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第4話 クズな彼女は振る舞いたい-1

 一人きりのアパートで、アラームが鳴る五分前に目を覚ます。


 畳の上に敷いた布団の中で天気アプリを見つめ、晴れなら何も感じず、雨なら憂鬱な気持ちで這い出る。

 そして身支度をして朝を過ごすのが、空見冬斗の日常だ。


「おはよう、空見君!」

「うわぁあああ!?」


 目を開けると、ほぼゼロ距離に女の顔があった。

 霊かと思った。次点で、強盗。

 頭の中がパニックに陥る寸前に、その女が誰なのかをようやく理解出来た。


「な、名雲夏菜……っ!?」


「そうだよ。将来君の貯金を全て管理するイイ女こと、名雲夏菜ちゃんさ」


「二億円カツアゲ計画をマイルドな表現にしやがって……いや、それはどうでもいい! どうしてここに居るんだよ! 部屋の鍵は閉めたはずだぞ!?」


「君は本当におバカさんだよね、空見君。ドアが閉まっているなら、開ければいいだけだろう? 鍵はちゃんと、ここにあるんだから」


 名雲さんは左手を開いて、そこにある銀色の鍵を見せつけてくる。

 どう見ても我が家の合鍵です。さくらんぼのキーホルダーまで付いている。


「いや、何で部屋の合鍵を持っているんだよ!」


「おや? 知らないのかな、空見君? 良好な関係の男女というのはね、部屋の合鍵を渡し合うものなんだよ。今まで恋人とか出来たことない君には分からないか……くふっ」


「笑いを堪えるな。過去の恋愛遍歴を教えてないだろ。それに俺とお前は良好な関係じゃない。合鍵を手に入れた経緯次第では、普通に警察に行くからな」


「ほほう。私が国家権力程度に屈するとでも思うのかい?」


「もしもし? ポリスメン?」


「ごめんなさい、ノータイムでエマージェンシーコールをしないでくれるかな? 別に悪いことはしていないよ。昨日部屋から帰る時に、靴箱の上に鍵が置いてあったから拾得物として私が預かっただけだから」


「お前本当に日本生まれか? 窃盗って言葉、今までの人生でどうやってラーニングしないで生きてこられたのか教えてくれ」


 俺が軽蔑の視線を送ると、名雲さんは「やれやれ」と言いながら鍵をポケットにしまう。

 流れるような動作だ。常習犯か?


「せっかく私みたいな美少女が起こしに来たんだから、君はもう少し嬉しそうにするべきだよ。人を犯罪者呼ばわりする暇があったら、感謝の一つくらいして欲しいね。冗談だとしても、朝からお互い嫌な気持ちになっちゃうじゃないか」


「加害者のくせに被害者ぶる女子、本当に嫌いだ……で? 合鍵を使ってまで、どうして俺を起こしに来たんだ?」


「いや、本当はもう少し寝ていてくれると助かったんだよね」


 そう言って名雲さんは台所に向かい、何かを片手に戻って来る。

 包丁だ。包丁だ? 包丁だ!?


「君が途中で起きちゃったから、隠し通せなくなっちゃった」


「ぇ……あ、ぇえ……? な、名雲さん? あの。な、何を」


「あ、そうだ。私のこと、名雲じゃなくて夏菜って呼んでもいいよ? その方が親密な感じがしてすごくいいと思う!」


「今するような話じゃなくない? 死に際の言葉が『夏菜!』って嫌すぎるだろ!」


「死に際? 私の朝ご飯を、死ぬほど不味いって決めつけるのは流石に酷いなぁ」


「……あ、朝ご飯?」


「うん。君が起きる前に、軽く作ってあげようと思ってね!」


 冗談抜きで殺されるかと思った。

 名雲さんには俺の貯金額を知られているわけだし、有り得ない話でも無い。


「あれあれ? もしかして殺されるかと思っちゃった?」


 見透かすように笑う彼女に、ただ黙るしか出来なかった。


「心配しなくても、私は金目当てで人を殺す女じゃないよ。そうだなあ……私が君に出来ることは、セクシーな身体を使って悩殺するくらい?」


 ほんの少しだけスカートを捲り上げ、太ももを見せてくる名雲さん。

 どちらかというと、思春期男子にはナイフよりも『刺さる』かもしれない。


「……目が怖いよ、空見君」


「ち、違う! そもそも俺はお前をそういう目で見るつもりはない!」


「そうなの? それはそれで価値を低く見積もられているような気もするね。繊細な乙女心を理解しないと、一生一人のままだよ?」


「どうすればいいんだよ、俺は。その太い太ももを褒めればいいのか?」


「私の手元に包丁があること、忘れてない?」


 今度は名雲さんの目が怖くなってしまった。褒めたのに。何が正解なのか本気で分からない。


「いいから布団から出てきて、私の作った朝ご飯を食べるといいよ」


 そう言って名雲さんは俺の部屋を出て、隣の台所に引っ込む。

 抵抗しても無駄だろうし、俺は小さく溜息を吐いて寝間着のまま後を追う。


「……人が寝ている間に、こんなにしっかりと料理をしたのか」


 一人用の小さな座卓には、炊き立ての白米に、具材たっぷりの味噌汁。

 それから厚焼き玉子とウインナーという、典型的だけど嬉しい朝ご飯が並んでいた。


「君は眠りが深いみたいだからね。ちょっと悪戯しても起きなかったのを確認して、じっくりと料理をさせてもらったよ」


「なるほど。今度から玄関のチェーンを忘れないようにしないといけないな」


「ちなみに君の部屋のチェーンが壊れて使えないことも、昨日調査済みだよん」


「完璧な犯行っていうことか。この料理に毒が盛られている可能性も考慮しないといけなさそうだな」


「信用無いなあ。だったら私が一口ずつ、目の前で味見をしてあげようか?」


 信用は無いが、そこまで言われたら信頼するしかないだろう。

 色々諦めて座卓の前に腰を下ろし、用意された箸を手に取る。

 一方で、名雲さんの側には何も置かれていない。


「名雲さんは食べないのか?」


「うん。つまみ食いしていたら、もうお腹いっぱいになっちゃった。食後のデザートも食べたし、大丈夫だよ? チョコプリン、ごちそうさまでした」


「朝食代わりに食べようと思っていたプリンが……!」


「いいじゃない。プリンの代わりに、健康な朝食を食べられるんだから。ほらほら、冷める前にどうぞ」

「はぁ……いただきます」


 呟いてから、俺は適当に厚焼き玉子から食べてみることにした。

 色と形は完璧だ。スーパーの総菜売り場に並んでいても違和感が無い。

 何なら、そこで買ってきたのではないかと勘繰るほどだ。けど、味はどうだろう?


「うん、なるほど……甘いタイプの厚焼き玉子だ」


 おいしい。けど、それを口にしたら何だか負けた気がして頷くだけに留める。

 咀嚼を終えて白米を一口。水が多めの柔らかな炊き具合。

 日本の朝に慣れた人間にとって、とても安心する優しい味わいだ。


「味噌汁も飲んでみてよ、空見君」


 言われるがままお椀を持ち上げて、立ち上る湯気を顔で感じながら啜る。

 使っているのは赤味噌だろうか。塩分が高めで、寝起きの舌でもしっかりと味の輪郭が伝わってくる。

 細切りの大根や厚揚げと、とても合うだろう。


「黙りこくって味わっちゃうくらい、お気に召したみたいだね? あ! もしも自分にお嫁さんが出来たら、毎朝こんな朝食を食べられるんだな……って、感激している?」


「うん。味はおいしいよ。それはいいんだけど……」



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