第30話 幕間 名雲夏菜に生まれた想い ♯2
予想外の答えだったのか、手賀先輩は「ぇへ?」と気の抜けた声を漏らして硬直してしまった。
私はその手から鍵を抜き取って、空見君にいつもしているような……ほんの少しだけ、意地悪な笑顔を返してあげた。
「鍵、お預かりしますね。手賀先輩。気を付けて帰ってください」
相変わらず呆然としている彼女を放置して、私は図書室へと向かう。
面白い先輩だった。仲良くなれるかは分からないけど(手賀先輩が距離を置きそう)、先輩の知り合いは居なかったので嬉しい。
「……でも、頻繁に図書室に会いに行くのは気が引けちゃうな」
空見君が仕事の度にお邪魔していたら、私が彼を好きみたいだし。
確かに彼のことは嫌いじゃないけど、そういう気持ちじゃない。
私たちの関係を邪推した他人に、この想いを茶化されたくないし、そういう意味でも図書室に行って彼と会話するのは止めておくべきだ。
「中庭のベンチで、動画でも見て暇を潰そうかな」
空見君の家でダウンロードした映画を観ていれば、図書室が閉まる時間まであっという間だし。
他の利用者が居なくなったところに遊びに行って、彼を驚かせよう!
***
「……ん。しまった、寝ちゃっていたのか」
どうやら途中で寝落ちしてしまったらしく、気付けば周りが薄暗い。
手元のタブレットを起動すると、映画はしっかりエンドロールまで終わっていた。
適当に巻き戻してみると、最後の三十分くらいの記憶が丸ごと無い。
この辺りで寝ちゃったらしい。最近、学校で寝落ちしてばっかりだ。
「靴を履き替えて、図書室に行かないと」
ちょっと痺れた脚を引きずりながら、私は慌てて下駄箱へ向かう。
そして上履きを取り出した途中で、耳に聞き慣れた声が入ってくる。
「空見君?」
少し離れた場所で、空見君がクラスメイトの女子と話をしている。
伊藤さんだ。男に馴れ馴れしく接するタイプで、『女子の友達より、男子の友達が多い』ことを自称している厚化粧のギャル。
彼女持ちの男子にも軽々しくボディタッチをするからか、一部の女子からは相当嫌われているらしいけど。
「……なるほど。ちょっとだけ気持ちが分かったかも」
空見君と必要以上に顔を近づけて喋っているのを見て、胸の中に黒い気持ちが広がる。
嫉妬? いやいや、まさか。私はそんなに独占欲が強くないから。
理由は分からないけど、無性に腹が立つ。だから私は――。
「冬斗君。図書委員の先輩が君を呼んでいたよ」
気付けば、彼を名前で呼んでいた。伊藤さんに私たちの関係を匂わせるかのように。
適当な嘘で空見君を図書室に向かわせると、残った伊藤さんは楽しくなさそうな顔で私に近づいてくる。
「もしかしてだけどぉ、名雲さんって空見君とそういう仲だったりするの?」
あえて明言を避けている辺り、意地の悪い女子だなと思う。
まあ、私もそれなりに意地悪だから、これは同族嫌悪みたいなものかもしれない。
「さあね。でも、伊藤さんよりは彼と仲良しだよ」
「は? 別に私は空見君とかどうでもいいし。暇潰しに話しかけただけなのに、何か勘違いしてキツすぎるんですけど。私、名雲さんと違って彼氏持ちだから」
「そうなんだ。私は伊藤さんと違って、彼氏が居たら暇潰しに声を掛けた男子と連絡先を交換しようとは思わないけどね。彼氏と倦怠期なの?」
「……うざ。その絡み、マジでダルいわ」
伊藤さんは上手い返しが思いつかなかったのか、捨て台詞を吐いてどこかへ去って行ってしまった。
ノーダメージを装っているけど、耳まで顔が真っ赤だね?
「無暗に敵を作って、後悔するのはあなた自身だよ。伊藤さん」
実際、彼女は一年生の間ですっかり嫌われ者になっている。
中学時代にイジメをしていた噂があり、彼女が所属するグループの女子たちも、伊藤さんが恐怖政治的に付き合いを強要しているからで、そこに友情関係は一切無い。
「まあ、伊藤さんがどうなっても私には関係無いけど」
私のように誰からも好かれるように立ち振る舞えば、高校三年間を平和に過ごすことは難しくないだろうに。
空見君のような孤立に耐えられる強さと覚悟も、彼女には無いと思うし。
「さて。無駄なことを考えないで図書室に行かないとね」
私はポケットの中にある鍵を確認してから、階段を上り始めた。
「冬斗君は私にどんなリアクションを返してくれるかな?」
胸の中に灯り始めた小さな火に、気付かないふりをして。
ほんの少しだけ頬を上気させながら。
私はいつもの私を演じながら、彼の元へ急ぐのだった。




