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上司との関係


構えていたのに、理人はあれから普通だった。


体調の心配はされたが、それ以上あの日の話は一切ナシ。

部長や一緒に飲んでいた何人かにも謝られたくらいで、すみれの周りも何事も起こらなかった。


言いふらされることもなく、平和も平和。肩透かしを食らった感じだ。

酔っ払って見た夢だったのかと思うほど。


いや、いいんだけど。ありがたいんだけど。


気持ちはそう簡単には変わってくれないけど、ちょっとスッキリしたような気もする。




◇◆◇





すみれが入社した直後は、総務部はバタバタしていた。


聞けば聞くほど、総務の仕事を知れば知るほど、理人が当時いかに大変だったかがわかる。


「はじめまして、オギハラさん。総務部二課の課長、三浦です。」


そんな忙しい中だったのに、理人は“荻原”を正しく読んでくれた。


オギワラじゃなく、ハギワラでもなく、オギハラと、最初から。


時短勤務の田中若菜と、パートの磯貝美保が、時間内で事細かにすみれに教えてくれた。


どちらかがやることをリストにしてくれたものを、すみれは必死にこなしていた。


2人が帰った後に困っているとすぐ気付いて丁寧に教えてくれた。


「すみません、僕の確認不足で…」


すみれがミスをしたとき、理人は代わりにそれを上に謝ってくれた。

年数を重ねれば、責任の所在だとか、半分定型文というのもわかるが、当時はそんなこともわからず真っ青になって理人に謝った。


「すっ、すみません、三浦さん悪くないのに怒られてしまって」

「あはは、誰にでもミスはあるから次から気を付けてくれればいいよ。チェックしたのに気付かなかったのはおれだし」


理人は特に気にした素振りもなく、すみれの謝罪にも付き合ってくれた。


「荻原さんが頑張ってくれてるのはわかってるし気にしないでね。」

「ええっと」

「はい。この話はおしまい。そうだ、荻原さんは甘いもの食べれるかな?さっきマドレーヌもらったんだけど、お1ついかが?」

「あ、アリガトウゴザイマス…」


そう、理人は最初から優しかった。

物腰が柔らかくて、優しくて。


それでいて、結果主義ゆえ的確で鋭い。




◇◆◇





「ごめんね、今日もこんな時間まで残しちゃって。」

「イエ…三浦さんは?」

「おれもすぐ上がるよ。お疲れ様」

「…お疲れ様でした。」


きっと「すぐ上がる」なんて嘘だ。


でも手伝えることなんてないし、教えてチェックするくらいなら理人がやった方が早い。


すみれをいつも先に上がらせてくれる理人に、何の文句を言えるだろう。


そもそも奨学金も返さなきゃいけないし、ちゃんと残業代出るから不満などないのだ。

学生の頃は興味があってもかけられなかったおしゃれにも、お金をかけられるし。


「しまった」


守衛さんのいる裏口から出ようとしたところで、スマホを忘れたことに気付いた。

流石にスマホなしの土日は嫌だ。


「すみません…」


デスクで眠っている理人。

綺麗に通った鼻張りに柳眉。


パーマのかかった髪はカッチリ固められているけど、ちょっと崩れていて。


目を閉じても目の下のホクロはやっぱりキュートだ。


少し考えて、自分のひざ掛けを理人の肩にかけた。


疲れが溜まっているのだろう。起こしたって可哀想だ。起きなくても可哀想だけど。


お疲れ様ですの気持ちで、キャンディ型にラッピングされたチョコを理人の横にそっと置いた。


お気に入りの、大事に取っておいた期間限定のソルティキャラメル味を特別に。


お菓子をよくくれるけど、理人もよく食べているから、彼も嫌いではないだろう。ストレスかも知れないけど。


少ししたら起こそうと自分の椅子で待っていたら、理人のスマホが鳴った。


目覚ましをかけていたようだ。


モゾモゾと起きるのを見て、なぜか慌てて出てきてしまった。





◇◆◇





「昼行ってくる。荻原さんもキリいいとこで入ってね」

「あれ?あと10分で会議じゃないですか?」

「うわ、そうだった!昼抜きかー」


よくお昼は小腹を満たすゼリーやなんかでやり過ごしているのを見かけていた。


お菓子あったかなーと引き出しを開ける理人を見て、


「あの…嫌なら断ってもらって構わないのですが、お弁当食べますか?わたしは買いに行くくらい時間あるので」

「え、」


ぐぅとタイミングよく理人のお腹が鳴った。


「お、お言葉に甘えてもいいですか…」

「ど、どうぞ…」


勢いで言ったものの、大きい取引先に電話をするときよりも、高い備品の発注をするときよりも、緊張で胸がドキドキした。


緊急事態とはいえ手料理を男の人に食べてもらうのなんて、弟以外初めてだ。


スープジャーに入ったスープは残り物だし、茶色い残り物ばかりで可愛くはない…し、すみれは好きだが見た目は…


「めちゃめちゃ美味い…泣きそう…」


そんな心配を他所に、理人は目頭を押さえている。

激務なのは知っているが、ご飯をまともに摂れていないんじゃないか。


一時的にだから仕方ないよねって笑ってるのは人がよすぎる。


「嫁が欲しい…」

「は、」

「あ…っ、ごめんね!言葉のアヤって言うか!セクハラだよね!ごめん忘れて!ごちそうさま!」


慌てて訂正して、理人は手を合わせて席を立つ。


「はい、お粗末さまでした。給湯室で洗うので大丈夫です。それより急いで行かないと」

「ああ、うん、ありがとう。」


そんな言い訳しなくても、すみれだってわかる。


家に帰ったら家事も終えてくれて、食事を作ってくれる人がいたらいいなーと何度思ったことか。


うーん、でもそれって時代錯誤な嫁かなぁとすみればぼんやり考えながら、コンビニに行った。


後から別の部署のお姉さんに「理人お昼食べてないんじゃない?あげるよー」とエネルギーチャージのゼリーとお菓子をもらっているのを見て、余計なお世話だったなとちょっと落ち込んだ。


そうやって新卒の慌ただしい時期を、理人と共に過ごしたのである。





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