クリスマスイブの思い出
街中が浮き足立っているクリスマスイブ。
年末の総務部は忙しい。
そんな中、急な病欠やら子どもの看病やらで仕事が溜まっていた。
すみれにはもちろん予定などなく、粛々と仕事をこなす。
「これ、今日中に経理に回さないといけないんだけど…」
「はい。残りますよ。」
小さい頃から、クリスマスは特別でも何でもなかった。
値引きになったチキンやなんかを買って母と弟と分け合ったこともあったが、この年になると予約もしていない。
「予定あるんですよね?」
「あー…まぁ。いいよ、大した予定でもないし」
「…そうですか。無理な量でもないので、いつでも上がってくださいね。施錠のやり方も覚えましたし大丈夫です」
「それは心配してないよ」
「…そうですか…」
定時になり、お疲れ様と他の部署の面々が帰っていく中、すみれと理人は黙々と仕事を進める。
てっきり理人は彼女なり意中の人なりとのデートで、定時で帰るのかと。
クリスマスの予定を残業でドタキャンってダメなんじゃないだろうか。
それが原因で喧嘩とかも、聞くし。
悶々と考えた結果席を立って、理人のデスクの書類を手に取った。
「やっぱり、行ってください。わたしが気になります」
すみれを困ったように見上げる理人。
悲しいかな、見上げる角度もちょっとだけ。
「いや、恋人がいないやつらに呼ばれてるってだけだから。予定あるなら行かなくていいんだよ」
「でも」
ね?と、すみれの手から書類をスルリと抜き取る。
「早く片付けて、帰ろう」
「…はい」
すみれは渋々頷いた。
◆◇◆
受験生が自由登校になる中、真紘は毎日学校に来て勉強しているようだった。
息抜きなのか、時折友人たちと外で駆け回っては先生に怒られていた。
クリスマスでクラスメイトたちは浮かれた雰囲気であったが、すみれにとっては特別でもなんでもなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよあーちゃん!あーちゃんってば!」
「クリスマス会なんでしょ」
「まっ、違くて!!」
クリスマスの当日も変わらず図書室に向かうと、聞き慣れた、大好きな声が聞こえた。
見るとスタスタ歩く彼女と、追いかける真紘。
「あーちゃん仕事って言ってたから!…ってああ、そんなのどうでもよくて!待ってよー」
「嫌。帰る。1人で食べるからまぁくんはクリスマス会楽しんできたら」
「あーごめんごめん!ケーキ!家でケーキ食べよう?」
「ケーキ食べたいなら姉さんと食べれば」
「おれはあーちゃんと食べたい」
「ちょ」
ぎゅうと彼女を抱きしめる真紘の後ろ姿が見えた。
「そんな寂しい顔したあーちゃん1人で帰らせられないって」
体の大きい真紘なのにそれは力ずくじゃなくて、ふわりと天使でも抱き留めるような繊細さ。
友人達と戯れてるときと違う、甘い声で宥める。
「大好きあーちゃん。好き。世界一好き。」
「………っ」
「だからそんな悲しいこと言わないで」
しばらく抵抗しようとしていた彼女だが、折れて真紘のカーディガンの袖を握った。
わかってた。
真紘は彼女のものだと。
彼にとって世界は彼女中心で、すみれは景色の一部。
わかってたはずだった。
なのに、こうやって間近で見てしまうと、もう憧れにはできなかった。
見ているだけでいいなんて嘘だ。
すみれだって、そんなふうに愛されたい。
それが突きつけられてしまって、目頭が熱くなるのを隠すように踵を返した。