第29話 幕間 名雲夏菜に生まれた想い ♯1
空見君が髪型を変えた時、ちょっとだけ嫌な予感がした。
私は自分でも、人を見る目があると思う。
相手の内面を見抜く力はもちろん、容姿についても伸びしろの有無を見分けられるくらいには。
だから、空見君も当然格好良くなると思っていた。
そして予想通り、彼は髪型変えて眉毛をプロに整えてもらっただけで、別人のように魅力的な男の子へ変貌した。
私は空見君からお金を貰って嬉しい。空見君は私のおかげで格好良くなって嬉しい。
今回の取引は、どちらにとっても幸せなものだったはずなのに。
「……いくらなんでも、流石にこれは露骨すぎる」
唐突なイメチェンを決めてきた、クラスのはぐれ者に対して注がれる視線は、分かりやすいほど好奇と好印象に満ちていた。
女子の多くが空見君を見ながら、ひそひそと話の種にしている。まるで肉食動物の群れに弱い草食動物を放り込んだみたいだ。
「全員見過ぎだから。本当に……」
美波ちゃんまでもが、空見君の変化に興味を示すとは思わなかった。
この感じだと、多分図書委員の先輩も大興奮するかもしれない。
いや、別に良いことだと思うよ?
このまま空見君が遅めの高校デビューを成功させて、二年生のクラス替えをきっかけに、彼女や大勢の友達に囲まれる景色は、想像に難くない。
でも、どうしてだろう。
「……面白くない」
自分でも気づかないうちに漏れ出した本音は、誰にも届かないままクラスのざわめきの中に混ざって消えた。
***
放課後。教室でクラス委員の仕事を終えて、下駄箱に向かっている途中だった。
「あちゃー……空見ちゃんに鍵を預けるの、忘れちゃったなぁ」
女子生徒が苦い顔で、ブレザーのポケットから出てきた鍵を見つめている。
空見君と親しい図書委員の先輩だ。名前は手賀、だったかな。
「どうかしましたか?」
つい、声を掛けてしまった。すると手賀先輩は「おほっ!?」と変な声を上げる。
「んわっ……美少女に声を掛けられるイベントが、我が人生で起きるなんて! いやいや、これは罠かもしれない。リア充たちが陰キャを嘲笑うために、何らかの罰ゲームで声を掛けているに違いない……ッ!」
「あ、あの? どうかしましたか?」
「しかし昨今は百合作品のブームもある……目の前の美少女がそれに触発されて、ウチのような先輩女子を手籠めにしようとしているのでは? でもウチには既に可愛い後輩男子が居るから、そのような甘いイベントが発生してもフラグが立つはずが無いのでは!」
思った以上に変な人だった……空見君はこの人と仲良し、なんだよね?
けど、よく見たら可愛い人だ。
本人が自虐する程度には地味だけど、お洒落を諦めて自分の魅せ方を考えてないだけなのかも。
そういうところも、空見君に似ている。
「よし、覚悟を決めた! う、う、ウチに何の用かな! 美少女JKちゃん!」
「……ええっと、何かお困りのようだったので、つい。その鍵がどうかしましたか?」
「へ? それだけ? あ……別に大したことじゃなくて。鍵を図書委員の後輩に預けるのを忘れちゃって、戻るのが面倒だと思っていただけでね?」
「なるほど。私、図書室に用事があるので届けに行きましょうか?」
「ガチぃ!? すごく助かるー! やっぱり美少女って内面の清らかさが顔に出るのかもしれないなぁ……上履きを見るに、あなたは一年生だよね?」
手賀先輩は私の上履きを一瞥してから尋ねる。
私たちの学校は学年ごとに上履きの色と、体育で使うジャージの色が異なっていて、それで相手の学年を判断することが出来る。
「はい。一年の名雲と言います。先輩は……二年生ですよね?」
「そうだよん。あ、自己紹介が遅れちゃったけど、私は手賀って言うの。よろしくね。一年生だったらさ、空見冬斗っていう男子を知らない? ウチが可愛がっている後輩なんだけど……知らないか。あの子も中々の隠れキャラというか、ウチの同族だし?」
「知っていますよ、空見君とは同じクラスなので」
「おお、これは偶然ですな! ちなみにどういったご関係で? 単なるクラスメイト?」
手賀先輩は興奮した様子で、私の言葉を待つ。
可愛い後輩に女子の知り合いが居るのが分かって、楽しくて仕方ないのだろう。
あるいは、不安なのかも?
「クラスメイト以上、恋人未満。ですかね」




