第16話 幕間 名雲夏菜のある密かな想い
「今日は何だか、楽しかったな」
私は誰も待っていない家に帰って、手洗いを済ませて自室のベッドに転がる。
口の中が普段とは違う、奇妙な甘さを残している。
空見君と最後に食べた、『おとくでっせ』の味だろう。
幼い頃から、大好きだったチョコレートの味。
「……あの駄菓子屋、潰れちゃうんだ」
幼稚園に通っていた頃、お母さんと一緒に度々足を運んでいたお店。
一度だけ、お母さんに黙って一人で駄菓子屋に行った時は楽しかった。
だけど買い物を終えて急激に不安になって、一人ぼっちなことが怖くて仕方なかった。
そんな時に、楽しそうに『ねりあめ』を練っている男の子を見つけて。
二人で夕暮れまで遊んで、家の近くまで一緒に手を繋いで帰った記憶がある。
名前も何も知らない……そんな、あの子が。
「もし空見君だったら、どうしよう」
私たちは幼馴染っていうことになる。なるよね? 一度だけって言っても、そこで繋がりが生まれたんだから。
うん、部分的にそうだ。じゃあ、幼馴染ってことで。
「ラブコメだったら勝ち確だから、幼馴染ってずるいよね。何の苦労もせずに二億円をゲット出来ちゃうわけだし」
ゼロから関係を構築するって、実は大変なんだよね。
警戒心の強い彼に学校で話しかけたら、それだけで避けられそうだし。
だから水を被るっていう奇行で彼の興味を引いたんだけど。まあ、失敗して引かれたんだけど。
ずぶ濡れ美少女に声をかけるのって、定番シチュだって聞いていたのになぁ。
「だけど多分、空見君は私のこと……嫌いじゃない、よね」
駄菓子屋デートって言ってくれたし。つまり異性として見られている。
貯金を狙う悪女じゃなくて、可愛い同級生として!
「だったら幼馴染じゃなくても、勝算はあるはず」
私はどうしても、彼と親密にならなきゃいけない。
その動機が不純だと誰かに蔑まれたって、構わない。
私が前に進むには、空見冬斗の存在が必要不可欠なのだから。
「でも、彼と遊ぶのは単純に楽しいかも?」
通学路に居る野良猫が、何か月もかけてやっと撫でさせてくれたような。
あるいは、毎朝水をかけていた植物にようやく花が咲いたような。
そういう類の達成感がある。
「ふふっ。私は結構、空見君のことがお気に入りみたいだ」
そんなことを思っていると、腹の虫が小さく存在を主張する。
結構駄菓子を食べたつもりだったけど、私も大人になったのかな。
「よーし。今日はいつもより丁寧な夕食を作ろうかな!」
キッチンに向かいながら、レシピを考えてみる。
空見君が感心するような、凝った料理って何だろう?
次の機会があるかは別として、彼に料理の腕前で負けたのがやっぱり悔しい。
私は今日も女子力を高めるために、冷蔵庫の食材たちと向き合うのだった。




