第十二章 離縁
離縁とは、ご縁を切ること。
建仁3年(1203年)、東大寺南大門。
金剛力士像(仁王像)阿形と吽形。
この仏像制作を命じたのは重源であった。
阿形は運慶と快慶。吽形は湛慶と定覚。
わずか六十九日で彫り上げた巨像。
この仁王像以前に、集団でこれほど巨大な木の仏像を作ったと言うのは、仏教美術史において前例がなかった。
開眼供養の日、南大門には人々が押し寄せていた。
武士、貴族、僧侶、庶民――誰もがその巨像の前で立ち、言葉を失っていた。
その圧倒的な造形の力。
怒りのエネルギー。武の覚悟。
それらが像に宿っていた。
快慶は、像の前に立ち尽くしていた。
快慶の胸には、言葉にならない違和感があった。
「これは……祈りではない」
運慶は、何も答えず、ただ阿形を見つめている。
像の完成までの過程で、運慶は多くの弟子を束ね、材を集め、工程を管理し、まるで軍を指揮する将のようだった。その統率力、組織力は、慶派の棟梁らしく非凡なものを見せていた。
そして決断力――快慶が完成したと思った瞬間、手の動き、筋肉の盛り上がりなど、運慶は修正したのだ。
快慶は目の当たりにしながら、自分には到底できないと悟った
「私には……彫ることしかできない」
その夜、快慶は誰にも告げず、南大門を離れた。
逃げるようにして。
運慶はその背を見送ったが、言葉をかけなかった。
この時の運慶には、快慶の気持ちを理解することはできない。
快慶はただ一人、その道を進みながら、心に刻んでいた。
「祈りは、怒りの中には宿らない」
また一方、運慶もただ一人、孤独な道を進み始めたのである。
その沈黙の中に、二人の道は分かれて行った。
法然は、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、誰でも救われると教えたお坊さん。日本の仏教「浄土宗」をつくった人。
阿弥陀如来(阿弥陀仏)は、限りない光と命を持つ、すべての人を救う仏さま。主に浄土宗・浄土真宗で信仰されていて、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、誰でも極楽浄土に往生できるとされる、慈悲深い仏様。
「ただ犀の角のように進め」は、仏教の古い経典『スッタニパータ』に出てくるお釈迦様の有名な言葉で、「犀の角のように、ただひとり、まっすぐに進め」という意味。
「人に流されず、自分の信じる道を、ひとりでも進め」
「迷いや執着から離れて、静かに、力強く生きよ」
という仏教的な生き方のすすめ。




