初めての恋愛相談
入社して1年半あまりを思い返してみて、理人の下で仕事ができて幸せ者だと思った。
酔い潰れても、好きな人のことで泣いても、付き合って面倒を見てくれるなんで人として出来すぎている。
困ったときに理人に頼ってくる同僚も、よく相談してくる女友達が多いのも納得だ。
理人のおかげで、「総務にはいつも助けてもらってるから」というアドバンテージがあって仕事がしやすい体感もある。
何か。何かお返ししないと。
できることは限られるけれども。
「終わったー」
「お疲れ様でした」
「どっかで食べてく?」
「はい」
「え!?」
お腹も空いたしと頷くと、理人に驚かれて、すみれもそれに驚いた。
「…ダメでした?」
「いや、ダメじゃない。」
「あ、大丈夫ですよ、自分で飲み食いした分は自分で払…」
「そこじゃないから」
「…そうですか」
むしろこの前迷惑をかけた分、すみれが奢るくらいのつもりなのに。
首を傾げていると、理人に帰る準備をするよう促された。
理人と2人で夕飯。
そういえば初めてだ。
大抵理人はすみれを先に上げてくれるし、社交辞令と思ってやんわりと断っていたのもある。
だって、業務以外で部下の面倒を見なきゃいけないってことでしょう。ただでさえ毎日迷惑をかけてるのに。
ビジネス街に遅い時間空いている定食屋はなく、駅前の居酒屋に入ると、半個室に通された。
この前の今日でと思ったが、理人がおすすめの日本酒とお猪口2つを頼んでしまった。
「き、気をつけて飲みます…!」
「そうだね、楽しめる程度にしようね」
「…理人さんは日本酒もいけるんですか?」
いつもはビールかハイボールを飲んでいるような気がする。
「うん、一通りは飲めるかな。あんまり好き嫌いはないよ」
大人だ。
そして、一緒に食事をしてみて改めて思ったけど、気遣いがすごい。
すみれの好きなものの聞き方、頼み方、取り分け方、スムーズだ。
ついつい楽しくなって話してしまう。
理人が人気者である所以がわかった気がする。
「荻原さんはアイツのどこがそんなに好きなの?」
のに、唐突にそんなことを言い出すから、お猪口を落としかけた。
頬杖をついて、ニヤニヤと聞く理人。
「えっ、えー、聞かなかったことに、してくれたんじゃないんですか…」
「そりゃ仕事中はね。気になるじゃない」
でも、あれだけ泣いて迷惑をかけたし、今更もういいかと諦めがついた。
「…高校の入学式の日、具合悪くなって、保健室まで連れてってくれたんです…」
半ばヤケでそれを伝えたのに、沈黙が重い。
何かせめて反応くらいしてほしい。
「…えっ、もしかしてそれだけ?」
「な、なんですか、それだけって!もうこの話は」
「いやウソウソごめんって。」
恨めしくなって睨むが、続けて?と促されて折れた。
「だ、だって、初めてだったんだもん…男の人に…お、お姫様だっことか…」
言いながら、頬が赤くなるのを感じる。
だって父は物心ついた頃にはいなかった。弟だって当時はまだ声変わりもしてない中学生だった。
家系なのか今も背は高くはないし。
「や、やっぱりもうこの話は…」
なんでこんなこと話してるんだろう。この前まで誰にも言ったことなかったのに。
話を逸らそうにもすみれにそんなスキルはなく、理人が逃してくれるはずもなく。
「付き合いたいの?」
「そんな、おこがましいですっ」
「デートしたい?」
「ち、ちが…そんなんじゃ…」
首を傾げる理人。
そんな顔されても、すみれだってわからない。
お似合いの彼女がいるのも知ってるし、付き合うイメージはまるでない。
「遠くで見つけられたら、嬉しいですし…」
「うん」
「話せたら、幸せです…」
「うん」
「つ、…付き合いたいとか、そういうのは、よくわからないかもしれません」
ただ好きで見ているだけで幸せだった。
見つけられたら嬉しくて、話せたら舞い上がって。
「でも」
「うん」
「好きな人は…どこにいても、遠くても、見つけちゃいます…」
「そっか」
「…この人以外の人、好きになれないんじゃないかなって、思うことあります」
ポロリとこぼれたそれは、本心だった。
初恋も、社会人になってまた好きになったのも真紘で。
諦め方も、だからってアプローチの仕方もわからない。
どうしていいか、わからない。
「…ずるいなぁ」
「な、なんですかっ」
「そんな顔させられるんだね、アイツは」
「やだ、どんな顔ですかっ」
両手で頬を隠すが今更かもしれない。
赤くなった自覚はある。
「もう、理人さんが変なこと聞くから!」
「はいはい、全部おれのせいだね」
すみれはムッとした。
からかいたかっただけなんだ、きっと。
すみれだけ恥ずかしい話をして、理人はのらりくらり。
「理人さんは?」
「ん?」
「彼女さんどんな人なのかなって」
ちょっとやり返したかった気持ちもある。
いつもいじられっぱなしで、照れる理人なんて想像もできなかったから。
照れてくれてもデレデレ惚気てくれても、してやったりだなって。
なのに。
「いないよ」
「えっ」
「もう長いこと片想いだね」
きょとんと理人を見上げる。
「…モテモテなのに?」
「うーん?誰のこと言ってる?女性の友達は多い方だけど、向こうも女友達と話してる感覚だろうから。」
「えぇ…」
「姉が2人いるから話しやすいんじゃないかな。おれもそうだし」
「お姉さん2人…」
すごくイメージできる。
女性の扱いが上手いというか、聞き上手でいて、要所では反感を買わないように意見を伝える。
「まぁ、その子には、親しい女友達扱いもしてもらえないんだけどね」
ため息と共に吐き出して、じぃっと、すみれをみつめる双眸。
その視線の意図は?
「誰?って、聞かないの?」
細められた両目の下のホクロがやっぱり可愛いなって思って、目を逸らして首を振った。
「恋愛相談に乗れるほど、経験値、ないですし」
「ははは、真面目だなぁ」
何かが壊れてしまいそうで。
「お、お手洗いいってきます」
「はーい」
すみれが席を立つと、その空気は霧散してホッとしたが。
「だ、ダメですダメです!そういうつもりで来たわけじゃないので!この前のお詫びにごちそうしたいくらいで!」
お手洗いに立ったタイミングでお会計も済まされていて、受け取ってもらえなかった。
「ダメでーす。おれはそういうつもりで来たのでー」
「でも…」
「次はごちそうしてもらおうかな」
「は、はい!ごちそうします!理人さん好きなもの!」
「ふふ、楽しみにしてるね」
コートを着させてくれるのも、ドアを開けて先に通してくれるのも違和感も嫌味もない。スマートでかっこよくそんなことできちゃうなんてずるい。
「…理人さんを好きにならない人なんていないんじゃないですか」
文句を言いたいのに非の打ち所がなくて、すみれが苦し紛れに言うと、理人は寂しそうに微笑むだけだった。
告白したら上手くいきそうなものなのに。
告白できない相手とか?
恋人がいるとか、既婚者とか?
それなら、つらい。
どんな形であれ、理人には相談させてもらったのだから、何か力になれたらいいな。