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1 汝自らを知れ

 人は何も知らないが、何かを知っていると思い込んでいるものである。例えば、一般的には1と2の間が有限だとするが、実際は1.11111111 〜と無限に続いているわけだから間違っている。これは矛盾に満ちた定義なわけだが、普通に生活する分には問題ないしむしろ有用だから、一般的な数字の定義とは「本当のところは分からないが便宜的に措定された概念」に過ぎないのだ。これと同じことが言語に言える。人は善とは何か? と問われると、親切とか正義とか別の言葉で例え、実際は何も説明してないのに説明した気になって満足し思考停止に陥る。親切とか正義についての定義を他の言葉で例える他ないわけだから、そんな例えてるだけのもので何かを説明しても「だいたいこんな感じ、これに似てるよね」という域を出ず、善について説明していることにはならない。絶対的明証無き脆弱なる言語は、どこまでも直観ノエーシスの下位互換なのだ。

 私は自分の知らないことをさも知っているかのように振る舞って生きることはしたくないしできない。従って、プラトンの言うように「私が知っているのは自分が何も知らないことだけだ」と思っているから、やりたいことをやるためだけに生きている。

 その思いは異世界転移してる今も健在で、こんなラノベ的事象をさもありなんとすんなり受け入れる土壌になっている。とはいえ、ここは現実だから才能は万人に内在し、全てのスキルは数学的原理と物理法則・因果律の統制下で実行・描画・処理される。まるでオンラインゲームのように不可視な世界の基盤が有ることから、ひょっとしたらイデア界・天界なんてものも有るのかもしれない。

 現在の私は、友人・ソフィアの雑用を引き受け日銭を稼いでいる。無論、先日学会に匿名で発表した論文に纏わる「微分によってスキルの着弾地点を正確に予測する技術」の特許を得れば不労所得で暮らせるが、利得/名誉/勝利といった不正な快楽すなわち財貨の獲得に興味が無いからしない。私が興味が有るのは、正しき「知の快楽」なのだ。




「これはなかなかね」

 正装のメイド服を着たソフィアが複数の構えで二丁拳銃を試し撃ちしており、銃からVFXのパーティクルエフェクト宜しく光が生じている。これはスキル発動に付帯するスペクトルであり、善意は明るく輝き、悪意は暗黒である。 

 ここはスキルで生成された亜空間だから、他者に危害が及ぶことはない。

「銃が対象座標と自身の姿勢ベクトルを同期・演算しているからな。それはそうと、君はフィリアの護衛をしなくて良いのか? 今日は始業式の筈だが」

 フィリアはソフィアの主人兼友人。

「それならもう大丈夫」

 銃を亜空間へ格納したソフィアの人差し指を得意げに振る仕草が、指導の賜物を雄弁に物語っている。

「そうか。では、行ってくる」

「いってらっしゃいませ」

 ソフィアは敢えてかメイドらしくそう言ったのであった。


 ――アカデミー・哲学科にて。

「私が今日から教鞭を執るアーサーだ、よろしく。では君に問うが、哲学とは何か? 一般的解釈を述べよ」

 正面に座っていた生徒にそう言った。

「実利の無い机上の空論、でしょうか。私はそう思えないのですが、なぜかは分かりません」

「率直で宜しい。君らがここを専攻したのは、そうした漠然とした確信すなわち直観によるものだ。私の故郷では有用な哲学が完全な形で残存しているから、私に白羽の矢が立ったというわけさ。これをご覧」

 私が掌を上に向け前へ差し出すと、周囲の大気が収束し、光とともにGUIのような仮想書物・巻物が開示された。スキル発動に予備動作を付帯させると制御効率が上昇する。

「これらはプラトンという偉人が書いたものだが、私がプラトン著書を推奨するのは最も美しいからだ。私は何が正しいかは知らないが、同時に論理は仮説の中での正しさでしかないことも認識している。従って、本当のところはどうかは分からないが、相対主義/詭弁に陥らないためにプラトン哲学を真理と措定しているのだ。私の人生はプラトン哲学実践以前に比べ遥かに幸福であることは疑いの余地は無いがね」


 ――放課後。

「アーサー、今日の講義はとても実りのあるものでしたわ」

「それは良かった」

「発展的、とても多義的な言葉ですわね」

 フィリアが述べているのは、私の先の指導「私が諸君らの戦術スキルについて指導する経緯としては、急遽調査任務を課されたアンソロポスが私を推薦したからである。代理としての役目を果たす気ではいるが、基礎的な方法については最小限に留め発展的な内容を扱うこととする」について述べているものと思われる。

 私のスキルは地球の現代知識を内在しているので、彼女にとっては未知への邂逅の期待といったところか。

「あまり差し障りの無い程度に留めておくよ。にしても、君はこの間会ったときと比べて見違えたね。スペクトルがより美しく輝いているから」

 アカデミーでは探知スキルによる自動索敵が常時義務付けられており、極微な光が生じている。

「感謝いたします。ですが、それもこれもソフィアのおかげなのです」

「君の努力はみんな分かってるさ。これからも精進したまえ、生徒よ」

「ええ、先生」

 フィリアは上品な微笑を浮かべたのであった。

「あ、アーサーさん! ここにいらしたんですね」

 私が振り向くと、フィリアの学友兼ソフィアの助手・フィロが息を切らしていた。

「どうした?」

「実はアンソロポスさんが法外な武功をお上げになり陛下に然る知識の所在を求められ、できるだけ早くお返事されなければならず八方塞がりのようです」

「ではこう伝えてくれたまえ。遠い東の島国に伝わる技術であり、私は漂流者ゆえ航路は不明であると」

「かしこまりました」

「淑女たるもの、常に優雅でなくてはいけませんことよ? フィロ」

「精進いたします」

 フィロは恭しく述べた。

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