は対応に苦慮したそうで、全校集会が何度も開かれたそうだ。
今ではすっかり風化しているが、この校則は生徒に対する脅しの意味も兼ねて、改めて制定されたものだと、当時の事情を知る手賀先輩から聞いた。
「……あー、そういうバカたまに居るよね。そんなの裏でやってようが、ネットに上げなきゃ誰も分からないのに。ウケ狙いで滑って人生台無しにするバカ。で? それが何? 名雲さんもパパ活がバレて停学からの退学コースだね、って話?」
「そうだな。同級生から初の退学者が出る。ただしそれは名雲さんじゃなく、お前のことだよ。伊藤」
再び矛先を向けられ、伊藤は不快感を露わにする。
「いい加減にしなよ、マジで。私が悪戯の犯人だとしても、その程度で停学は無理だから。先生に泣きついてみれば? 僕の彼女が虐められているので、助けてくださぁ~いって。その動画撮ってあげるから。ハハッ」
「そうだな。先生に相談してみるか。同級生の女の子が、バイト先の男子大学生たちと一緒に飲酒と喫煙をしている動画を見せれば、嫌でも動くしかないだろう」
伊藤が漏らしていた、唾棄するような笑いが止んだ。
余裕に満ちていた顔から血の気が引き、徐々に青みが増していく。
「なに、それ。もしかして空見君、AIか何かで動画を作って、私のことをハメようって考えているわけ……?」
「ああ、AIか。そういう手段もあったな。だけどそれが出来るようなスキルは無いから、代わりに別のスキルを使って、この動画を入手したんだ」
俺はスマホを操作して、あるアプリを開く。
今時の高校生や大学生が多く使っている、動画投稿がメインのSNSだ。
「こういうアプリで良くない動画を投稿して、騒動の火種になる奴は少なくない。まあ、最近は学校やバイト先でも口うるさく注意されるから、よっぽどバカじゃなければ自爆することは無くなったけどな」
そして俺は、一つのアカウントを表示する。
それ紛れもなく、今目の前に立っている女子……伊藤のアカウントだ。
このアカウントを発見したのは俺じゃない。海瀬と手賀先輩が協力して得た成果だ。
「これはお前のアカウントだろう? 伊藤」
「……そうだけど。なに? そこに私が酒を飲んでいる動画があるとでも? そんなのあるわけないじゃん。私のアカウント、基本的にダンスがメインだし」
「ああ、ここには無いよ。こんなのはただの脅しだ。最後の警告をしてやる。自分が犯人だって認めろ。そうすれば、お前が負うダメージは少ない」
「少ないっていうか、元々ノーダメでしょ。必死過ぎて笑うんだけど。そろそろバイトに行かないと遅刻するから、もうこの話は終わりにしよ」
本当にバカだな、こいつは。
全く無関係な俺が、お前のSNSアカウントを特定できた時点で察するべきだった。
目の前に居る男が、どれだけ執念深く自らの弱みを探っていたのかを。
『は~い! 伊藤ちゃんのメガハイボール全力イッキ! 始まりまぁ~す!』
俺が動画を流した途端に、伊藤は声にならない悲鳴を上げた。
そして俺に駆け寄ってスマホを奪おうとするが、そうはさせない。身長差で簡単に回避出来る。
「やめて、やめて、やめてよぉ! 何なのその動画! ありえない、ありえないから!」
伊藤は同じような言葉を何度も繰り返すが、動画は止まらない。
『お、お、おおっ~~~!? はぁい、チャレンジ大成功! たっぷり濃い目のメガハイボールを飲み干した伊藤ちゃんには、俺からタバコとチューのプレゼントをあげちゃいま~す! ぎゃはーはっ!』
声の主は、伊藤の横に居る頭の悪そうな大学生だ。
未開封らしい加熱式タバコの箱を伊藤の手に握らせ、男は頬にキスをしようとする。
伊藤は全力で『やぁめぇて~!』と押し退けているが、実に楽しそうだ。
そう。この男こそが、この動画をSNSに上げた張本人だ。




