第34話 クズな彼女と目隠し
「へぇぁ?」
銀髪女子に遮られて、名雲さんは返事代わりに息を漏らす。
「霊は自分の眼球を探しているのですから、男性では務まりません。同性ペアで体験を希望する場合も、待機中の異性と共にペアを組んでもらっていますので、ご理解ください」
自分に矛先が向いた途端に、名雲さんは顔を真っ青に染める。
ざまあみろ。人を陥れようとするから、痛い目を見るんだぞ?
「それではご案内しましょう。彼女さん、こちらのヘッドフォンとアイマスクを着用してくださいね。私が椅子まで手を引っ張って連れて行きますので」
満面の笑みで道具を渡された名雲さんは、もう逃げることが出来ず。
相変わらず青い顔のまま、大人しくそれらを装着するのだった。
「制限時間は三分です。彼氏さんは入室と同時に眼球探しをして結構ですよ。ではでは、耳塞ぎのために音声を流しますねぇ~」
「ひぃっ!?」
何の音声が流れているのか分からないが、名雲さんは途端に悲鳴を上げた。
今日ほど男に生まれて良かったと思ったことはない。ありがとう、お母さん!
銀髪女子は名雲さんの両手をしっかりと握りながら、器用に武道場の出入り口を開けた。
そこには――。
「血と、眼球に塗れた部屋だ」
赤の世界。壁も床も、真紅に染まっている。
そして武道場の床を埋め尽くすように、球体が転がっている。
眼。眼。眼。一。十。百を超えて千に近い眼球が。
床だけじゃない。
天井や壁にも、まるで俺たちを見つめるようにして大量の眼球が吊るされ、あるいは付着していた。
「この血は……血じゃないな。窓を遮光してから照明に赤いビニールテープを貼っているのか。スリッパが濡れている感じもしないし。だけど、あまりにも眼が多すぎる」
「ご丁寧な感想をいただき、ありがとうございます。ですが彼氏さん。もうタイマーは動いているので早く本物の眼球をお探しになっては?」
「そうだった! いや、だけど……ほ、本物のヒントは?」
「ふふふ。他と明らかに『違う』物がございますので、見つけてくださいませ。彼女さんが『生贄』にならないことを祈っております」
銀髪少女は小さく礼をして、武道場を出ていく。
気付けばこの空間の中央には、椅子に座らされてヘッドフォンとアイマスクを外せないように、手を拘束された名雲さんと、俺だけになった。
「空見君、た……助けて。声が、声がずっと聞こえる」
名雲さんの懇願を聞いて、俺は慌てて足元の眼球を選別していく。
違う物、とは何だ? どれも同じプラスチックの球体でしかない。
壁に貼り付けられた物も、天井から吊るされている物も同じ。
このままだとまずい。時間があっという間に溶けてしまう。
気付けば、照明が突然明滅し始めた。
「な、なんだ……!?」
赤が、黒に。視界が潰れ、暗転する。
それはまるで、『眼』を奪われたかのような錯覚。
点いては、消えてを繰り返して、自分が正常な世界に立っているかが分からなくなっていく。
赤は、血なのか。眼球を抉られた時に、視界に最後に残る色。
「空見君……空見君! 早く、早く眼を見つけて! い、居るから……ここに」
この明滅を見えていないはずの名雲さんが、異様に取り乱し始める。
何故だ? 彼女の『耳』には、何が届いている?
「だ、大丈夫だ! 俺もここに居るから、待っていてくれ!」
「やだ、やだ、やだよ……私の前に、立たないで……お願い、ですから」
名雲さんの弱気、その理由が分からない。
何を見ている。彼女の『眼』に、何が映っているんだ!?
再び、明滅が始まる。赤と黒が交互に俺の視界を狂わせていく。
赤。黒。赤。名雲さん。黒。赤。名雲さん。赤。赤。白。赤。
「……え?」
何だ。今の『白』は?
見間違いじゃない。確かに立っていた。
名雲さんの目の前に、白い着物姿の女が――。
「くそっ! 本物は一体どこにあるんだ!」
がむしゃらに床の眼球たちを払いのけるが、違う物は一切見つからない。
諦めて名雲さんの元に走ろうとした時、つま先に何か柔らかな物が当たる。
「これか……いや、これは」
薄暗い足元には、いつの間にか指が散乱していた。
爪が剥がれ、肉の一部が黒く変色した大小様々な指。
赤。黒。名雲さん。黒。赤。白。白。白。
「やっぱり、居る」
明滅の隙間に現れる。座っている名雲さんを見下すように、長身の女が。
赤い照明を浴びて、現実に存在していた。錯覚でも、演出でもない。
「助けて……助けて、空見君。私、このままだと眼を、失って……」
消え入りそうな悲痛な叫びを受けて、俺は走り出そうとした。




