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遠恋なんて


気がつけば、理人のことばかり考えていた。


次の週末は何を観よう。何を食べよう。そろそろお茶がなくなるから次は何にしようかな。

お勧めしてくれた本読んだとメッセージを送る。

でもお互い感想は大抵「よかった」「泣けた」とか、一言だけ。その一言で共有できる感覚が心地よかった。


季節が巡ってくるたび切なくなってた桜の季節も、2人で歩いた理人の家へ向かう途中の河原に。


クリスマスは仲睦まじい2人の記憶より、楽しいイベントになった。

子どもの頃の寂しかった記憶ごと抱きしめてくれて。


バレンタインは楽しい思い出に。


片想いをしていたときには考えもしなかった、お誕生日デートだって。


指は骨張っていて太くて、腕はすみれを軽々と抱き上げる。

なのに、触れるときは飴細工でも触るかのように優しくて、あたたかい。


理人が総務部にいたときよりよく知っている。


なのに。





◇◆◇




次の日曜日、また理人の部屋にお邪魔していた。

理人が話してくれないなら、すみれから切り出すしかない。


すみれは意を決して、理人の方を向く。


「理人さん、あの…」

「ん?」


ソファですみれが好きな作家の新刊を読む理人に声をかけた。


「…別れた方が、いいでしょうか…」


理人がパタンと本を閉じて、ローテーブルに置く。

隣に座るすみれの方へ向き直る理人。


すみれは冷たい指でマグカップを握りしめて、言葉を待つ。

はじまりと、同じ。


「……不思議な言い方をするね。」

「…えっと」

「婚活が上手く行った?」

「えっ、そ、それはとっくにやめていて…」

「…アイツのこと忘れられた、とか」

「…もう、大丈夫だと、思います」


幾度となく聞いた苦々しい声から、表情まで想像できてしまう。


「じゃあ…好きな人ができた、かな」

「え…」


想定外の質問に顔を上げると、悲しそうな…泣きそうな顔。


「あの…」


両の目の下のホクロが涙みたいに寂しげで。

もう何度そんな顔をさせてしまっただろう。


「別れたくない、って言ったら?」


マグカップを少し乱暴に置いて、頬に手を伸ばしていた。


優しい目がすみれを捉える。

もう、その視線に恐怖を覚えることも苦手だと感じることもなくて、目が潤みそうになって慌てて目を逸らした。


「わ、別れないと困るのは、理人さんじゃないですか…」

「おれぇ!?」


素っ頓狂な声をだして、理人が困ったように首を傾げる。


「遠恋なんて…わたし…っ」

「待って、なになに、どういうこと?全く話が読めないんだけど」


すみれが触れた手に手を重ねて、理人は詳しく教えてくれる?と、いつもの優しい声音で訊いた。


理人にそうされると、するすると本心を話してしまうのを、知っているのだろうか。


「北海道に転勤って聞きました…そしたらこんな風に会えないし…」

「…あー…それで?」

「先週も会ったのに…何も言ってくれなかったし…何て言うか迷ってるのかなって…困らせたくな…」


ダメだ、泣いちゃいそう。

いつからこんなに泣き虫になったのだろう。


前は、泣くことなんてなかったのに。


なるほどと呟いた理人をチラリと見上げると、すみれを見据える。


「おれについて来て…って、言ったら?」

「えっ、でもっ、それは…理人さんに迷惑が…」


本心を言えば、離れたくない。

行かないでほしいなんて、仕事を頑張っている理人に言って迷惑もかけたくない。


「おれがいいなら、すみれはついて来てくれるの?」


理人がよかったら?

離れなくていいなら?

仕事を辞めて?


でも。それは。

理人がそれでいいなら。


赤くなって戸惑うすみれに、理人はククっと喉で笑った。


「えっ、あの」

「残念。どこで聞いたか知らないけど、北海道は転勤じゃなくて出張。」

「えっ!?」

「札幌支店の業績がいいから、部長と数人で勉強させてもらいに行くんだよ」

「なっ」

「1週間だから、まぁ長いけどね。伝言ゲーム失敗ってこと」

「なん…それ、早く…」


がっくりと疲れてソファの背もたれに倒れ込んだ。


柔らかいソファはじんわりと沈み込む。


「別れた方がいいですか、か」

「う…」

「まるでおれに決定権があるみたいに言うね、すみれは」


伸ばした指先で、すみれの頬を撫でる。


「ちょっとは寂しいって思ってくれた?」

「そりゃ…」


イタズラっぽい言い方をして、理人もすみれに倣って背もたれに倒れ込んで目線を合わせてくれる。


「り、理人さん意地悪です…」

「うん、意地悪だから、早くおれのことが好きだって言わないかなと思ってる」


頬に触れる指先は、眼差しは、すみれを愛しむように優しくて。


「そんなの…大好きです…」


違和感なく、口にしていた。

理人は眉を下げて、少し迷って言葉を紡いだ。


「…アイツのこと忘れられそう?」


その言葉に、すみれの方が泣きそうになる。

ちゃんと、言葉にして伝えなくちゃ。


「とっくに…理人さんだけです…」


ぐいっと腕を引かれて、理人に抱きしめられる。


「おれも大好き」


服越しに体温を感じながら、すみれも理人を抱き締め返した。

どちらからともなく唇を合わせて。


持て余した熱を絡めるような。

触れるだけじゃないキスは、あの日以来初めてだった。


「可愛くて食べちゃいたい」

「…ハイ」

「……帰したく、ないんだけど」


理人になら、食べられちゃってもいいなって。


「か…えりたく、ない…デス…」


理人の肩に頭を預けて、消え入りそうな声で伝えると、また食べられちゃいそうなキスをくれた。





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