第5話 クズな彼女は振る舞いたい-2
「私は全てにおいて優秀な女の子だからね。大概のことは出来ちゃうのさ。でも困ったなあ。空見君の妄想している未来を叶えてあげられるかどうかは、私でも難しいかも? 何よりこの朝ご飯は君の貯金を奪うための手段の一つであって」
「全体的に味が濃い。ちょっとクドい」
「私と君がこれからそういう関係になれるかどうかは、非常に難題というか……は?」
何かベラベラと語っていた名雲さんの口が止まり、首を傾げてくる。
「空見君? 今、何て……?」
「だから、味が濃いって。そもそも俺は厚焼き玉子は甘くない方が好きだし、白米も硬めに炊き上げるから。味噌汁も白味噌が基本だし、赤味噌は豚汁を作る時くらいしか使わないかな。具材もわかめとか豆腐だけとか、基本一種の方がいい」
確かに料理は上手い。けど、好みの問題はあくまで別だ。
「絶望的に舌が合わないんだな、俺たち。ウインナーもボイルじゃなくて焼いているし、何もかも真逆だ。ちなみに目玉焼きには何をかける?」
「……醤油」
「あー、なるほど。俺は胡椒だけ。何も合わないな。チョコプリンが好きっていうところは一致しているみたいだけど。あはは」
思わず笑ってしまうと、目の前の女子は身を乗り出して俺を睨みつけてきた。
「私の料理が不満なの!? お寝坊さんな男子の部屋に、エプロンを着けた同級生がやってきて、こんなに丁寧な朝食を振る舞ったのに!?」
「いや、料理は完璧だけど味が」
「男子は味が濃い方が好きだよね!? 私は君を思って味付けをしたのに、どうしてそれを蔑ろにしちゃうのかな!? 真心こめた私の行動と、朝ご飯の謝礼金として五万円くらい貰うはずだったのに!」
「あ、そういう魂胆だったのか……」
やけにサービスが良いとは思ったけど、そういえばこのクズは俺の金目当てだった。
名雲さんは悔しさから顔を赤らめ、叫ぶようにしてある提案をぶつけてくる。
「空見君は自分の料理と味付けに大層な自信があるみたいだね!? だったら今晩、私に夕ご飯を作ってみてよ!」
「はぁ!? いや、何でそうなる? 俺に何のメリットがあるんだ」
「女子の自尊心と真心を傷つけたお詫び、だけど!? もしそれで君が私を満足させられなかったら、十万円くらい支払って貰わないとこの傷は癒えないよ!」
「しれっと金額を倍にしていやがる。強かだな、このクズ」
「とにかく! 今日の夜にまた空見君の家に侵入しに来るから、その時にはちゃんと出来立てのご飯を用意しておくこと! もし用意されていなかったら、今度こそ君の寝込みを包丁で襲うから!」
名雲さんは言いたいことを言って、「じゃあね!」と半ギレで部屋を出て行った。
すごく面倒なことになった。何であいつの為にご飯を作る必要があるんだ。
「そもそも、この朝ご飯だって俺の家の食材を勝手に使って……あれ?」
そういえば、昨夜冷蔵庫を整理している時に卵と味噌を切らしていることに気付いたはずだ。
食卓にはその二つがしっかりと並んでいる。
台所に向かうと、調理器具は片付けられていて、既に料理の痕跡はない。
それでも冷蔵庫を開けてみると、卵と味噌はもちろん、余った野菜まで綺麗に並んでいた。
「名雲さん、わざわざ買って来てくれたのか? 俺のために?」
味噌を持ち上げると、底面から何か白い紙が剥がれ落ちる。
どうやら近所のスーパーのレシートみたいだ。購入日時は昨日の夜。俺の家を出て行った後だ。
「……こういうのを見ると、何だか申し訳ない気持ちになるな」
下心全開で、あわよくばこの材料費も請求する気だったとしても。
名雲さんが俺のために時間とお金を使ったこと自体は、揺るぎない事実なのだから。
「ああ、もう! 本当に迷惑な同級生だな!」
吐き捨てて、俺は残った朝食をご飯粒一つ残さずに完食する。
そして、食器を洗いながら考える。
名雲さんが俺に使ったお金と時間と同じ物で、どんな料理を作れるかを。
別に同情とか感謝の気持ちじゃない。
この気持ちは、もっと単純なものだ。
「借りは返す。それだけだ」
きっとこれはお金でも、人間関係でも。一番大事なことだから。
俺は生まれて初めて、誰かのために料理を作ることを決意したのだった。




