思春期の1コマ ~ I guess everyone does ~
私は今、回顧録なるものを描くように出版社にお願いされた。
普段は看護師として働き、時に捨てきれなかった夢、動画配信者として、今まで生きてきた。
いつの間にか、ちょっとした有名人になっていた私は、ひょんな事から出版社に回顧録を描くことを依頼された。
私の過去なんて、それこそ、黒歴史だ。
そんな出来事を喜んで読む人がいるのだろうか?
「トイレ行ってくる。そろそろ向かおうよ?」
「うん、わかった。」
カフェで、そう返事をすると、過去の友達のエピソードを思い出したー
ー20年前
中学校に入学した当日、私は何より新しい学校生活に馴染むための緊張感に満ちていた。
校門を入った先に、クラス分けの表が貼り出され、自分の名前を探す人でごった返していた。
自分の名前の他に、知ってる名前を探す。同じクラスに知り合いがいないかという希望。
「綾子?」
「あ、」
小学校の頃に、イベントやらで何回も関わったが、同じクラスになることはなかった。
「何組?」
「3組だよ。」
「あ~。違うね…一緒なら良かったね。」
残念な気持ちと、少し立ち話をするとすぐに別れ、とりあえず教室へ向かった。
朝のホームルームを終えると、その中の話に出た部活の選択だ。
陸上部にしようと、何処かで決めていた私。今日、この後、見学へ行こうと思うが、陸上部に行く人は見当たらない。
私は1人、見学へ向かう。
陸上部へ着くと、もう1人、見学者がいた。
「見学に来た?」
「うん、そっちも?」
「うん…」
お互い1人で来たことが分かると、何故かホッとする。
「一緒に入る?」
私は思い切って、そう声をかける。
「あ、うん。私も1人じゃ不安だったから。」
こうした窮地は、選択肢によって活路を見出だすものだ。
「私は文子。由良文子。」
「え、私も綾子だよ?」
「え?文に子だよ?」
「あ、違う…」
「あはは…」
この時から、何処か意気投合した私達は、連絡先を交換し、仲良く学校生活を過ごすようになった。
「珍しいよね、文子。」
「ブンちゃんでいいよ。」
「ブンちゃんって…」
私は失笑しながらも、ブンちゃんと呼んだ。
「綾子は普通に綾ちゃんだね?」
「そうだね。面白味がないけど。」
「それが普通だし。普通ほど贅沢なことないよ?」
「そっか…」
私はどこか知的な文子をリスペクトしてた。
文子も、私の思い切りの強さや、運動神経の良さを羨ましがっていた。
しかし、今にして思えば、こんな仲の良い二人の関係性も、条件が整っていたからだとドライな目線で振り返ってしまう。
スマホで夜もメッセージのやり取りをするほど仲良くなると、私はそのラリーを延々と繋いだ。それが1日の日課にもなり、楽しみでもあった。
数ヵ月がたち、私達は色々な事を話すようになった。そして、今日は文子が珍しく相談してきた。
「最近、親が煩くてさ。」
「え?ブンちゃんの親煩いの?」
「うん、テストとかもそうだけど、普段から勉強の事は煩いの。」
「えー、意外。」
「最近はスマホやりすぎだとか、干渉してきてさ…」
「あ、ごめんね。大丈夫?」
「あ…いいんだよ、綾ちゃんは。ただ…あまり返せないかも…」
「いいよ。返せなくてもいいから、送るだけ送るね。」
「あ、うん。」
私はそんな文子が、どういう意図でこの話をしてきたのか、この時まだ知る由もなかったが。
中学2年になり、私は部活で副キャプテンとして活躍し、部員をまとめていた。そんな矢先、ブンちゃんが元気ないことに気付く私は、声をかけた。
「どしたの、元気ないね?」
「前、カラオケ行ったじゃん?」
先日、私と文子は、後輩2人と4人でカラオケにいった。
「テストの結果も良くないのに、遊び歩くなんてって煩くて…」
「そうなの?ごめんね…」
「折角、綾ちゃんと仲良くなれたのに、悪い友達とは付き合うなって言うんだよね…」
「そんな!」
「いいの。ただそう言われて、何も言い返せなくて…テストの結果、悪かったのも事実だし…」
文子は俯いて話す。
「私なら親友にそんなこと言わせない!例え親でも!」
「…綾ちゃんのこういうところ、スゴいよね。羨ましい…」
笑顔で返す文子だが、どこか儚く、哀しそうに見えた。
中学3年になると、私はいつも文子と過ごしていた。その頻度は更に増えるも、意外な出来事が起こる。
「え?ブンちゃん塾行ってるの?」
「あ…う、うん。」
「知らなかった…私も親に塾行けって言われてるんだけど、断ってたんだ…」
「そうなんだ?」
「決めた!」
「何が?」
「私もブンちゃんと同じ塾に行くよ!」
「え?でも…まあ、厳しいし、夜遅くなるし…」
「ブンちゃんと一緒なら平気よ~!」
私は楽観的に考え、体験入学の応募をした。
予想通り、ブンちゃんと同じクラスになるや、帰りも一緒に帰っていた。
しかし、問題が起こる。
ブンちゃんの母親から、私の母親へ、苦情の電話が来たのだ。
勉強で日々忙しいのに、部活の帰り、休みの日、塾にいる時まで、果ては寝る時間にすら図々しくも入り込み、時間を奪うのだと。
私は翌日、直ぐにブンちゃんに訪ねた。
「どういうこと?まるで私1人が悪者みたいに...」
「…じゃん。」
「え?」
「断わってたじゃん…でも綾ちゃんは、それでもいいからって、どんどん私にパスを出して。無視できるわけないじゃん。」
「そんなに嫌だったの?だって親に煩くいわれるからって、ブンちゃんも愚痴ってたから…」
「それくらい綾ちゃんの事を怒られてたの!気付いてよ…」
「ブンちゃんはそれでいいの?」
「いいよ!だって勉強して良い学校に入らなくちゃ人生ダメになるもん。」
「酷い…!」
「でも、ホントだよ?綾ちゃんは将来をちゃんと決めてるの?」
「それは…でもブンちゃんとずっと親友でー」
「私は嫌なの!」
「…!」
「私は、そういう子どもみたいな感情で、大事な進路を決めたくない。綾ちゃんは、そういう意味では親友でもない、悪い友達でしかない…」
「お母さんの口真似?酷いよ。」
「違う。私の気持ちだよ。私を大事に思うなら、この気持ちを酌んでほしい。」
凄まじいショックに、当時の私は寝込んだ。
確かに、私は『私の楽しい』を強要していたし、理解してもらっていた。
それがブンちゃんの『楽しい』だと思っていたから。
しかし、こんな思春期の1コマさえも、今の私には出来事の1つでしかない。
その出来事は、当時の私には地獄のような現実だったが、ブンちゃんとは、中学校を卒業し、会うことはなかった。
そして高校、専門と、友達は入れ替わり、それでも、悲劇と別れは繰り返し、また、新たな喜楽と出会いが待つ。この先もきっとこの繰り返しなのだろう。
しかし、どんな別れをしようとも、過去という自分の経過を現す標は、掛け替えの無い財産となる。
誰もが皆、そうなのではないだろうか?
ーーー
「トイレ、凄い混んでたよ。どう終わった?もう行こう?」
「うん、わかった。」
「もう、遅刻になるよ?私は先に同窓会、行ってるよ?」
「あ、待ってよ、ブンちゃん。」
ーカラン…
飲み終えたコーヒーの氷が、音を立てる。
友情というテーマで短編、かつ短くわかりやすい話にしたかったので、苦労しました。しっかりと描くとなると、それはそれで経過を描く上で長くなるものだと学びました。
最近、自分の中では友達とは移りゆくものだと感じています。
永遠の親友、というのも存在するのでしょうが、個人的には有り得ないものと思っています。
人間は常にステージがあり、そこで披露するネタを常日頃練習している…そこには助けてくれる家族や、恋人、友達がいるのでしょう。
しかし、ステージが変わればそこには次の披露するネタに変わり、面子も一新されていく。
ステージとは学生から社会人、出世、結婚、育児、そして老後など、移り変わります。
その時、価値観を常に共にできる人はいない。それは自分の人生であるからだと、個人的には思います。
ただ、理想的には一度別れても、復縁し、一生の付き合いになることもあるでしょう。
この話の最後に、綾子はブンちゃんと仲直りしているシーンを付け足しました。
こういう収め方が、1つの理想であると思います。
皆さんの友情はどんな形でしょうか?




