第31話 クズな彼女は文化祭に未練がある
「文化祭、終わっちゃったね」
十月上旬の放課後。
図書室へ続く廊下の窓を開けて、縁に腕を乗せながら名雲さんが呟く。
その眼下には長い一日を終えて、兵隊のように行列を組んで帰る生徒たちの群れ。
「明日からはまた、普段通りの一日が始まるんだ……」
物憂げに呟く彼女の声は、寂しさを帯びていて。
文化祭なんて、ただ退屈なだけの行事だと思っていた俺にも、感情が伝播する……。
「いや、文化祭が終わったのは一か月前ですけど」
わけが無かった。俺たちの高校は夏休み明けに文化祭が実施されるのが伝統で、今年もその例に漏れず九月の初週、その金曜と土曜に二日間開催され、閉会した。
「うん。だから終わっちゃったね、って。思い出話を君にしていたのさ。空見君のクラスはどんな出し物だった?」
「あなたと同じクラスですよ? 忘れているなら教えてやる。演劇をやりたい女子と、屋台をやりたい男子のグループが対立して、クラスは空中分解。夏休み終盤まで生徒会に【内容未定】のまま申請書を取り下げなかった結果……」
「私たちのクラスはジュース販売……もとい、ただの休憩所になっちゃったんだよね」
教師曰く、毎年一つくらいは【休憩所】になるクラスが出るらしい。
クラス内の不和や準備不足など、理由は様々らしいけど。
生徒会執行部はそれを見越して、事前に販売用飲料と冷蔵機器レンタルの発注をしているという噂がある。
「しかも男女を代表して勝手に対立したグループたち、当日は仲良くペットボトル飲料を売りさばいていたよな」
「巻き込まれた私たちがバカみたいだよね。一年目の文化祭が、彼らのせいで酷い黒歴史になっちゃった」
発言力が強い、所謂クラスカーストトップの連中の揉めごとには、部外者が介入する余地が無いのがリアルだった。文化祭は生徒主導のため、担任も完全放置だったし。
「自分たちを青春ドラマの主役だと思い込んで、クラスメイト一人ずつに価値と役割を決めつけて、グループに『合わない』連中を排他する。ルッキズムとカースト制度に脳を支配されたバカたちの内輪揉めなんか、誰も関わりたくないだろ」
「辛辣だなあ、空見君は。いかにもクラスの端っこで冷笑していそうな意見だ。あそこまで自己陶酔出来た方が青春は楽しいかもよ? 涙を流しながら感情を激しく吐露して、男女間の恋愛と友情、どちらを大事にするか大袈裟に悩むとか」
「同じグループの男子同士で、女を取り合って険悪になるとか? その後スポーツの試合や喧嘩を経て仲直りするとか? 超熱い展開すぎるな。確かに楽しそうだ」
俺たちは対立したグループの連中の顔を思い浮かべながら、彼らがドラマチックな毎日を送っていることを想像してどちらからともなく噴き出した。
「あはは。名雲さんも案外、イイ性格しているよな」
「私は高校生活に理想も幻想も抱いていないからね。その点は、君と同じさ」
言われてみれば、名雲さんは人気のクラス委員長という立場の割には、一軍女子(笑)のようなグループにも属さず、少数の友達付き合いで上手く立ち回っている。
その気になればそれこそ、ドラマの主役のように振る舞えるはずなのに。
「創作でも売り手側が『エモさ』や『アオハル』を誇張することって度々あるけど、あれって意味が分からないよね。そういう感情は受け手側が抱くものであって、押し付けるものじゃない。キャッチコピーに組み込まれた作品は、私はそれだけで選択肢から外すよ」
「分かる。元気の押し売りならぬ、青さの押し付けみたいなやつだな。たまに作品の面白さをぶっ殺しているパターンがあるから、宣伝担当が無能なことも多いけど」
「ちょっと違うけど、映画ポスターに【驚愕のラスト五分! 全てが変わる!】とか入れるパターンも最悪だと思わない?」
「分かる! 実質ネタバレだし、その五分のために二時間前振りに使うのかと思うと、もういいやって感じになるな。逆に前情報無しで見た映画がそのパターンだと、めちゃくちゃ感激したりするんだよなぁ!」
名雲さんは腕を組み、何度も頷き返してくれる。
どうやら悪口と映画の趣味は合うらしい。出会って一か月の新発見だな。
「話は随分脱線しちゃったけど、私たちは本来刻まれるはずだった思い出を一つ、彼らのせいで台無しにされたわけだね」
「そうかもしれないな。俺はあいつらのおかげで、文化祭準備に時間を割かなくて済んだけど」
「そんな冷笑系男子の空見君に、一つ提案してあげよう」
名雲さんはスマホを操作して、駅で撮ったらしい写真を見せてくる。
どこかの高校の、文化祭のポスターだ。開催予定日は週末。
「他校の文化祭を楽しむ、っていうのはどうかな? 君の寂しい青春を、この私が彩ってあげる」
「……またこのパターンか。どうせ金を取るんだろ。実質レンタル彼女だろ、これ」




