第43話 彼女のために、戦う ♯1
俺とは接点が皆無の、同級生を。
「来てくれてありがとう、伊藤さん」
伊藤。いつだったか、俺に急に話しかけてきた厚化粧のギャルだ。
今日もその過剰なほどに毛穴を塗りつぶしたファンデと、決してナチュラルではない睫毛が目立つ。見れば見るほど、すっぴんが想像出来ない顔だ。
「こんな場所に呼び出しとか、ちょっと狙いすぎでしゃばくない? こういう平成スタイルな展開も嫌いじゃないけどさぁ」
「……呼び出した理由は色々あるけど、伊藤さんにお願いがあって」
「私に? ま、話の内容次第かなー?」
余裕を見せている伊藤に、俺はスマホの画面を見せる。
名雲さんと俺がラブホテルに行ったという、バカげた噂のきっかけを作った例の写真だ。
「この写真が出回ってさ、色々困っているんだ。ほら、伊藤さんならうちのクラスだけじゃなくて、他のクラスにも顔が利くだろう? だからみんなに説明して欲しくて」
「ふぅ~ん? そういやそんなキモい写真、グループに貼られていたね。私は空見君がそんなことをする男子じゃないって思っているから、別に気にしていないけど。どっちかって言うとさぁ、名雲さんの方はラブホ慣れしていてもおかしくなくない?」
脈絡のない名雲さんへの中傷に、俺は思わず眉を顰めそうになるけど。
「あの子って、中学の頃から人付き合いの悪さが有名なの。高校でも一緒に買い物や食事に行っても、自分だけ何も買わないとか当たり前なんだって。ガチヤバくない? 普通は空気壊さないために、嫌でもみんなと同じ物買うっしょ」
「それとこれと、何の関係があるんだ?」
「だからぁ、名雲さんがそんな感じなのって、家の事情もあるんじゃないかって話。あの子って育ち良さそうだけど、化粧品とかスマホとか妙に安っぽいのばっかりだし。休日も私服じゃなくて制服で駅前歩いていたの、目撃されていたし。バカ面白いよね」
つまり。話を区切って、伊藤は俺のスマホ画面を指差す。
「その日に制服で駅前を歩いていたのも、パパ活的なことでしょ? 隣歩いている男、空見君じゃなくてもっと年上の人っぽいし。クラスでは可愛い委員長みたいなキャラで猫被っているくせに、プライベートではジジイ相手に媚び売っているとか草なんですけど」
あまりに下劣な妄想に、俺は握った拳を振り上げそうになる。
名雲さんの家庭事情や、休日の過ごし方は知らない。
あの子がどんなことを考えて、どんな人生を送ってきたかなんて、何一つ知らない。
ここ最近は一緒に過ごしていて、互いを分かり合えた気になっていただけで。
俺と名雲さんはどこまでいっても、それこそパパ活みたいに金を介さないと繋がりを持てない関係なのかもしれない。
それでも、俺は。
気付けば名雲夏菜のこと、きっと――。
「……じゃあ、この写真に関する釈明を手伝ってくれる気はないってことでいいかな」
「んー。空見君が無関係ってことは広めてあげられるけど、名雲さんがパパ活している件に関しては私からは何も出来ないかな。私、割と助けを求めている人は見捨てないタイプだけど、名雲さんは自業自得だし。ざまあみろ、って感じじゃん?」
「そっか。伊藤さんが説明することが、解決への一番の近道だと思ったんだけどな」
「いやいや、空見君は私のことを買い被りすぎだから。協力してあげるからさ、この後二人でどっか行かない? 私、悩みを聞くのが上手いから。空見君が嫌じゃなかったら、別にうちの家とかでもいいし」
「嫌に決まっているだろ」
汚い笑顔を浮かべていた伊藤の顔から、表情が消えた。
まさか拒絶されるとは思わなかったのか、その相貌に次第に焦りが滲んでいく。
「は? ど、どういうこと」
「どうもこうもあるか。くだらない写真とサブアカウントを使って、他人を貶めて愉悦するようなクズと出かけるなんてごめんだ。こうやって同じ空気を吸っているだけでも吐きそうになる」
否定の言葉をぶつけてやるが、しかし伊藤は次第に余裕を取り戻していく。
「あ、そういうこと? 私がこの悪戯をやった犯人だと思っているワケ?」
「それ以外にあるかよ。お前がこの日、駅前で名雲さんを盗撮したのは分かっている。たまたまこの現場を目撃した奴が居て、裏も取ってあるんだ」
これについては少しだけ嘘で、手賀先輩のライブカメラが証拠ではあるが。説明の手間を省くためだ。
「誰、そいつ? それに私、この日は家で彼氏と過ごしていたから。夜に撮った写真もあるから見せようか? ついでにその日のスマホの写真、全部見てもいいし。もし私が犯人なら、こんな急にスマホを見せられないもんね?」
「そんなことしなくてもいい。だけどもう一度聞くぞ。この写真に関する釈明をするつもり無いんだな?」
「うざっ。私が無関係なことアピっているのに、しつこいから。空見君って意外と陰キャだね。前に髪型変えた時は結構アリだったのに、ガチで蛙化したかも。もう興味無くなっちゃったわ」
捨て台詞のような言葉を残して、伊藤は立ち去ろうとする。
その背中に対して、俺が投げた言葉は。




