宴会と日本酒
「荻原さんは顔色変えずに飲むね。ザルなの?」
「そんなことも…ないですけど。あっ!自分のペースで飲むのが好きなので!お気遣いなく!」
理人の申し出を断り、手酌で日本酒を注いだ。
弱くはないが、赤くならないだけで酔いは回る。
陽気にならず、一気に意識が途切れることがあるから気をつけている。
ビールやカクテルは、苦手。
日本酒が好きな母の晩酌に付き合って飲んでいるうちに、すみれまで日本酒好きになった。
こういうとき、真紘を見るともなしに見てしまう。不自然にならないくらいに、気をつけて。
大きい熊さんみたいで、爽やかな営業マンらしくなったが、輪の真ん中。
いつもヒョイヒョイとグラスを空けても顔色を変えない。強いようだ。真紘が酔っ払っているところは見たことがない。
…何を飲んでるのかな。何話してるのかな。なーんて。
ワイワイしているのを見ているのが好きだ。
昔からそうだった。輪の中心で。
今も昔も、こうやって遠巻きに見ているしかできないけれど。
そうして時折ワイワイしているのに遠くて、言いようのない孤独感が漣のように襲ってくるのだ。
いつまでも、何の努力もしないで、燻っている感情を持て余す。
「飲んでるー?」
「槙田さん」
ほろ酔いでカンパーイとグラスを合わせに来たのは、営業部の槙田茜。
何となく部ごとに固まっているのに、こうやって部の垣根を越えて来られるのって、すごい。
頬があかくて、少しとろんとしている。
理人ははぁとため息を付いて、合わせたグラスを茜からスルリと奪い取る。
「ほら、ウーロン茶、手つけてないから飲んで」
「あはは、だいじょーぶー」
「大丈夫じゃないでしょ。川嶋くんに怒られるよ」
「えへへ、大丈夫ですよー翠だって楽しそうだし」
システム部のAIこと川嶋翠は、女性に囲まれてはいるが、退屈そうに見えるけど。
だって、茜といるときの翠はもっと取り繕わない感じでよく笑っているし。
理人に酒を取り上げられて、握らされたウーロン茶を渋々という風に口をつけつつ、それなのに茜も周りも楽しそうだ。
ほろ酔いでこんなに可愛く笑えたらいいのに。
そんなこと思いながらチマチマ飲んでいると、通りかかった部長に声をかけられた。
「お、荻原さんは飲めるクチ?日本酒飲み比べやってるからこっちおいでよ」
「えぁ、はい」
無理に付き合わなくていいよと理人は言うが、部長についていく。
詳しくはないから、飲み比べ、気になる。
「荻原さんは今何飲んでるの?」
「ええっと、浦霞?」
「いいねえ。こっちのも飲んでごらん。こっちが純米大吟醸」
「わっ、ありがとうございます!」
どれが何で、甘さが辛さがとおじちゃんたちがいろいろ教えてくれる。
こういうの、聞くのはすごく楽しい。
「ここ、失礼します」
「えっ」
おおーと歓声が上がる中、真紘が隣に座った。
すみれはお猪口を片手に固まる。
「荻原さん、お酒強いんだね」
「いえ、強いってほどじゃ…」
隣の真紘に聞かれて、すみれはおちょこを握ったまま俯く。
営業部の男性が多い日本酒飲み比べ。
そこに真紘がいても何も不思議はないが。
「荻原さんって家どっち方面なの?」
「えっと」
ふわふわと夢見心地で、真紘のネクタイのあたりを見て話す。
ネイビーにボルドーと水色の模様が入っていておしゃれだ。
「荻原さん、同じ高校だったんだ。ってことはオレ3年のとき1年生?どこかで会ってるかもね」
出身地の話になり、同じ高校だったことを告げてしまった。
「そ、そうですね」
ずっと見てました。
とは、口が裂けても言えない。
「あ、お注ぎします」
「ありがとう。これ飲んだ?鶴齢。」
「いえ」
「美味しかったよ、飲む?」
「イタダキマス」
真紘が飲んでいたとっくりを掲げる。
すみれが急いでお猪口を空けると、真紘がなみなみと注いでくれた。
舞い上がりそうなのを誤魔化すのにまた日本酒に口をつける。
緊張で、ペースを、誤った。
くらりと視界が揺れた。