表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/45

第36話 クズな彼女と楽しんだ

「悪趣味だな。夜、眠れなくなっても知らないぞ」


「いや、怪奇現象の事は忘れるよ? でも……空見君がどさくさに紛れて、私を名前で呼んでくれたのは覚えておこうかな? ふふふ」


「……咄嗟のことだったから、つい名前を叫んでしまったんだ」


「どうしてぇ? 君は普段から、頭の中では私のことを『夏菜』と呼んでいるのかな? もしくは一人で寂しい時に、私の名前を呼んでいるとか? ん?」


「そんなわけあるか。取り乱していたから、名前で呼んでやっただけだ」


「本当にぃ~? 私の名前が好きなら、人前でも呼んでいいんだよ。冬斗君?」


 わざとらしく俺の名前を呼んで、名雲さんは人差し指で脇腹辺りを突いてくる。

 俺への意趣返しなんだろうけど、顔が赤くなっている。無理するなよ、夏菜。


「そうやってからかうなら、今日の夜に怖くなっても寝落ち通話してやらないからな」


「それはこっちの台詞だけど? というか私たち、未だに連絡先を知らないままだったね」


 名雲さんはポケットからスマホを取り出し、トークアプリのIDを見せてくれた。


「名前で呼び合う仲だし、これを機に交換しておこうよ」


「……ああ、そうだな」


 素直に応じて、俺もスマホを取り出して操作する。

 殆ど名前が無かったアプリの【友達リスト】に、名雲夏菜の名前が並ぶ。


「ちなみに私、夜の十一時くらいに寝る予定だから。覚えておいてね?」


「やっぱり怖がっているじゃん。まあ、気が向いたら通話してやるよ」


「ふぅ~ん? 冷静に考えたら一人暮らしの空見君の方が、よっぽど怖いと思うけどね?」


「……十一時ね。覚えておきます」


「素直でよろしい。君のそういうところ、嫌いじゃないよ」


 結局、名雲さんには勝てないんだな。


 不思議な体験を終えて、俺たちは空き缶をゴミ箱に捨てて体育館二階へ向かう。

 まだバンド演奏は始まったばかりらしい。この恐怖体験を忘れるには、青い春が必要だ。


「最後方で壁にもたれながら、腕を組んでライブを楽しもうぜ」


「そうやって冷笑系の真似をしていると、本当に性格が悪くなっちゃうよ?」


「じゃあ名雲さんは最前列で、腕を上げて楽しんできてもいいぞ?」


「遠慮しておくよ。私がそうしたら、君が一人ぼっちで他校の文化祭に遊びに来る、悲しい男の子になっちゃうからね」


 階段を上りながら、そんなくだらない話をして。

 体育館二階の大扉を開けて入ると、すぐにバンドサウンドが身体中に浴びせられた。


「演劇とライブは文化祭の華だね」


 名雲はそう言いながら、入り口近くの壁にもたれた。

 やっぱり俺たちは最前よりも、ここが落ち着くんだな。


「演奏はお世辞にも上手くないけどな。ドラムはリズムキープ出来ていないし、ギターはただ弾くだけで精いっぱい。ボーカルはカラオケレベル。ベースだけは上手いのが面白いな。まあ高校生バンドの平均点って感じの仕上がりだ」


「捻くれ者のバンド評だね。空見君って、意外と音楽好きなの?」


「中学生の時はサブスクでめちゃくちゃディグっていたよ。だけど、結局広く浅く聞くだけで終わった。音の熱に浮かされて楽器を買う衝動も、一つのジャンルを究めて何十年分のライブラリを聞く探求心も、作りたい欲求も、俺の中には湧かなかった」


「要するに、君にとって音楽鑑賞は暇潰しの趣味だったわけだね」


「そうだな。俺の中で音楽はライクだけどラブじゃない。ノーミュジックノーライフを標榜出来るほど、依存することもなく終わった」


 創作というのは、好きであり続けた人間だけがそれを仕事に出来る。

 仕事になった結果、嫌いになることはあるかもしれないけど。

 その修羅の道を歩んでいけるだけの情熱が、俺には無かったというだけの話だ。


 先の見えない道を照らす、小さな灯火が何か一つあれば。それはどんな時でも希望になる。


「依存したい物を見つけられた人が、羨ましいよ。俺には……お金以外何も無いから」


「じゃあ、私に依存したら?」


 その言葉と同時に、背後で流れていたバンド演奏が止まる。

 割れんばかりの歓声と拍手だけが聞こえるけど。

 俺たちはステージじゃなくて、互いの顔を見合うだけだった。


「私も趣味が無いタイプの人間でね。だったらいっそ、お互いに依存すれば楽しく生きられると思わない?」


「……出会った時からブレないよな。名雲さんは」


「ん? どういうことかな?」


「私という女に散財しろって、俺に提案したのをもう忘れたのか?」


 たった一か月前の出来事なのに。

 何故だか、もっと長く過ごしていたように思えてしまう。


「そうだったかな? あの時の私は無我夢中だったから、覚えていないや」


 曖昧に首を傾げながら笑う名雲さんが、少し寂しそうに見えた。

 その笑顔に悲哀は込められていないはずなのに、どうしてだろう。


「でも、私はいつでも君からお金を貢がれるのを待っているよ。高校卒業までには五百万くらいは巻き上げるつもりだし」


「長大で無謀な計画だな。【空見君通帳】の預金残高を見直してみろ」


「これから利子がいっぱい付くから大丈夫だよ。定期貯金の額も増えていくから」


「俺が知らないシステムが出てきた。俺たちの関係に利子も定期貯金も無いだろ」


 知らないうちに貯金が減っていったら、流石に怖すぎる。

 話が途切れたタイミングで、別のバンドの演奏が始まった。

 イントロがピアノから始まる、ポップなラブソングだ。

 このご時世にベストアルバムのCDを百万枚売った、誰もが知っている有名バンドの曲。


「そろそろ帰ろうか、空見君」


「ん? もう飽きたのか? 別にいいけど」


「飽きてはいないけど、それ以上のこの曲が嫌いだから。軽薄で甘いだけのラブソングは街中でうっすら流れているのを聞くだけで充分だよ」


 人のことを捻くれ者扱いするくせに、名雲さんも同類だな……。

 俺もこの曲は好きじゃないから、ちょっとだけ共感しちゃったけど。


 良くも悪くも、根っこの部分は似た者同士なんだろうな。俺たちは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ