表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
阿吽  作者: 北天の護人
17/22

第十六章 正見

正見しょうけんとは、ものごとを正しく見ること。

承久3年(1221年)、後鳥羽上皇は、鎌倉幕府の執権・北条義時を討つべく、全国の武士に院宣を発した。

「武士の本義は、朝廷に仕えることにある」――そう信じた上皇は、京都の貴族と西国の武士を糾合し、挙兵した。


だが、鎌倉は揺るがなかった。

北条政子は、亡き源頼朝の恩を語り、武士たちに団結を呼びかけた。

「故頼朝公の恩は山よりも高く、海よりも深い」

その言葉に動かされた東国武士たちは、北条泰時を大将に、十万を超える軍勢で京へと進軍した。


戦は一月足らずで終わった。

宇治川、瀬田川の戦いを経て、幕府軍は京を制圧。

後鳥羽上皇は隠岐へ、順徳上皇は佐渡へ、土御門上皇は土佐へと流された。

朝廷の権威は地に落ち、幕府は京都に六波羅探題を置いて監視を強めた。

以後、天皇の即位すら、幕府の意向なしには叶わぬ時代となった。


武家の世は、北条義時によって、いよいよ揺るぎないものとなりつつあった。

かつて源頼朝が築いた政権は、今や武士の手で完全に掌握されていた。


その年の晩秋、運慶は静かに旅に出た。

老いた身を押して、かつての兄弟弟子・快慶が彫った仏像を訪ね歩くためだった。


名もなき村の片隅にある地蔵堂。産屋の阿弥陀。井戸端の観音。あぜ道の地蔵。

どれもが、語らず、ただ「在る」仏だった。怒りでも守りでもない。祈りのかたち。


運慶は、像の前に立ち、静かに思った。。

かつて自らが彫った金剛力士像のような力強さは、そこにはなかった。

だが、その静けさの中に、深い問いが息づいていた。


「これは… これが……祈りなのか」


快慶の仏像は、すでに世に聞こえていた。

重源の庇護のもと、庶民の祈りに寄り添う仏として、多くの人々の心に残っていた。

運慶は、その像の一つひとつに手を合わせながら、かつての問いを思い出していた。


「守るためか。祈るためか。己のためか」


そして、奈良・光林寺。快慶が新たに彫った阿弥陀如来像が安置されたと聞き、運慶は最後の力を振り絞って足を運んだ。


堂内は静かだった。

運慶は、像の前に立ち尽くした。阿弥陀如来は、柔らかな微笑を湛え、すべてを包むような気配を放っていた。

怒りでもなく、守りでもなく、ただ寄り添う祈りの形。


「快慶……」


運慶は、像の頬の線を目でなぞりながら、かすかに呟いた。

かつて南大門でともに金剛力士像を彫った日々が、ふと脳裏をよぎる。

あの時、快慶は言った。


「これは祈りではない」


その言葉の意味が、今ようやく胸に染み入るようだった。


「祈りとは、怒りを超えたところにあるのか……」


運慶は、像の前で静かに合掌した。掌の中に、かつての問いが蘇る。


「守るためか。祈るためか。己のためか」


その問いに、像は何も語らなかった。ただ、在った。


運慶は堂を出ると、振り返らずに歩き出した。

風が木々を揺らし、落葉が足元に舞った。

その夜、運慶は夢を見た。快慶が、庶民の祈りの中に立っていた。

その背は、かつてよりもずっと大きく見えた。


八正道とは、迷いを断ち、心を整え、正しく生きるための実践法。


正見  正しく物事を見る(真理を知る)

正思惟 正しく考える(偏らない心)

正語  正しい言葉を使う(嘘や悪口を避ける)

正業  正しい行いをする(悪い行動をしない)

正命  正しい生活をする(正しい仕事・生き方)

正精進 正しい努力をする(怠けず、やりすぎず)

正念  正しい心の持ち方(今ここに集中)

正定  正しい瞑想・心の統一(心を安定させる)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ