第11話 クズな彼女は駄菓子屋に行きたい
「空見君、駄菓子屋に行こう」
図書室での出来事から、二日後。
アパートの自室に入ろうと鍵を取り出す俺に、突如現れた名雲さんが変な提案をしてきた。
「急に現れたことはさておき……そもそも、何で駄菓子屋?」
「昨日の夜にインスタで駄菓子の画像を見ていたら、食べたくなってね。夜中にご飯の画像を見て食欲が湧いてくるアレと一緒だよ。何だっけ、メスガキみたいな呼び方のやつ」
「メシテロな? 記憶力が絶望的すぎる。脳トレとかしたほうがいいぞ。しかしインスタと駄菓子って組み合わせがミスマッチだな」
「そんなことないよ。どっちもチープで子供騙しなものという共通点があるよ」
「ナチュラルに駄菓子を見下している奴が駄菓子屋に行こうとするな。少なくとも駄菓子は安い値段で子供を精一杯楽しませよう企業努力をしているだろ」
「そうだね。一方でインスタは子供騙しというか、承認欲求の強い子供みたいな人間が楽しむ場所だもんね」
「名雲さん、今日は世界中の敵と戦いたい気分だったりする? やってないから分からないけど、あれにはあれの良さや楽しさがあるんだろう……多分」
俺はSNSを一切やっていないから、軽率に批判も出来ない。
名雲さんはキラキラした写真や動画をたくさん上げていそうだな。
「かもね。私もアンチSNSだから分からないけど」
「ただの偏見だったのか……その割に利用はしているんだな」
「見る専でアカウントくらい作っておかないと、友達関係で面倒だからね。それより、君の部屋にリュックを置いていってもいいかな? 財布だけ持って駄菓子屋に行こう!」
「え? 行かないけど?」
「……なんでぇ?」
可愛く首を傾げる名雲さんを尻目に、俺は部屋の鍵を開けながら答える。
「駄菓子で喜ぶ年齢じゃないし、興味も無い。それだけだよ」
「あーあ、大人ぶっちゃって。空見君がモテない理由が濃縮されているね。女の子がどこかに行きたがっている時は、黙って手を握らないとダメだよ? そしてその手にこっそり万札を握らせてあげると満点かな」
「孫にお小遣いを渡す時のお祖母ちゃんかな? 奢らせるつもりならもっと嫌だよ。二億円あっても他人にばら撒くような人間じゃないぞ、俺は」
「ふふふ。もちろん、タダで君に奢ってもらう気は無いよ! あれ……? 奢ってもらうつもりなのに、タダではない? 何か変な表現だね、これ」
「ややこしいけど、奢ってもらう代わりに何かしてあげるってことか?」
「その通り! 実は内緒にしていたんだけどね、空見君」
名雲さんは右手を広げて、その小さな手のひらを見せつけてくる。
「実は私は魔法使いなんだ。それを今から、君に証明してあげる」
***
「ここの駄菓子屋、随分久しぶりに来たよ」
俺と名雲さんは鞄を部屋に置いて、徒歩で十分くらいの場所にある駄菓子屋に来ていた。
「そうなのか。俺も小さい頃は何度か来ていたよ。ここから実家が近いから、親に小遣いを貰って買いに来るとか、買い物帰りに寄るとかで」
「ふむふむ。実家が近いなら、ご挨拶をしていかないとね」
「何の挨拶だ? 息子さんから貯金を巻き上げます、っていう犯行声明を叩きつけるつもりか?」
「菓子折りも用意出来て一石二鳥だと思わない?」
「親への挨拶に駄菓子を持ってくるのは挑発だろ。実家が駄菓子工場を経営していてもギリギリ殴られるレベルだぞ」
まあ、うちの親は暴力嫌いで夫婦喧嘩の時も互いに手を出さない人たちだけど。
「そうかな? 息子が可愛い女の子を連れてきたら、『うまい棒』詰め合わせセットでも涙を流して喜ぶんじゃないかな? さあ、中に入ろう」
店内に入ると、駄菓子屋特有の乾いた複数の匂いを感じた。
スチール棚に置かれた菓子の梱包箱や色褪せたプラモ。何十年も使われているような備品。
他人の家のような匂い。その中に少しだけ、菓子の甘さが混じっているような。
「懐かしいな。何も変わらない」
一軒家の一階部分を店舗にしている、よくある形の住宅併用のお店。
入って一番奥にレジがあり、そこで店主のお婆ちゃんが小型テレビを見ている。
夕方のワイドショーが面白いのか、口の端だけを上げて笑っているのが何だか微笑ましい。
「あのさ、空見君。あのお婆ちゃん、私が子供の頃から相当なお婆ちゃんだったんだけど……」
「ああ、俺も覚えているよ。全く老けていないのが怖いな」
「私たちが入ってきたの、気付いてないのかな? 試しに大声を出してみる?」
「主張の仕方が害獣すぎる。その大声で心臓発作を誘発したらどうする気だ」
小さな声で会話している俺たちだったが、相変わらず店主はこっちを見ない。
まあ、会計する時に嫌でも気付くだろう。
俺たちは菓子の陳列棚を眺めながら、話を続けた。




