第9話 クズな彼女は知りたがり-1
これも悪ふざけかと思ったけど、耳まで顔を赤くして口元を隠している辺り、本当に恥ずかしいのが伝わってきた。
「言わないし、女子一人くらい重いと思わないよ。口が滑ったら後頭部を引っ叩いてくれてもいいから」
「本当に? 怒りで手が滑って首を絞めても平気?」
「絞められないように口は閉めておかないと……座ったままでいいから、鞄だけ背負ってくれ。準備が出来たらしゃがむから、おぶさってくれ」
手早く荷物をまとめて、名雲さんは俺の両肩に手を乗せる。
それを合図に彼女の膝裏に手を入れて、極力痺れた脚に触れないように立ち上がった。
「ひっ、ん……っ! そ、空見君。もうちょっと優しく、して」
「変な声を出すな。ただでさえ無人の図書室で男女が二人きりなんだ。見回りの先生に発見されたら誤解を受けて一発アウトだぞ」
「もしそうなったら君に責任を被せて慰謝料を貰おうかな? 二億円くらい」
「まさかそれを計算した上で、俺におんぶさせたのか……?」
額に冷や汗が滲むのを感じながら、名雲さんを振り落とそうか悩んだ。
だけど彼女はすぐに「違うよ」と笑いながら否定する。
「これは君の善意に甘えているだけ。しかし君はあれだね? お金を巻き上げようとする女子に積極的に関わろうとする辺り、自虐が好きなのかな?」
「そんなわけあるか。ただ……この前、色々思う所があってさ」
名雲さんを背負ったまま図書室を出て、照明の消えた薄暗い廊下を歩く。
完全下校時刻を過ぎたせいで、消灯が始まったのだろう。
夜になりかけた外の世界が、俺たちの行く先を僅かに照らしている。
「色々って? 私の料理で、君の胃袋を掴んじゃったかな?」
「……あのさ。あの日の俺、ちょっと感じ悪かっただろう? 名雲さんが下心丸出しで朝食を振る舞ったとはいえ、味が濃いとか余計なことを言う必要は無かった。『おいしい』って言葉だけを伝えれば良かったんだ。だから……まあ、そういう話だ」
言いたいことが伝わったかは分からない。俺たちの間には沈黙が流れる。
二人分の重みを乗せた上履きが、歩く度に音を鳴らす。
誰も居ない廊下に、それ以外に響くものは無い。
「あれ? あれれー? もしかして空見君、私が君の言葉で傷付いたと思っちゃったのかな? もしくはデレ期? 即落ち二コマ並みのちょろいツンデレだったのかな?」
顔を見なくても分かる。笑いを滲んだその声で、こいつがどんな顔をしているか。
今なら振り落としても文句を言われないくらい、ムカツク顔だろうなぁ……!
「うるさいな。俺がその気になったら、痺れている足を全力で揉んでもいいんだぞ」
「揉みたいならどうぞご自由に。十分揉み放題コースは百万円になります」
「自分の価値を高く見積もりすぎだろ。自己肯定感の塊から生まれたのか?」
「竹から生まれたかぐや姫みたいに? じゃあ君が私にとっての帝になって、無茶な要求を叶えてくれるのかい?」
「出会った時から無茶な要求しかしてないだろ、お前は。マジで前世がかぐや姫でも驚かないぞ」
竹取物語では求婚を遠回しに断るために、かぐや姫が無理難題を提示したんだっけ。
古文は得意じゃないから間違っているかもしれないけど。
「心配しなくても、私は君の言葉で傷付いたりしないよ。逆に口に合わないのに無理して食べてもらう方が嫌かな。素直に喜んで、普通にお金を払って貰う方が気持ちいいし」
「はいはい、そうですか。どうせ二度とお互い料理を振る舞う機会なんて無いから、別に何だっていいよ」
「君が望むなら私が三食全部作ってあげるよ。もちろん」
「お金は払って貰うけどね。だろう?」
台詞を奪ってやると、名雲さんは「ばれちゃった! あはは!」と軽快に笑う。
青白い廊下に、俺たち以外の声は無い。
学校どころか、世界中の人たちがどこかに行ってしまったんじゃないかと錯覚するくらい、静かだった。
「ところで空見君。君がカウンターで楽しそうに話していた女子は誰か教えてくれる?」




