表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「おばけ退治は恋のあとで~白髪の姫と八尾の月夜~」

挿絵(By みてみん)

神宮寺雫


第一章 転校生は留学生

秋も深まる十月、神道ゆうが通う星見ヶ丘高校に、一人の転校生がやってきた。


「神宮寺雫、十七歳。よろしくお願いしますね」


黒板にそう書いた少女は、白い髪を長く伸ばし、緑がかった瞳を静かに伏せていた。制服の上にベージュのカーディガンを羽織り、首元には古風な緑のリボン。どこか浮世離れしていて、教室中が息を呑む。

ゆうは、ただ一人、彼女の正体を知っていた。


(……あれは、神宮寺家の“雫姫”だ)


神道の名家、神宮寺家。その直系で、しかも“おばけ退治”の当代随一の使い手。ゆうの父が宮司を務める星見神社とも、古くから縁がある。

放課後、境内にある社務所で、雫は無遠慮に上がり込んでいた。


「久しぶりね、神道くん」


「十年ぶりか。……相変わらず、挨拶もそこそこに人の家に入るんだな」


「だって、あなたの家は私の第二の家みたいなものだもの」


雫は微笑みながら、懐から小さな鈴を取り出す。それは“招霊の鈴”――良い霊を呼び、悪い霊を祓う古の神具だった。


「今回は長期滞在よ。日本に、ちょっと厄介な“八つ尾”が出没しているって聞いたから」


八つ尾――九尾になり損ねた、たぬきの化け物。人の願いを食らい、恨みを増幅させ、最後には街ごと呑

み込むと言われる。


ゆうはため息をついた。


「……俺も巻き込まれるのか?」


「もちろん。だって、あなたは私の“相棒”でしょう?」


雫は悪戯っぽく笑った。その笑顔に、ゆうは十年前の夏祭りの夜を思い出した。まだ小学一年生だった雫が、初めて一人で悪霊を祓い、泣きべそをかきながらゆうに抱きついてきた、あの夜を。


第二章 良いおばけと、悪い願い

それから二人は、夜な夜な街を歩くようになった。

雫は驚くほど優しかった。学校の裏山に住む子どもの座敷童を傷つけないよう、わざわざお団子を供えて退散させたり、川辺で泣いていた河童の子どもに、新しい帽子を編んでやったり。


「悪い霊だけを祓えばいいわけじゃないの。良いおばけだって、寂しがってる子はたくさんいる」


そんな彼女の横顔を見ていると、ゆうは胸が締めつけられるような気持ちになった。

ある夜、二人は廃墟となった遊園地に呼ばれた。そこには、三十年前に事故で亡くなった少女の霊が、ずっとメリーゴーランドに乗っていた。


「もう帰らなくちゃ。お母さんが待ってるから」


雫は優しく少女の手を取った。


「うん。でも、最後に……誰かと一緒に乗りたかったな」


少女の願いを聞いた瞬間、ゆうは自分の手を差し出した。


「なら、最後の一回だけ、俺と乗ろうぜ」


メリーゴーランドが回り始める。雫が鈴を鳴らし、少女は涙を浮かべて笑った。

――ありがとう。

光となって昇華していく少女を見送りながら、雫がぽつりと言った。


「神道くんは、本当に優しいね」


「……お前が優しすぎるだけだ」


雫はくすりと笑って、ゆうの腕に自分の腕を絡めた。


「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」


その言葉に、ゆうは答えられなかった。答えられない理由が、自分でもわかっていたから。


第三章 八尾の影

十一月に入り、街で異変が続いた。


「誰かに願いを叶えてもらったのに、なぜか不幸になる」


そんな噂が広がり、雫とゆうは原因を突き止めた。

――八つ尾のたぬき。


九尾になれなかった悔しさから、人の願いを歪めて食らう化け物。すでに七つの尾を人の恨みで肥大化させ、最後の一つの尾を完成させようとしていた。

決戦の夜は、満月だった。

場所は、星見神社の裏山――古くから“妖怪の境界”と呼ばれる場所。

八尾のたぬきは、巨大な影となって現れた。


「願いを……もっとよこせ……九尾に……させてくれ……!」


雫は鈴を振り、ゆうは神剣“草薙”を抜いた。

戦いは苛烈だった。八尾の尾の一振りで木々が薙ぎ払われ、雫が吹き飛ばされる。ゆうが庇おうとすると、今度はゆうが血を吐いた。


「神道くん!」


雫の声が震える。

八尾は笑った。挿絵(By みてみん)


「お前たちに、私の孤独がわかるか? 九尾になれず、永遠に化け物扱いされるだけの存在に……!」

その時、雫は鈴を置いた。武器を捨てて、たぬきの前に歩み寄る。


「……私には、わかるよ」


八尾が驚いたように身を引く。


「私もね、ずっと怖かったの。“おばけ退治の神宮寺”って肩書きばっかりで、誰も本当の私を見てくれないって。だから、良いおばけすら怖がって逃げちゃうって……」




雫はゆっくりと、たぬきの巨大な顔に手を伸ばす。


「でも、この子は違った」


雫はゆうを振り返った。


「神道ゆうは、私のことを“雫”って呼んでくれた。怖い神宮寺家の子じゃなくて、ただの雫として、そばにいてくれた」


ゆうは、血まみれのまま微笑んだ。


「……俺だって、お前がいなきゃ、ただの神社のボンクラ息子だよ」


雫は涙をこぼしながら、たぬきの額に額を寄せた。


「ねえ、あなたも……誰かに名前を呼んでほしいんでしょう?」

八尾の巨大な体が、震えた。


「……たぬ吉……昔は、そう呼ばれてた……」


雫は優しく微笑んだ。


「たぬ吉さん。一緒に、九尾になろう? でも、それは誰かを傷つけるためじゃなくて……誰かを幸せにするための九尾に、なろうよ」


たぬ吉の八つの尾が、光に包まれた。そして、最後の一つの尾が――人の優しさで、純白に染まった。


「ありがとう……雫ちゃん、ゆうくん……」


たぬ吉は小さくなり、昔の可愛らしいたぬきの姿に戻った。そして、満月の下で、本当の九尾の狐へと昇華していった。


最終章 白狐と、神の息子

事件が解決して、数日後。

星見神社の境内、紅葉が舞う中で、雫は言った。


「ねえ、神道くん。私、日本に残ろうかな」


「……どうして?」


「だって、私の大事な人がここにいるから」


雫は恥ずかしそうに微笑みながら、ゆうの手を取った。


「これからも、ずっと一緒に……おばけ退治、しようね」

ゆうは、ようやく素直に答えた。


「ああ。……ずっと、そばにいる」


二人は重ねた手を、ぎゅっと握りしめた。

その向こうで、新しく九尾になったたぬ吉が、こっそり微笑んでいた。


――どうやら、良いおばけも、悪いおばけも、みんな少しだけ寂しかっただけらしい。

そして、星見ヶ丘の秋は、静かに、優しく終わっていった。

(終わり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ